第22話 さらば砂の世界よ

もっさんとの死闘の末に引き分けたニャン吉はレモンに抱えられ三途家の仮住居まで戻った。


ニャン吉はその夜「にゃぁぁぁ! 柴犬が笑うなやぁぁぁ!」と一晩中うなされていた。


――地獄では壮絶な番犬レースが行われている中、天国では歴代番犬たちがビーチでくつろぎながらテレビ放送で番犬レースを観ていた。


ケルベロス五世も歴代番犬たちと――と言っても犬なのはごく一部で宇宙人や様々な動物がいる――番犬TVを観ていた。


人と瓜二つである海王星人のネプチューン七世がケルベロス四世と番犬TVを観ながら雑談をしていた。ケルベロス四世は白いむく犬で、カラフルなビニールシートの上に横になってカクテルを待っていた。それも、


「今回も面白くなりそうですね」とネプチューン七世は穏やかに言った。

「俺様の時も色々おったのう……おーい、ウェイトレス。カクテル」


「私の時は河童と火星人が手強かったですね」

「俺様と最後までしのぎを削ったオオサンショウウオのハナも手強かった。お〜い、カクテルまだ?」


口にとうもろこしを咥えてケルベロス五世がやってきた。そして、話に加わる。

「俺もモモという黒猫には手を焼かされたよ。四世殿」

「五世の時はすごかったの……っておい! ウエイトレス! カクテルは!」


ネプチューン七世はニタニタ笑いながら言う。

「今回も続々番犬候補が入ってきてますね。冥王星人だけではなく鰹とか、お手つきんも脱落しましたし、新入り大歓迎」


その時、燕尾服に身を包んだ人型天使ウェイトレスの手袋君が番犬候補のデータの紙を持ってきたので、ケルベロス五世は読んでみる。

「何々、攻撃力、防御力……、何だこれ。捨てるか」


何も言わずに手袋君はもう1枚の紙を見せた。

「何だ? なるほど! 全番犬候補の馴染み技が書かれておる。これはいい」

ケルベロス四世は手袋君の顔をにらみつけて「それよりカクテル早よ持ってこいや! 何時間待たせる気だ!」と怒鳴り、「ワオーン」と吠えた。


――大地地獄の三途家の仮住居でニャン吉が目を覚ました。ムクリと起き上がると、頭がガンガンと痛んだ。土器でハーブを煮ていたレモンがニャン吉が起きたのに気付き声をかける。

「お目覚めデスカ?」

「にゃ」


ニャン吉はレモンに促され壺に溜められた水で顔を洗った。水に映る自分の顔を黙って見続けるニャン吉。その顔は曇っていた。

(もっさんと戦った時、正直負ける思うたわ。これから先、本当に大丈夫かのう)


意気消沈したニャン吉は壺にかけた前脚を片方ずつ下ろす。と同時に外で牛の声がした。

「もうーん、もうーん。3度の飯より4度の飯! 牛の胃袋もう4つ! 牛の行商モウレツ屋が来ましたよー」


外で何かをしていた骨男が「おう! 牛次か!」と牛を呼び止めた。拷問が何かを買おうとニャン吉を誘うのでレモンと集太郎、ペラアホを連れて牛の方へ向った。


砂漠に荷車を引く斑模様の牛は、『牛の行商モウレツ屋』といって地獄を巡りながら商売をしているらしい。店主の名は平田牛次ぎゅうじといって、宇新聞の牛一の弟だ。


牛次は荷車を砂の上で止めると、荷台の物を見せながら商売を開始した。

「ももも、何か欲しい物があるかい?」

「おう! ネジが足んねーんだ」


牛次は荷車に積んだ木製の引き出しを開けると、中は仕切りがしてあり工具や材料が入れてあった。それを骨男に見せると、骨男がその中から幾つかネジを取って「こいつをもらおうか」と牛次に手渡す。牛次は算盤を弾くと「毎度あり」と威勢よく返事した。


牛次は銀色の鼻輪を撫でながらニャン吉たちの方を振り向いて「何か要る物があるかモー」と聞いてきた。

「美味しいものはありましゅか?」と集太郎が尋ねるが。

「無い」


「日用品はあーるかーい」とペラアホも尋ねるが。

「歯ブラシくらいしか」


「医薬品はありマスカ?」とレモンも一応聞いてみるが……。

「もうーん……、綿棒」


品揃えの悪さにため息が出るニャン吉たち。さっさと買い物を終えようとしたら牛次が突然言った。

「もう! そういえば、宇新聞がある! 妄奸誌も一応ね」

「じゃあ宇新聞くださいにゃ!」

「お金」


顔を見合わせるニャン吉たち。レモンも集太郎もペラアホも金など持っているはずもなく、鬼市もこういうときは煙の如く消える。見兼ねた骨男が代わりにお金を払ってくれた。

「ありがとにゃん! 骨男」

「なーに、いいってことよ」


さっそく宇新聞を肉球で岩に押さえ付け、一面の見出しを観たニャン吉。見出しにはこう書かれていた。

『大地地獄、火山が噴火。溶岩で村は壊滅』

『有力番犬候補。中村ニャン吉VS山田もっさんは勝負つかず』

『一世鬼、三世レモンの誕生』


ふとレモンは気になったので妄奸誌も見てみた。表紙は品のない派手派手しいもので、見る者を選ぶインチキな雰囲気を醸し出していた。

『ニャン吉、毒地獄での裏の顔』

『ニャン吉VSもっさん、八百長疑惑』

『レモンの嘘、関係者が三世はもう閻魔に提出と聞いた』


目を血走らせレモンは「って誰ですカ?」と低めの声で周りに聞いた。

鼻で笑って骨男が「取材しただろ」と嘲るように言った。


荷車の車輪を整備していた牛次が「妄奸誌は立ち読みしてもいいし破れてもいい」などと言う始末。宇新聞と違って妄奸誌の扱いは酷いものだ。


レモンは妄奸誌の隅に小さな注意書きを見つけた。

『この記事は、当たるも八卦当たらぬも八卦』

その一言に心底呆れたレモンであった。


皆で楽しく買い物をしていた時、岩陰から鬼のおまわりが現れた。ダブルのスーツは脇から下が裂け、ズボンも膝から下が裂けていた。顔も泥まみれで泥パックをしたおっさんになっている。

「ニャン吉こら! われのせいで豚箱行きになったじゃろうが。われ覚悟せいよ!」


おまわりが腰の金棒を手に取り振りかぶると、ニャン吉めがけ振り下ろした。だが、今のニャン吉にはその動きは止まって見えた。金棒を左の前脚で受け止めると、飛び上がり反対の手でおまわりの鳩尾を殴った。おまわりは悶絶し、口から嘔吐する。そして、そのまま気を失って後ろにズサッと倒れた。


(あっけな……いや! 最初の頃はこいつにも勝てんかったじゃろうが。それが、今はじゃーや。俺も強うなっとるで!)

おまわりとの戦闘で自身の成長を自覚したニャン吉は自信を取り戻した。


拷問は鬼のおまわりを閻魔直属の警察に引き渡す。警官が来るまでの僅かな間、レモンがおまわりの体を根っこで縛りつける。レモンは顔を近付けると無言でにらみつけ脅していた。さすがのおまわりも異様な恐ろしさに目も合わせられなかった。


2度の番犬戦によって負った傷の手当を受け、完全に回復したニャン吉。その日から4日間、村の復興を手伝った。5日目の朝、大地地獄の下り門へ向った。


砂に浮かぶ白い大理石の門まで、三途家が見送りに来てくれた。


拷問は「またいつでも来なさい。そうじゃ、お主をわしの弟子に――」と言いだしたのでさっと話を切り上げた。


大理石の門を鬼市が開けると、ニャン吉たちは大地地獄の下り門を通った。


――大地地獄よ、しばしのお別れだ。ニャン吉は三世レモンと馬野骨男を仲間にした。大地の力も手に入れ更に強くなった……。


そして、次の地獄へ。

『絶命期限まで、後337日』


『次回「新章、第三地獄」』

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