第21話 ライバル・山田もっさん参上
太陽の照りつける灼熱の砂漠から現れた番犬候補の柴犬。その名は山田もっさん。もっさんは付き人の
「あらあら、そんなに急ぐことないじゃない。キッツーネもヌキダヌも砂漠で楽しんでいらっしゃるし」
狐のキッツーネも狸のヌキダヌも暑さで倒れている。2人とも小声で弱音を吐いているが何と言っているのか分からない。
「ほらね、もっさん」
「どこがだ! へばってんじゃねぇか! ……大丈夫かお前たち!」
もっさんは2人を助け起こすと、2人は同時に「水」と喘ぐように言った。
キツネとタヌキが苦しんでいるのに花畑は涼しい顔して微笑む。それから、そいつらともっさんをニャン吉たちに紹介した。
「こちらが私が担当する番犬候補の山田もっさんです。さあ、もっさん、あいさつを」
「山田もっさんだ」
もっさんはニャン吉と目が合った。その目にニャン吉の首輪が入る。
「お前、番犬候補か! 俺と勝負しろ!」
もっさんはニャン吉に宣戦布告した。
「いや、ちょっと今は……」
「覚悟!」
もっさんは聞く耳を持たない。1度思い込んだら暴走する癖がある。2本脚で立つとステップを踏みながらジャブでニャン吉の顔を殴った。ニャン吉は鼻血を飛ばしながら後ろへよろける。
体勢を立て直したニャン吉はもっさんをにらみつけシャーと息を吐く。2人は対峙する。
そんな中、蜜蜂が花畑の所へ飛んできてなにやら話しだした。蜂はもっさんの仲間であるらしく、名前は毒針ツンというらしい。ツンは集太郎とペラアホを見ると嘲り笑った。
「お前らあの白猫の仲間だろ! つまらない虫を仲間にしたもんだぜ」
集太郎は何を思ったか、先程からずっと哀れみの眼差しでツンを見ている。
「お前はありぇだろ。女王様のために生まれてきて、こき使われ死んでいくありぇだろ。蜜を集めても女王に取られ、その蜜も人に取られ、それでも何も考えずに集めて……。蜂は1度針を刺したら抜けじゅに死ぬ奴もおりゅとかで……、こんな可哀想なのに……」
かわいそうな蜂の一生に深い同情を覚え、悲しみが溢れて堰を切ったように集太郎は泣き出した。
「つーまりー、生まれなーがらの囚人かよー……」
集太郎の言葉にハッとしたペラアホも、蜂の惨めな一生に思いを巡らせ嗚咽を漏らす。
集太郎とペラアホの心を突き刺すような言葉に、ツンは羽をブンブンいわせ必死で反論する。
「そんなわけあるか! 女王様も花畑も俺の力を認めてくれたんだ。そうだろ! 花畑!」
花畑はツンの頭を歯ブラシで撫でながら、笑みをたたえ白状した。
「正直に言いましょうね。ツン、別にあなたを戦力として期待したわけではないのよ。仲間にしたのは、虫の鬼が珍しかったからなの。ただそれだけなの」
キッツーネとヌキダヌも無理をして起き上がり、顔面蒼白で首を縦に振った。ツンは無言で近くのサボテンに止まった。その背中は震えていた。
ニャン吉が爪を出すともっさんも拳を握る。
ニャン吉が勢いよく飛びつきもっさんを引っ掻こうと爪を振り下ろしても、軽快なステップでことごとく避けられてしまう。反対に隙を突いてもっさんは幾度かボディーブローをニャン吉に食らわせた。
もっさんの猛攻に、ニャン吉は砂漠に潜る暇もない。この柴犬は、相手がふらついたと見るとフックからのボディーブロー、そしてアッパーと流れるように拳を突きだす。獣なのに爪や牙を使わず、なぜかボクシングだ。
ニャン吉も負けてはいない。相手のパンチの打ち終わりを狙い爪で引っ掻き反撃をする。
どちらも強く、互いに譲らない。とはいえ、もっさんの方が一枚上手である。
休む間もなく繰り出されるパンチ。そこで、ニャン吉は砂を蹴り上げながら距離をとる。
「ほほう、距離をとったか……。だが甘いぜ! 馴染み技・犬の散歩だ!」
犬の散歩と言うと大地の上をスケートで滑るように滑ってきた。一気にニャン吉との距離を縮める。
「くらえ! じゃれつ
さらにもっさんは肉球から地面に力を送ると、大地の力が地面を伝う。勢いよく放たれたそれは砂を飛ばしながらニャン吉へ向かっていく。
幾つか放ったじゃれつ犬の1つがニャン吉の後ろ脚に当たった。体に衝撃が走り僅かに後ずさるが、さほどダメージはない。
じゃれつ犬は威力は低かったが連続で撃てるようである。もし連続で被弾したらニャン吉も危ない。
(こりゃ……猫歩き猫叩きとは対極的な技じゃ)
同じ大地の馴染み技でも対極的な2人の技。犬の散歩は地面を滑り、猫歩きは地面に張り付く。じゃれつ犬は威力の小さい弾を連続で撃てるのに対し威力が強くて単発の猫叩き。静の猫歩きと動の犬の散歩である。
じゃれつ犬を連発していく。狩りでもするようにニャン吉を誘導していき、本人が気付いた時は後ろに大岩を背負って立っていた。もう2人とも2本脚で立っている。
必死の形相でしのぎを削る2人。それなのに花畑は「鬼市さん。あなたの番犬候補かわいいわね」と呑気に言っている。ニャン吉も、もっさんも全身血まみれのボロボロなのに平然と言ってのける。
もっさんがニャン吉の顔面に渾身の右ストレートを打ち込もうとした。すると、ニャン吉は背後の岩に猫叩きを使い、そこから砂を伝ってもっさんの足元から発動させた。
交差する両者の技。先に当たるのはどっちだ。
もっさんの右ストレートがニャン吉の顔面に当たると首が回転し仰け反った。と同時に、ニャン吉の猫叩きが光の柱となってもっさんに直撃する。相打ちで両者はダウンした。
砂の上に倒れる2人。両者ともに血まみれとなり真っ赤に染まる。そこへ駆け付けた三途拷問が間に割って入った。そして、2人の手を取ると拷問は「この勝負! 引き分け!」と宣言した。
右手を持たれたもっさんは薄目を開けて「何だ……このじじいは……」と呻きながら拷問を見た。
「こちらは第二地獄の門番、三途拷問様よ」と微笑む花畑がもっさんに教えた。
三途拷問は獣たちの手を両手に持って宙釣りにする。豪快に笑いながらもっさんに提案した。
「ほっほっほっ、もっさんや。もしこの勝負を引き分けということにしたらお主に協力してやってもよいぞ。人材は多いに越したことはない。どうじゃ? 今すぐに鬼の首を取り次の地獄へ行けるぞ」
「……そいつは……ありが……たい」
もっさんは喜んでその提案に乗った。拷問に右腕を掴まれ宙釣りとなっているもっさん。花畑の手に渡されると彼女は尻尾を握り宙釣りにする。
花畑は乱暴にもっさんを引きずり皆の所へ。キッツーネとヌキダヌの前にもっさんはポイと投げられた。予想外のことに、もっさんは「キャイン」と情けない鳴き声を出してしまう。そして、次の地獄へ行くことにした。
「みなさん、ごきげんよう」
「番犬になるのは俺だ……ニャン吉……」
もっさんは花畑に抱えられて次の地獄へ向かった。もっさんはニャン吉といつか決着をつけてやるとライバル意識を燃やしてニャン吉をにらみつけたのだが……、その顔はメッチャ柴スマイル。
ニャン吉はレモンに抱えられて三途家に戻った。
――柴犬の山田もっさんとの死闘の末に引き分けたニャン吉であった。だが、戦いは終始ニャン吉の劣勢であった。
『次回「さらば砂の世界よ」』
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