第20話 番犬戦開始

 大地地獄の真っ赤な太陽に照らされて、真っ白に輝く逆三角錐のペラメッド。その頂上から飛びおりて着地に失敗し、不様に転けた番犬候補の冥王星人とニャン吉が死闘を繰り広げる。


 土産は目を閉じ念じると手に白い靄がかかり、銀色の滑らかな光線銃が現れる。銃口をニャン吉へ向けるとニヤリと笑い引金を引いた。光線銃から飛び出した白く細い光線をニャン吉はブリッジでかわす。


 慌てた虫たちやレモンが加勢しようとすると、何者かが止めに入った。

「おい! 付き人や仲間の鬼が手を出したら番犬候補は即失格だぞ!」

「お前は誰ダ!」

「私は土産の付き人だ! 名前はあいうえお・おえういあだ」

 おえういあは鬼市を見付けると親しげに話しかけた。


「どうだ? うちの冥王星人は。お前の所の白猫、いつまでもつかな?」

「なんだ、こんなものか。たいしたことないね」


「ふっ、強がって」

「お前はあのクソ猫のヤバさを分かってな――」と鬼市は言い終える前に、という単語が耳に入ったレモンに顔面をぶん殴られた。


「おいおい、おめえらいつもこうなのかよ」

「醤油じゃない、ソース」

 呆れる骨男をさらに呆れさせる集太郎の間の抜けた一言。


「とにかく、みんなでニャン吉様の応援をしマショウ。がんばれ! ニャン吉様」

「がんばれ、ニャ吉。蝶々がちゅいとるで」

「行けー、ニャッキー」

「おう、ニャン公! がんばれよ!」


 先程から光線銃を何度も撃っているのに当たる気がしない土産。ニャン吉の動きは地獄の獣すら凌駕している。蝋人形が溶けては固まるを繰り返しているような奇妙な動きに土産は翻弄される。


 土産の光線銃を撃つ回数が減ってきた。照準を合わせられず迷いと焦りが生じてきたのだ。その相手の動揺を見て取ったニャン吉は奇策に出る。砂漠の砂に脚を突っ込み半身を埋めて、砂を泳ぐシャチのように蛇行しながら土産に接近する。


 突如砂に潜ったニャン吉。消えた白猫に面食らった土産。砂漠は360度見渡す限り黄金の砂。急な突風が砂塵を巻き上げる。

 砂煙に紛れて、土産の背後の砂山からニャン吉の手がにゅるっと伸びてくる。砂の音に気付いた土産は間一髪ニャン吉の毒爪攻撃から腕輪を守った。


「腕輪は無事か……痛!」

 土産の二の腕から血が流れ出す。それを刀傷のように釣り上がった横目で見て邪王猫な笑いを浮かべるニャン吉。ひっかくだけひっかくと再び砂に潜ろうとするが……。

「クソ猫! こうなったら」

 土産は光線銃を額に当て念じる。すると、光線銃は紫色に変化する。毒の力を光線銃に込めたのだ。


(紫! 毒か!)

「くらえ! 砂漠の白髪獣しらがけものめ!」

 銃口から放たれた光線も紫の光を放ち、弾速も上がっている。その弾速はニャン吉の想像より遥かに速く、毒光線を間一髪でかわすが、少し額の毛が焦げてしまう。

「猫の額ほどの毒じゃ」

「少し禿たーね」

 ニャン吉の危なっかしい戦いに虫たちは目を覆いたくなった。


 毒光線が着弾した地面を観たニャン吉。砂山は煙を上げシューと音を立ててドロドロに溶けた。

(こ……こりゃやばい! 速さだけじゃのうて威力もぶり上がっとるわ!)

 土産は内股になり毒光線を連射する。


 蛇のようにクネクネと動き回るニャン吉。このまま戦っても埒が明かないと判断し一計を案じる。


 ニャン吉は逃げるふりをしてペラメッドの裏まで走っていく。勢いに乗った土産はその後を追いかけていった。土産を砂漠の砂山へと誘導したところでニャン吉は止まった。


「観念したか! 白猫!」

 土産が追いついても後ろを振り返ろうともしないニャン吉。怪しい白猫の動きを不審には思ったが、勢いに乗る土産は自分が優勢であると思い込んでいた。毒光線を構えニャン吉の猫背に照準を合わせる。


(よし! 今じゃ!)

 ニャン吉は自らの体で覆い隠した前足で猫叩きを発動させた。すると、ゴゴゴと音を立て土産の足元から黄色い光が吹き出し、大地が爆発したかのように破裂音を立てて黄色い柱を立ち上らせる。


 猫叩きが直撃し宙を舞う土産であったが、辛うじて腕輪は守っていた。砂煙がもうもうと上がる砂地へ土産は背中から落下した。


「う……あ……どこ……だ! クソ猫!」

 砂煙の中から白い獣が現れ、土産の腕輪を毒の爪で破壊した。

「し……しまった。腕輪が……」

 腕輪を破壊された土産の体が青白く燃え始めた。やがて身体は崩れていきへとなっていった。


 担当する番犬候補の戦いを見届けたおえういあ。土産の人魂の元へ行くと、残念そうに言う。

「土産、残念だったな。番犬レースは脱落だ。閻魔の宮殿に戻るとしよう」

「くそ……、悪徳猫め」

 ニャン吉は冥王星人に勝利した。


(良かったわほんまに……。何とか勝てたのう)

 安心したニャン吉はその場にへたり込む。尻尾が砂の中に埋まって、充電コードみたいに見える。どれほど図太い猫でも充電せねば図に乗れないってか。


 ニャン吉の初陣が無事勝利に終わった。このタイミングで砂漠の方から高く透き通った女性の声が聞こえてきた。

「あら? おえういあさんと鬼市さんね」

 砂漠で麦わら帽子を被る白いフリフリの付いた服を着た、いかにもお嬢様な女性がこっちへやってくる。おえういあと鬼市はその声を聞いて全身に悪寒が走った。

「私ですよ、離岸流りがんりゅう花畑はなばたけです。ポイズン小中高校と大学で一緒だった」

 清楚で華奢な美少女がいた。ぱっちりとした目、やや低めの鼻に大きめの口元。頬はふっくらとして笑うと笑窪ができるその美少女。


 鬼市とおえういあは一瞬で学生時代の記憶が蘇った。それはとしてゾンビの如く記憶が蘇った。


「や……やあ。ひさしぶり、花畑さん」

 おえういあは作り笑いをした。


「本当に……ひさしぶり、ですねぇ」

 鬼市も作り笑いをした。

 無理に笑いを作ったため2人とも口角がピクついている。


「ごきげんよう」

 花畑は笑顔を浮かべあいさつを丁寧に済ませた。この育ちの良さそうなお嬢様がどんなヤツなのかは……いずれ分かること。


 ニャン吉は鬼市の所へ来るとおえういあと花畑の方を見た。

「鬼市、誰だにゃ? この人たちは」


 鬼市は歯を出し作り笑いしながら2人を紹介した。ニャン吉は花畑にあいさつをした。

「初めまして、ニャン吉です。番犬候補です」

「初めまして、離岸流花畑です。花も恥じらう女の子です」


(また怨鳴野虎おんなのこか。流行っとんかこれ)


 花畑は目だけ動かしてニャン吉の首輪を見た。

「あら? あなた番犬候補なの?」


(あなた……てことは)と身も縮む思いの鬼市。彼は恐る恐る聞いた。

「あの……花畑さん? もしかしてあなた番犬候補の付き人を……」


「ええ、そうよ。ほら、今砂漠を走っているでしょ」


 花畑が砂漠の方を指差した。激しく砂煙を上げながら猛烈な勢いで何かがこちらへ向かってくる。砂の上を滑りながら移動しているそいつは花畑の前で止まった。

「大地地獄に適応できたぜ! 花畑」

「まあ、それはよかったね。もっさん」

 そいつは柴犬であった。名前は、山田もっさんという名で、首には茶色になった番犬候補の首輪を着けていた。極道ヅラなスマイルを浮かべる。

「早く鬼の首を取って次の地獄へ行こう!」


 ――他の番犬候補との初戦闘に勝ったニャン吉であった。勝利の余韻に浸る間もなく、柴犬が現れる。


『次回「ライバル・山田もっさん参上」』

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