第二章 大地地獄

第10話 太陽と砂漠の古代鬼

 原始、溢れる生命の力。生死の世界を見つめ、盛者必衰の理を謙虚に受け止める。原始、その大地の上にはまだ道は無い。道はこれからできていく。原始、あらゆる虚飾は無意味である。名誉も権力も力とはなりえない。大地の上で己の力のみを持って立つべし。



 白い大理石の門を抜けた先は、荒野が広がっていた。大地地獄の登り門はゴウンと腹に響くような音を立てて閉じた。


(なんやこの地獄、カラカラするのう)

 あまりに乾燥した地獄なので目も鼻腔も肌もパサつき、喉がカラカラになる。乾燥した大地とそこらに転がる岩石が環境の厳しさを物語っていた。風が吹くと砂煙が舞って前が見えにくくなる。


 目がカラカラすると虫たちが目薬を欲しがる。


 鬼市の説明では、ここは太陽と大地の地獄、大地地獄というらしい。

「鬼市、どこへ行ったらいいにゃん?」

「さあね、1度カラカラに乾燥してみたら?」

(ミイラになれ言いよるんか)


 ニャン吉たちは岩と岩の間を歩いた。太陽に照らされた赤い大地が熱くなっていて、ニャン吉は肉球が痛くなってきた。たまに吹き付ける風も乾いた熱風である。

(熱いのう、痛いのう)

 虫たちが「水が欲しい」と苦情を言い出すと、鬼市は笑顔で「ああ面白い虫の声」と歌った。

(お前ホンマに鬼じゃのう)


 岩石地帯を抜けると開けた所へ出た。今度は赤い大地が果てしなく続く。

「何かいるにゃん」

「あれは赤鬼天竺鼠さ、クソ猫」

 赤鬼天竺鼠はモッとこちらを見てきた。その姿はまるで真赤なカピバラである。

「おーい」とニャン吉が呼んでも返事は返ってこない。

「こいつらは鬼じゃないみたいだな、クソ猫」


 集太郎が赤鬼天竺鼠が何匹いるか当てるゲームをしようと言い出した。

「まずーは、俺。14匹ー」

「じゃあ、16匹だにゃん」

「蝶々が思うに足して30」

 集太郎の方を横目で見て鬼市が鼻で笑った。

「何がおかしいんや、キチ」

 ムキになった集太郎が自分をと呼ぶのを聞いて鬼市は声を出して笑った。


 しばらく歩いていると地面に大きな足跡があった。

「この足跡……俺の体より大きいにゃんよ!?」

「鬼の原始人だからね、毒地獄とは違うよクソ猫」

「何て大きさだにゃん! 巨大な動物のものじゃないのかにゃ?」

「まあね」


 ニャン吉たちは巨大な足跡を辿って行った。すると、鬼の集落が見えてきた。そこは、杭を打って柵を作ってあり、家は竪穴式住居だ。見張り台もあり、原始の村が広がっていた。所々に畑も見える。

(ここらは土地が荒れとらん)


 ニャン吉たちは柵の切れ目から村に入った。1人鬼市はそっとどこかへ消えた。

「しかし……こいつらでかいにゃん! 毒地獄の鬼の倍近くの大きさだにゃん」

「でかいんじゃ」

「びっくーりだね、ニャッキー」

 村の大鬼の姿に驚きを隠せない3人。村人の鬼は皆、動物の毛皮を着てたくましい二の腕や太腿を出していた。


 村人はニャン吉たちに気付くと何やらコソコソと話をしているようだった。やがて、村人はニャン吉の所へ集まってくる。


 ニャン吉は笑顔で村人に「ここは何て名前の村だにゃん?」と聞くと、鬼はいきなり殴りかかってきた。ニャン吉がさっと避けると、鬼の拳は地面をえぐった。

「何するにゃん!」

「おい、野良猫! 『古代鬼村こだいきむら』に何の用だ! さっさと村から出てけ!」


 目を怒らせた鬼たちが一斉にニャン吉へと襲いかかってくる。見張り台でカンカンと警鐘が鳴らされた。


 ニャン吉は鬼から逃走し村を出ていった。

(なんじゃあの力は! 圧倒されたわ! ……鬼市はどこじゃ。あのクソ鬼どこ消えたんや!)


 村が見えなくなる辺りまで逃げてきたニャン吉。後ろを振り返り追手がいないことを確認すると岩陰に座りホッと一息ついた。


 岩の反対側から鬼市がターバンを頭に巻いて中東風の服で出て来た。

「やあ、どうだった? クソ猫」

 これみよがしに鬼市は水筒の水を飲む。

「一体どこへ行っていたにゃん! 水はどこにあったにゃん?」

「僕は危ない橋を渡らない主義なんでね」

「だから、水はどこだにゃん!」

「水ならあっちの川だ」

 鬼市が指をさした方へニャン吉たちは走っていった。


 しばらく山の方へ向かって走っていると、草花が生えている場所に出た。地面もほどよく湿っていて、椰子の木が生えていた。

 ニャン吉はそのまま進むと、太陽を眩しいほど反射させキラキラと光る水面を見付けた。

「川だにゃん」

みじゅで」

「のど乾ーいたねー」

 川幅10メートル程度の山から降りてくる川で3人は水を飲み始める。川は砂漠のオアシスを思わせる。


 ――猫は一説では、水面につけた舌を勢い良く口に戻してできた水柱を口に運ぶことで水を飲むという。ただ、それだけである。


 3人が水を飲み終わる頃、水面に鬼の影が映った。集太郎が「ストロー潤う」と喜んでいるところへ鬼の怒声が響き渡る。

「お前ら! 古代鬼村の水を勝手に飲むな!」


 ニャン吉は3回転ジャンプを決めて川に落ちた。水面から顔を出したニャン吉は鬼に摘ままれて川の外へ放り投げられた。


「ここは村の水場だ! 次勝手に使ったらぶん殴るぞ!」

「しょれは集団的水飲み場か!」

「集太郎、ちょっと黙るにゃん。鬼さん、ニャン吉たちも水を飲みたいにゃん」

「よそ者はだめだ! 早く消えろ!」

 仁王立ちする鬼が腕組みして見張っている内は川で水を飲むことは無理そうであった。ニャン吉たちは渋々、川を後にした……。


 トボトボと鬼市の所へ戻った3人。

「鬼市、他に川はあるのかにゃん?」

「ないね」

「じゃあお前はその水をどこで用意したにゃん?」

 鬼市は美味そうに水筒の水を飲み干すと、水筒を逆さにして水が無くなったことをアピールしてきた。


「お前には水道水を恵む慈悲もないんか!」と集太郎が鬼市に食ってかかる。


 ――その夜、ニャン吉、集太郎、ペラアホの3人は水を確保するために川の上流へやってきた。そこにも草花を踏みつけた鬼の足跡があった。ニャン吉は、目立たない水路を掘ってため池を造り、そこへ水を誘導することにした。


 虫たちに見張りを頼むニャン吉。

「任しぇろ、ニャ吉」

「蜻蛉の眼鏡はペラペラアホーだーよ」

 ニャン吉は月明かりに目を光らせて水路を掘り始めた。だが……ガリガリいうばかりで土が硬過ぎて中々掘れない。毒で強化した爪でもこの地面は硬い。


 1時間ほど掘ると、ニャン吉の爪がパキッと折れてしまった。肉球も血塗れで手が赤く染まる。これだけ掘っても黒板消しがやっと通れる程度の溝だ。それもたったの1メートルほどの長さ。こんな所恥ずかしくて黒板消しすら避けて通るだろう。

「やめだにゃん」

 ニャン吉は溝を掘るのを諦め、水路を埋めて川を去った。


「ニャ吉、あいちゅらの集団的水飲み場はどうしゅるんや」

「夜中にこっそり飲めば良いにゃん」

「さしゅが、泥棒猫」

 ニャン吉たちは鬼市のいた辺りで固まって寝ることにした。


 ――大地地獄へ来たニャン吉。鬼の原始人は巨大で手に負えない。


『次回「植物の馬鹿野郎」』

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