第7話 悪党外道の四面楚歌作戦
真夜中に不意をうち鬼の首を取るべし。
悪党外道の四面楚歌作戦開始。
「火事です」
家の住人が火災警報に気付くと、部屋は煙で満ちていた。住人は着の身着のまま慌てて外へ飛び出した。この煙はニャン吉が玄関のポストから入れたものである。
(避難訓練を怠っとるけえこうなるんじゃ)
開いた戸からニャン吉は家に侵入すると、免許特有の匂いを辿り盗み出す。犯行時間は1分に満たない。
毒地獄に馴染むと味覚と嗅覚が鋭くなる。毒の空気と七草に馴染むからだ。
犬のいる家も、ニャン吉は毒の息で眠らせた。そして、ニャン吉たちは100件近くの悪党から獄卒士の免許を奪った。
――朝日がさしてきた。町は少しずつ騒ぎが大きくなっていた。しかし、誰も獄卒士の免許が無くなったことに気づいていない。
人を騙す者は、自分は騙す側であり騙される側では無いと思いがちであるからだ。ニャン吉の行動が速かったというのもあるが。
ニャン吉たちは、ATMで一気に現金を下ろして虫たちが現金を運んだ。集太郎もペラアホも虫とはいえ地獄の鬼である。馬鹿力で大金を入れた鞄を運び出した。
『計画その一「鬼は外猫は家計画」成功』
次に、ニャン吉は拷問所へ行った。関係者以外立ち入り禁止の扉を3度叩く。中から例の麻薬中毒者の男が出てきた。
「どうしましたか?」
「この写真に見覚えがあるかにゃ?」
ニャン吉が微笑みながら男を脅すと、男はみるみる顔が青ざめていった。
「そ……それは……お、おのれクソ猫! 生かしては帰さんぞ」
男はニャン吉の頭を金棒で上から殴りつけた。しかし、空振りし床を殴りつけてしまう。手が痺れる男の背後に回り込みニャン吉は脚を引っ掻いた。
「ぎゃあ!」
「俺は以前とは全然違うにゃんよ。毒の力を持つ毒地獄の覇者だにゃん。次は致死性の猛毒の爪で引っ掻くにゃんよ。脚が痺れるだけじゃ済まにゃい。従うかにゃん?」とニャン吉は耳元で囁く。
「し……従う」
ニャン吉は邪王猫な笑いを浮かべた。刀傷のように細く釣り上がった目は、今度は上三白眼となり男を見下ろす。眉根に怪し気な影が浮かび、口が裂けんばかりに上に上がっていた。口の中は真っ黒で見えない。
鬼市の説明では、首輪には4つの機能がある。
『1つ、適応した地獄に応じて色が変わる「適応度機能」』
『2つ、1度通った門へ瞬間移動できる「縮地機能」』
『3つ、地獄に1つでも馴染んだら付き人を攻撃すると電気が流れる「反乱防止機能」』
『4つ、形だけ従った鬼が逆らうと電気が流れる「首取り機能」』
この4つ目の機能で従えるのである。
拷問所の男は武器を買わされた後、ニャン吉に眠らされて外へ放り投げられた。
『計画その2「渡る世間は鬼ばかり計画」成功』
(ほいじゃあ、最後は鬼どもを挑発して例の場所へ誘いこむとするかの)
ニャン吉は獄卒士の免許を奪った家に1件ずつ投石をした。窓を破って入ってきた石には手紙が添えられており、こう書かれていた。
『獄卒士の免許は預かった。返して欲しければ毒溜め広場まで来い。怪盗
人相の悪い鬼たちは何の対策も練らずに毒溜め広場へゾロゾロと集まってくる。鬼たちは、敵が番犬候補と分かると相手を甘く見た。その理由は以下の3つ。
地獄のことは自分たちの方が知っているという油断。
文化人である自分が負けるわけが無いという傲慢。
自分たちは人数も多い。
天の時、地の利、人の和も味方している。その傲慢さにニャン吉はつけこんだ。
赤紫の夕日のさす毒溜め広場に集められた鬼たちが全員いるかペラアホに確認させた。
「全員いーるよー」
ニャン吉は、ビルの4階に相当する高さの演説台から獄卒士の免許を1つ見せた。そして、演説を開始した。
「鬼のみなさん、こんにちわわ。怪盗
『お前が免許を盗んだのか! この泥棒猫! 今捕まえてやる!』
鬼たちは一斉にニャン吉を追いかける。それを見たニャン吉は、さっと台から下りて尻尾を振りながら荒野の方へ向かった。白い猫が逃げていると思い込んだ鬼たちは例の場所へ誘導された。
鬼たちは、崖に挟まれた細い道の入り口で猫の尻尾を見付けた。皆、この道の奥が四面崖で囲まれた袋小路なのを知っている。
細い道の奥へと尻尾が消えていくのを見て鬼たちは顔を見合わせて笑った。鬼たちは尻尾を追いかけていく。それが魔界ショップ製のニャン吉そっくりな人形が糸で引っ張られているだけだとも知らずに……。
左右崖に挟まれた岩だらけの細い道を追いかける鬼たち。笑顔で糸を引くニャン吉。
(慢心を起こしとる奴らほどつけこむ隙があるけえの)
そして鬼たちは四面が崖に囲まれた広い円形の場所へおびき寄せられた。鬼たちは猫の人形を囲んで笑い合う。
「クソ猫! 袋のネズミだな!」
鬼の1人が人形に掴みかかると正体に気付いた。
「こ……これは!? ……人形か!」
その瞬間、鬼たちが入ってきた細い道は爆弾で爆破され塞がれた。崖が崩れて道が塞がり、退路を絶たれたのである。
崖の上から弾むようなニャン吉の声が響く。鬼たちは一斉に声のする方へ視線を向けた。
「鬼のみなさんこんにちわわ。怪盗
「なんだお前は! 免許を返せ! 泥棒猫!」
ニャン吉は崖の上にセットしてある武器をリモコンで操作した。すると、崖の四面から銃声が轟き鬼たちをめがけて銃弾が飛び交う。
円形の場所に追い詰められた鬼たちの悲鳴が夕空に轟く。今まで自分たちのしてきたことが返ってきたのだ。身から出た錆とはいえ、無残……。そこは阿鼻叫喚の地獄と化した。
その場から逃げようとしたり、ニャン吉を捕まえようとして崖を登った鬼は地雷の餌食となった。うまく地雷を避けた鬼にはグツグツに煮えた油を流して崖の下まで落とした。
頃合いを見計らいニャン吉は銃撃をやめる。激しい銃撃を浴びて皆倒れ込む。
「どうでしたか? 鬼さん。ニルヴァー……いやニャン吉様に従いますかにゃん?」
鬼たちは、悔しそうに歯ぎしりするばかりだ。ギリギリという音だけを鳴らすだけで黙っている。
「従えば免許を返して家にも帰してやるにゃん。従わないにゃら……」
ニャン吉は邪王猫な笑いを見せた。目は細く釣り上がり横目で鬼を見、眉の辺りに黒い影ができる。口は頬が限界まで上がり牙を出している。
集太郎とペラアホもニャン吉の顔を見て背筋が凍りついた。
ニャン吉はリモコンを鬼たちに見せる。
「安全装置を解除するにゃん」
その言葉を聞いた鬼たちは慌てて答えた。
「分かった、従えばいいんだろ」
「え? にゃに? ぶっ殺す?」
ニャン吉は邪王猫な笑いをしてリモコンに手をかけた。
「いや、参った。従います!」
ニャン吉の悪知恵に心底恐れた鬼たちは、全員従った。
ニャン吉は続ける。
「家に帰ったら家族にも親戚にも友人にも、知り合い全てにニャン吉に従うように説得するにゃんよ。じゃあにゃ」
ニャン吉たちはその場を立ち去った。
――悪党外道の四面楚歌作戦は大成功。ニャン吉は毒地獄の試練に合格した。
『次回「昏睡」』
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