第4話 大都会と拷問所

 ポイズンシティは大都会だ。高層ビルが林立しコンクリートの道路が至るところに伸びていた。ニャン吉のいた現世の都市となにも変わらなかった。


 白いコンクリート造りのビルにホテル朝寝坊という看板が掲げられた。そのビルの前で立ち止まる鬼市。彼の目当てはホテル朝寝坊の1階にある高級レストラン。レストランからは美味しそうな料理の匂いが外にまで漂っていた。

「クソ猫、実は昨夜このレストランを予約しておいたんだ」

「ここで食べるのかにゃん?」

「ああ」

 思いも寄らないごちそうに、ニャン吉も蝶々も蜻蛉もよだれを垂らした。


「鬼市、猫の食べられる物はここにあるのかにゃ?」

「入ってみないと分からないね」


 ニャン吉たちがレストランへ入ろうとした。だが、突然金棒を出した鬼市がニャン吉を金棒で押して外へ追い出した。

「何をするにゃん!?」

「何を言っているクソ猫。いつ僕がなんて言った?」

 これにはさすがのニャン吉も言葉にならない。口をパクパクして言葉が出ない。


「クソ猫、お前は試練中だろ。衣食住は全て自力で確保しろ。まあ、衣服だけは自前の白い毛皮があるけどね」

「鬼だにゃん、あんた鬼だにゃん」

「僕は今夜このレストランの上にある高級ホテルに泊まるからね。じゃあね、クソ猫。この町は夜になると危険だから町の外にでもお行き」

 

 鬼市は、自分だけ悠々とレストランへ入って行った。物欲しそうに中を見詰めるニャン吉たちへ笑顔で窓越しにメニューを見せつける。

(おどりゃこのクソ鬼が! 舐めやがって)


 ニャン吉たちは大都会を3匹でさまよい始めた。こうなると、華やかな町は途端に寂しく感じる。ビルの間を吹き抜ける風に押されカランカランと転がってきた空き缶に躓きそうになるニャン吉。行く宛のない空き缶と今の自分の境遇を重ねてしまう。

(最初は中身があったじゃろうに、今は空じゃ)


 ため息を吐き町からトボトボと出て行こうとするニャン吉へ、蜻蛉がある提案してきた。それは、この辺りに住む知り合いの所で世話になろうと言う提案であった。その案に乗って、町の郊外までついて行ったニャン吉と蝶々。


 近代の一軒家が並ぶ住宅街まで来ると蜻蛉はある家の戸を叩いた。

「バルサミコ、バルサミコ。俺が来たーよ」

 家の中から1人の鬼が出てきた。いかにも不精そうな中年の男である。蜻蛉は嬉しそうに鬼の手にとまった。

「バルサミコ、久々だーな」

「誰だお前、俺は鬼助きすけだ。人違いじゃねーか?」

 鬼助は蜻蛉を追い払い戸を閉めた。


「あれ? おかしーいな。たしかにバルサミコだったと思ーたんだけどね」

 そう言って蜻蛉は何度も何度も戸を叩いて「バルサミコ」と呼んだ。蜻蛉のしつこさに我慢の限界がきた鬼助は勢いよく戸を開けて金棒で蜻蛉を追い払った。

(当てが外れたのう)


 結局、野宿をすることになってしまった。住宅地からさらに外れた草原で、月明かりに照らされて3匹は雑談をした。

「醤油じゃない、ソース」

「蝶々は馬鹿だーね」

「腹減ったにゃん」

 そして、3匹は熟睡した。


 ――翌朝。

『余命28日』

 紫色の朝焼けが空を赤紫色に変えていく。目が覚めたニャン吉は、近くに生えていた香ばしい香りの黄色い草を食べた。

(まあ、食べるかの……辛!)


 蝶々と蜻蛉も起きてきた。蝶々は花の蜜を吸い、蜻蛉は何だかよく分からない物を食べている。


 腹ごしらえを終えると蝶々が急に怒り始めた。

「蜻蛉! 昨日のありぇはどういうことや」

「ごめーんね蝶々、バルサミコの奴どうかしちゃーたみたーい」

 ニャン吉は喋る気力も出なかった……。


 そして、ニャン吉はこれからどうするかを悩みながら町へ向かってトボトボ歩いた。3匹は毒溜め広場で鬼市を探した。


 ホテルから出てきた鬼市が上機嫌でニャン吉に声をかけた。

「やあ、クソ猫。どうだった昨夜は。僕は枕が変わって寝付けなかったよ」

(じゃけぇどしたんや)


「何か食べる物を置いていってくれても良かったんじゃにゃいか?」

「そんなことより、今から拷問所へ行くぞ。閻魔の命令だ」


「昨日の運転手の鬼が用事があるって言っていた所だにゃんね」

「ああ、ついてこいクソ猫」


 はつらつと拷問所へ案内する鬼市の後ろから、不満気にニャン吉がついていく。


 拷問所へ着いたニャン吉たち。そこには囚人が収監されており日夜拷問されるのだ。


 拷問所は、コンクリートの地肌が剥き出しの建築物であった。天井、床、壁が全てコンクリートでできており、圧迫感に加えて暗い世界を演出している。

 扉を開けて中に入ると、受付がいた。そこで、鬼市が話をすると、地下へと続く階段へと案内された。


 コンクリートの階段を降りていくと、壁に暗証番号を押すところがあった。鬼市が番号を打ち込んでいくと、扉が開いた。中を覗くとそこでは鬼による言語を絶する拷問が行われていた……。


「見ろクソ猫。お前の先輩だぜ」


 ニャン吉は絶句した。もし、あのままケルベロス五世が生きていたら……もし、ご主人様が自分の遺体を火葬していたら自分は今ここで拷問を受けているのだ。


 ニャン吉は自分の甘さを猛省し、今の境遇に感謝した。そして、必ず番犬になると本気で誓った。


 拷問所の扉を閉めて別の番号を押すと別の牢獄が現れる仕組みになっている。それぞれ各拷問部屋を見てまわっていると『囚人の戦争の間』という部屋に目に止まった。そこでは、囚人同士が戦争をさせられていた。


「鬼市、何でわざわざ囚人に戦争にゃんかさせるにゃん? 武器や土地がもったいないにゃん」

だからね。地獄の全てがそこにあるのさ」


 地獄の格言にこういうのがある。

『戦争の罪は言葉に表せない。なぜならば、これほど残酷なものは無いし人の道を外れたものは無いからだ』

 人道を嘲笑う人の末路はここにある。


 戦争の間ではよく見ると鬼も武器を持たされ、殺し合いをさせられているようである。


「クソ猫、写真を撮るかい?」

 鬼市が指輪型のカメラをニャン吉に見せた。

「撮るけど……鬼市! 鬼も混じっているにゃん」

「ああ、あれは閻魔の奴に反逆したり、悪事を働いた鬼は罰としてここに入れられるのさ」

「なんか怖いにゃん。鬼も倒れているにゃん」


 拷問所の見学が終わったニャン吉。何枚かの写真を撮って、拷問所を出るのであった。


 拷問所の前には、甘い香りのする緑色の草が生えていたのでおやつにパクリ。

(こりゃ甘いのお、ここにゃ美味い草が多いわ)


 毒溜め広場まで戻ると鬼市が聞いてきた。

「そう言えばクソ猫、鬼を従えるのはうまくいっているか?」

「にゃ……忘れていたにゃん」


「今のお前は10倍強くなっているぜ」

「本当かにゃん!」


「本当さ、試してみろよあそこの鬼で」

「分かったにゃん」


 ニャン吉は近くにいた細いもやしのような鬼に「勝負だにゃん!」と言って飛びついた。だが、もやし男の細い腕に片手で掴まれ投げ飛ばされた。コンクリートの歩道の上を何回転も転がりながら、金属製のゴミ箱へ器用に飛び込んだ。ニャン吉は鬼のおまわりにやられた時を思い出す。


 ゴミ箱から顔を出したニャン吉が文句をぶちまける。りんごの皮が頭に音符を作っていた。

「全然強くなってにゃいぞ! 本当に10倍強くなったのかにゃ?」

「生きていた時よりはね」

「鬼市! それ早く言えにゃん」

 まんまと罠にかかったニャン吉を見て、鬼市はにたりと笑った。

(そりゃそうじゃの。何もしとらんのに急に強うなるはずがないわ)


「鬼市、地獄に適応するのにはどうすればいいにゃん?」

「それを探すのが試練だろ」


「そうだにゃんね。あ、そう言えばカメラはこのままもらってもいいかにゃ?」

「好きにしなよ」


 毒溜め広場を歩くニャン吉たち。蝶々がアイスクリームを食べたがっても無視した。

「お前虫だったら無視しゅるんか!」と蝶々はプンプン怒り出す。


 ニャン吉は、町の風景を注意深く観察することにした。町をまわって鬼を従える作戦を練り始める。広場の一角にあるパン屋で鬼がパンダの給食を買っているのを見て閃いた。


 ――拷問所では壮絶な拷問が行われていた。ニャン吉は心機一転、番犬を真剣にめざす。


『次回「怪しい下準備」』

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