第一部 地獄を駆け抜けろ

第一章 毒地獄

第2話 カマカマファーム

 旅立ちの時が来た。万難を超えよ。前進、前進、さあ前進。希望を胸に抱いて、地の果てまでいざやゆけ。


 登竜門を抜けるとフワッとそよ風が吹いてきた。辺りは草原が広がっていてザワザワと音を鳴らしている。空を見上げると紫色の空に緑色の雲が流れる。


(息苦しいのう……なんでや)

 ニャン吉は息を吸う度に鼻や喉、肺に重い負担がかかるのに気付いた。


 ニャン吉たちが草原の前まで歩み出ると、後ろの方でゴウンと腹にまで響くような音がした。

「にゃんの音だにゃ……門が閉まっているにゃん!?」

「当たり前だ! ここは牢獄だぞ。鬼や囚人が逃げたらどうするんだ」


「そうだにゃん」

「ちょうどいい、教えておこう。この地獄門は各地獄に2つあってな。前の地獄へ戻るための『登り門』と次の地獄へ行くための『下り門』があるのさ」


「それでにゃ?」

「お前の場合、登り門はその地獄に適応すれば通れて、下り門は鬼の首を取ると通れるようになるのさ」 


 鬼市はそこで白い首輪を出してきた。と同時に鬼市はマスクを装着する。

「クソ猫、この首輪をつけろ。これは閻魔に渡すように言われてね」

「それより、にゃんでお前だけマスクをしているんだにゃん?」


「毒ガスが臭いからさ。それよりこの首輪にはいくつかの機能があってね」

「なに!? 毒ガスだって! それでマスクかにゃん!」


「まあね、首輪は地獄にお前が適応すると色が変わって知らせてくれるぜ」

「マスクにゃん」


「それから、縮地しゅくちという機能があってね。通行可能な地獄門の前に瞬間移動をすることができるのさ」

「早くするにゃん、マスクだにゃん」


「縮地の時に僕を置いて行くなよ」


 意地悪な笑みを浮かべ、鬼市はマスクの箱をライターで燃やした。


「にゃにをする! そういうことにゃらお前のマスクをよこすにゃん!」

 ニャン吉がマスクを奪おうと鬼市に飛びついた。

「臭い! 寄るな生ゴミめ!」

 ニャン吉は金棒で殴り飛ばされ、岩に背中から激突する。鬼市は金棒を常備しているから気を付けるべし。


「痛いにゃん」

「ごめんごめん、臭かったからつい」

 人は、とっさの時に本性が出る。


「これは最後の1枚なんだけど」

「よこすにゃん」


「人にものを頼む時は?」

「くださいにゃん」


「え? 臭いにゃん? 生ゴミが?」

「マスクをくださいにゃん、お願いしますにゃん」


 鬼市は最後の1枚を燃やして顔に手を当て笑った。

「鬼だにゃん。あんた鬼だにゃん」



「疫病対策にはマスクは有効だけど、この毒地獄に馴染んでいくには逆効果になるらしいからな」

「早く言えにゃ!」


 白い首輪をつけたニャン吉と、その後ろからついてくる鬼市。2人はしばらく草原を行く。草花の背丈はニャン吉を覆い隠すほどであり、顔にガシャガシャ当たって不愉快だった。


 ――やがて、村が見えてきた。

「村だにゃん。ここはなんて村だにゃん?」

「カマカマファームといって酪農や農業を主とする農村さ。夜はを経営する僕の故郷だ」


「……今にゃんて」

「早くしろクソ猫」

 情報過多でニャン吉は混乱する。


 村へ入ったニャン吉たち。左手に麦畑、右手に牧場が続く鋪装されていない土の道を通る。土煙で遠くが霞んで見えた。鬼市が言うには、この村はまだ安全な所らしい。

(畑じゃ、牛じゃ、のどかじゃのう、ここホンマに地獄なんか?)


「おい、クソ猫。うちに寄って行くぞ。早くしろ!」

 鬼市とニャン吉は牛を飼っている魔界牧場へと入っていった。牧場の門に隣接する現代にあるような洋風住宅に入っていった。表札には魔界とあった。


「おうっ! 帰ったか鬼市」

 体格のいい鬼の男が迎えてくれた。彼は鬼市の父で鬼市害きいちがいという名だ。四角形の輪郭にゴツゴツとした顔つきである。

 母は魏志倭人伝子ぎしわじんでんこ。金髪で卵形の顔で、全身ほっそりとした感じ。

 兄は鬼負きおい

 弟は鬼楽きらく

 兄弟は鬼市とよく似ている。

 全部で5人の魔界家である。


宇新聞うしんぶんにも大きく載っていたぜ。村中爆笑したぞ」と鬼市害が新聞を見せてきた。


 そこには、なんとも邪悪そうなニャン吉の笑う写真が載っていた。目は細く釣り上がり下三白眼になって、眉の辺りに黒い影ができる。口は頬が限界まで上がり牙を出している。邪王猫じゃおうねこ現るとの見出しにニャン吉は腹を立てる。

(覚えとれよ、閻魔め!)

 

 魔界家はニャン吉に協力してくれることになった。鬼の首を取るには、『鬼を従えるか、協力してもらうか』の2通りの方法がある。それは『形だけ』か『心から』かの違いである。


 鬼市害はニャン吉を外の牧場へ連れ出すと、牧場について説明した。

「うちはミノタウロスの子孫のタウロスの肉を出荷しているんだ」

「ちょっと見てきてもいいかにゃ?」

「どうぞ、あちらだよ」

 ニャン吉は牧場を散歩した。


(そう言やあ、鬼市はここで生まれ育ったんじゃったら毒地獄の空気が臭いわけないじゃろうに)


 夕方になり紫色の空が赤みがかってきた。ニャン吉は鼻歌を歌いながら魔界家に戻って来ると、衝撃の光景に出くわす。鬼市害が化粧をして女装を始めたのだ。岩に厚化粧をするような鬼市害の顔にニャン吉は言葉が出ない。


 ニャン吉は鬼市の「オカマバーを経営」の言葉を思い出した。鬼市を探したがどこにもいない。


「あら、ニャン吉ちゃん。あたしこれから店なんだけど一緒にどう?」

 鬼市害がニャン吉を連れて行こうと近寄る。


「け、結構ですにゃん」

「そう、歓迎するわ」


「いや、だから行かにゃい……」

「さあ出発よぉん、皆に紹介するわよぉ」


 ゴツい腕に抱き上げられニャン吉は連れて行かれた……。


 村の男たちは全員、オカマバー『オカマキョンシー』の店へ夜になると働きに行く。そこへニャン吉は連れて行かれた……。


 オカマキョンシーでは、ニャン吉が大人気になった。昼間は農業をするたくましい男たちが夜にはオカマに変わり果てる。ニャン吉はオカマに囲まれ尻尾を触られ大迷惑。


 1人の笑い上戸な鬼が明日は『ポイズンシティ』へニャン吉を連れて行ってくれることになった。ポイズンシティは、この毒地獄の首都で大都会である。人口が集中しているのでここの鬼を従えれば鬼の首を取ったと言える。


 だが、ここはかなり危険な所であり、大犯罪都市らしい。もし、ポイズンシティでニャン吉が番犬候補と認められた時、命の保証は無い。


 ニャン吉は待ち合わせた鬼に聞いた。

「ポイズンシティに何の用事があるんだにゃん?」

「囚人の拷問の仕事よ。鬼は囚人を拷問することで税金を納めているのよ。拷問をするには獄卒士ごくそつしの免許が必要でねえ」

「獄卒士って何だにゃん?」


 ニャン吉は獄卒士の免許を見せてもらった。簡単な顔写真と名前が記載されていた。

「この写真はオカマじゃないにゃんね」

「おかしいでしょ! オカマを何だと思っているのかしら」

「いや、そんな化粧されたらいくらにゃんでも……」


 その時に店の戸が開いた。ダブルの背広を身に着け肩を揺らしながらヤクザのような男が入ってきた。

「あら、いらっしゃい。おまわりさん」

 鬼市害は笑顔が引きつり警戒している。


 ――ニャン吉は魔界鬼市の実家があるカマカマファームへ。村の男衆は昼に牧畜、夜はオカマの二足のわらじ。オカマバーにいかにも悪そうな男が入ってくる。


『次回「鬼との力の差」』

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