第1話 ニャン吉の番犬レース参戦

 ケルベロス五世の恐るべき姿を見た時、ニャン吉は恐怖で動けなくなった。

「こいつが俺の代わりの候補か? こんなションベン猫を使うとは閻魔、お主も悪よのう」


 ケルベロス五世は馬位の体格であり、吊り上がった目でニャン吉の方をジロジロ見て笑う。

「俺は、ケルベロス五世。先代の四世がくたばって以来、地獄の番犬をやっておる。以上! 後は、この説明書でも見ろ」

 そこまで言うとで紙をニャン吉に投げた。

(せめて前足で投げえや!)


 腹を立てながらもニャン吉は紙を拾い読んだ。


『タイトル、番犬の試練(笑)』

『地獄の番犬とは、地獄にいる「鬼及び囚人」を監視し、反乱を起こした時に討伐するのが仕事』


「つまり地獄の警察だにゃんね。て、ちょっと、ケルベロス尻尾が邪魔だにゃん!」

「黙れ! 尻尾に謝れ!」

 

 ケルベロス五世の妨害に顔をしかめつつも、ニャン吉は続きを読む。


『試練には2つある』

『1つは「鬼を従える」ことで、これに合格することを「鬼の首を取る」という』

『もう1つは「地獄の環境に馴染む」ことで、これに合格することを「適応する」という』


(なるほどのう) 


『この試練には時間制限がある』

『各地獄に適応する制限時間は30日以内』

『全地獄の鬼の首を取る制限時間は1年以内』

『この時間を超えると


「死ぬ? 死ぬ!? どういう意味だにゃん! ケルベロス!」

「そういう意味だ。続きを読めションベン猫」


『制限時間は「死めくりカレンダー」に表示される』

『馴染むまでの制限時間を「余命」という』

『鬼の首を取るまでの制限時間を「絶命期限ぜつめいきげん」という』

『以上で説明終わり』


「鬼はお前を馬鹿にして最初は攻撃すらしてこんだろう。だが、番犬候補として認めた時は何をしてくるか分からんぞ」


 ケルベロス五世は急に真面目な顔になった。

「それから、大事な事を言っておく。番犬候補はお前1匹ではない。これから入ってくる候補どもと争い、全ての試練を越えた1匹のみ地獄の番犬となれる。それを番犬レースと言うのだ! 地獄で勝ちたければクズになれ! 以上」

 言うべきことを言うと、ゴロンと緋色の絨毯の上で腹を上に向けて横になった。


「さて、ニャン吉よ。地獄用に改造したお前の肉体をやろう。三途の川へ行くがいい。それと、付き人もつけよう。おいっ! 鬼市!」


 先程から閻魔の隣でニャン吉を笑い毒を吐いていた例の鬼が前へ出てきた。

「鬼市! お前がニャン吉の付き人をやれ!」

「はい、私、魔界まかい鬼市きいちにお任せあれ」


 魔界鬼市は中肉中背の色白で、面長な顔に、切れ長の目、鼻筋の通った高い鼻、赤い唇で金髪のどこか華やかな感じのする男であった。黒いスーツに身を通したスマートな鬼だ。


 鬼市とニャン吉は向かい合った。

「よろしく! 野良猫野郎」

「よ……よろしくにゃん……クソ鬼」

 鬼市は爽やかにあいさつをしてきた。ニャン吉はしかめっ面であいさつを返す。


 2人が地獄用に改造された肉体を取りに行こうと扉の前に立った時、閻魔が鬼市を呼び止めた。鬼市はニャン吉を蹴って扉の外へ出して扉を閉めた。

「……なんですか」

「鬼市よ、ニャン吉には本当のことを言うなよ」


 閻魔の警告に頷く鬼市。扉の外に蹴られて不機嫌なニャン吉を引き連れ、地獄用に改造されたニャン吉の肉体を受け取りに三途の川を訪れる。


 ――川原には桜が咲いていて、三途の川に花びらが流れていた。


 三途の川の辺りで緩やかな流れを眺めながらニャン吉と鬼市は改造された肉体を待つ。

「ここで待っていれば俺の体が来るにゃんね、鬼市」

「ああ、三途の川の向こう岸から生ゴミが来るのさ」

「その生ゴミとかいうのは、この俺の体のことを言っているのかにゃ?」


 低い怒りを含んだ声でニャン吉が聞くと、爽やかに返事が返ってきた。

「クソ猫、お前の御主人はね。お前の遺体を黒いビニール袋につめて燃えるゴミの日に出したのさ」

「やめるにゃん! そんな嘘つくにゃ! 御主人様は好青年でそんなことしにゃい!」


「カス猫、お前の御主人はお前がくたばった時に何て言ったと思う。『邪魔猫よ、バイバイ』って言ったのさ」

「話がおかしいにゃん。燃えるゴミの日にビニール袋は使わにゃい」


(クソ猫の癖にそこに気付くか)

「まあ、とにかく残念! 燃えるゴミじゃないならゴミだね」


 ニャン吉は愕然としてその場にへたり込む。彼は子猫の頃、1匹でさまよっていた所を御主人様に保護されたのである。

(そりゃ迷惑かけたわ……じゃが、ここまで嫌っとったとはの……。そりゃそうとこの鬼、平然とここまでいいやがって)


「おい! 生ゴミがきたぜ」

 失意のニャン吉が川の方をみると、船が1艘……転覆し流されていた。側には白いものがプカプカと浮かび流されている。


「はっはっはっ! クソ猫。お前の生ゴミな体が流れて行ってるぜ。三途の川をどんぶらこってか」

 またしてもニャン吉は愕然とした。今の状況にも、隣のクソ鬼にも。

「なにのんきなこと言っとんや! はよう船と俺の体を助けえや!」


 船とニャン吉の体を岸まで上げた。

「良かったね、この生ゴミを火葬されていたらこの試練は受けられなかったからね、クソ猫」

「何か複雑だにゃん。でも、とりあえず良かったにゃん。で、これをどうするにゃん?」

「閻魔の所へ戻って、魂を肉体に戻してもらうんだよ。クソを生ゴミに戻すなんてピッタリじゃないか」


 先程からの仕打ちに文句をブツブツいうニャン吉。2人は閻魔の所へ戻った。そして、肉体に魂を戻してもらう。


 ニャン吉の魂に閻魔が触れると、魂は白い火の玉へと変わった。魂を肉体に近付けると肉体に吸い込まれていった。

「これで改造された肉体に戻したぞニャン吉よ。今のお前の体なら地獄に耐えれぬこともない。環境にも適応できるはずだ。さあゆけ! 地獄の門は開かれた。この登竜門とうりゅうもんをくぐるが良い」


 閻魔が指示を出すと、役員の1人が奥にある登竜門へ案内する。付き人の魔界鬼市も一緒に来るらしい。


 登竜門へ行こうとするニャン吉と鬼市。だが、閻魔は突然、鬼市を呼び止めて厳しい口調で問いただした。

「鬼市よ、私にはあるか?」

 それは裁判官が被告人の虚偽を糾弾するような感じであった。

「……ありません」


 低い声で唸りながらケルベロス五世が立ち上がった。牙を剥き出しにして鬼市を睨みつけ「本当か?」と訊問じみたことをした。


 ケルベロス五世は今にも襲いかかりそうであった。それにも関わらず鬼市は目を逸らし答えなかった。


 この一件が何を意味するのかが判明するのは後々のことになる。危険な男、魔界鬼市との旅が始まるのであった……。


 ――地獄の門をくぐったニャン吉たち。番犬レースの先頭を走ることになったが……。果たしてこれから先にニャン吉を待ち受ける試練とは如何に。


『第一の地獄へ』

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