第88話 雷鳴
魔界で番犬たちが敗れ、天馬の命も風前の灯。そんな渦中、回復した魔界鬼市が天国の骨しゃぶにあることを頼んだ。
天国の公園はのどかだった。のどか過ぎて、鬼市と小さい骨しゃぶが並んで歩いていると、飼い主と犬のようである。
公園の噴水の所に青いフロックコートを着た老人が1人いた。噴水に座って柔和な眼でこちらを見ている。
「あの爺さんが」
「ああ、お前の尋ね人だ」
鬼市は尋ね人へ軽く会釈をする。
「もう、彼は知っているんだな?」
「ああ、俺がしっかりと説明してある。……誰だ! 俺の尻尾に触るのは」
不快に思った骨しゃぶが振り返ると、1人の毛ガニがいた。毛ガニは真っ赤な毛で覆われ、ハサミを両側に広げてヤレヤレとため息を吐いた。
「ああ、お前か。タクシーを頼むぞ」
「ケルベロス五世よ、俺の名は――」
話を取った鬼市が「クラブの親戚だろ。運転頼むぞ」と言うと、クラブの親戚は泡を吹いて答えた。
「さて、急ぐぞ! 鬼市、例のものは」
「縮地輪ならここに」
タキシードの内ポケットから黒い腕輪・縮地輪を取り出して骨しゃぶに見せた。骨しゃぶは頷くと、クラブの親戚と尋ね人の爺さんに集まるように指示をした。そして、縮地の準備が整った……。
「じゃあ、行って来い!」
「ああ……また会ったら今度はションベン漏らした話を聞きたいな」
番犬化した骨しゃぶが「グルルル」と怒りだしたのを見て、ニヤリと笑った鬼市。
「さて、ももも、じゃなくて魔界の登り門に縮地」
「てめえ!」
鬼市は、毛ガニと天国の爺さんを連れて縮地をした。噴水の前で霞がかり、透けていく3人の向こう側に虹が見えた。それは、希望の光となるのだろうか……。
伏魔殿の屋上で倒れる番犬たち。そんな中、カチャリと瓦の音を立ててニャン吉だけが立ち上がる。風に髭を揺らし、遠く夜明け前の深く暗い空を見詰める。
「夜明けじゃのう」
地平線の果ては山の稜線がくっきりと黒く見えていた。空の大半もまた真っ暗闇。しかし、ニャン吉が見ているのは、地平と空の狭間。そこだけは、如何に暗くなっていようとも、青い空が現れている。真っ暗な濃い藍色の空。それは、月明かりの星空よりも暗いものかも知れない。だとしても、黒ではない。青なのだ。
「俺がお前の心に夜明けの鐘をならしちゃるけえの」
広島弁丸出しの独り言。それは、誰も聞いていない決意表明だ。
ニャン吉は足元で気絶している御亀に一礼した。モモの
砕けた瓦の上をカチャリカチャリと音を立てながら歩き出す。遥かな遠くにいるモモを千里眼で捉えると、力強い足取りで走り出した。
「待っとれえよ! 俺が目を覚ましちゃる!」
白き獅子王はモモの心に根ざした魔性を砕くため走り出した。今の彼にあるのは敵意でも害意でもなく、獅子王の名の如く勇気なのだ。勇気と知恵で魔性を打ち砕けとは、武蔵が教えてくれた魔の討伐法なのだ。
真っ白な勇気が今伏魔殿を降りて行く。そして、例の柵に引っかかる。
「にゃんと!」
ちょうど同時期。魔界へ縮地してきた鬼市たち。彼らの姿を認めると、魔性苦歩歩が集太郎、ペラアホを引き連れてやって来た。よく見ると歪んドールもいる。
「鬼市君。私だよ、苦歩歩だ」
「博士、久しぶりだね……」
2人の間に入る集太郎。
「キチ、お前もういいんか?」
「ああ」
「特にキチの頭は念入りに見てもりゃえよ」
「てめえ、それどういう意味だ」
ペラアホも話しに割り込む。
「回復してよかったーねー」
「ああ、心配かけたな」
「心配無用だーよ」
「え? ん? お前が俺を……え?」
歪んドールが青い目で鬼市を見詰める。
「良かったね、死ななくて。良かったね、苦しむ時間が少なくて」
「あっそ」
「おいおい、そんなつれない態度とるなよ。俺だって心配したんだぜ? 金のこととか。後、お前の使いだって言えば金利も色付けてくれるからなあ」
「……」
「俺だって照れてんだよ。あっそうだ。これから用事があんだろ? だから荷物は俺の懐に入れて預かってやろう。遠慮するな、さあ、照れんじゃねえよ」
歪んドールの言う照れとは都合が悪くなると言う常套句だ。枕詞のようなものである。
鬼市は千里眼で魔界を視た。
「あそこに天馬と鬼反……あそこは獅子王と、その先にモモ……」
「あんな遠くの生命反応を正確に視れるのか!」
鬼市の協力な千里眼に驚愕する苦歩歩。骨男の理論なら、洞察力・視力共に四ツ星だろう。
「ああ、魔法ごと没収されていたからな」
準備運動を始めた鬼市。怪訝に思う苦歩歩の顔を見て察して鬼市は答える。
「そちらの方は博士、あんたに任せた」
「鬼市君はどうするんだい?」
「鬼反を仕留める」
そこまで言うと、青白い魔力を開放した鬼市。その威圧感に圧倒される苦歩歩。
「……ああ、こちらのことは任せてくれ」
「じゃあ行ってくる」
青く発光する魔力を纏い、鬼市は雷神の如く目にも留まらぬ速さで伏魔殿へ駆けていく。電光石火の速さで、雷すら見えるようであった。
――伏魔殿の大広間は灼熱地獄と化していた。
力尽き、鬼反の足元に倒れ伏す天馬。鬼反は天馬の首を鷲掴みにして持ち上げた。
「さあ、とどめだ」
「無念」
その時、青白い光が伏魔殿のステンドグラスを破って中に入ってきた。光は鬼反とは部屋の対角線上に留まり炎を退けていた。青白い光の中から現れたのは、魔界鬼市であった。
仰天し目を丸くする鬼反は「……鬼市か」と思わず尋ねる。その拍子に天馬を離してしまった。
「油断したな」と言うと鬼市は青い光に包まれて、一瞬で天馬を外の庭園へと連れ出した。ちょうどそこへ植物園からタレとレモンも帰還した。それを見届けると鬼市は再び鬼反の元へ。
燃え盛る大広間の中、長方形の部屋の対角線上に立ち対峙する鬼市と鬼反。
「不肖の子孫、お前……何をした」
「ブルージェットだ……これ以上お前に説明する義務はない」
「おい、魔法は相手に説明すると強くなる言霊があるのだぞ」
「それすら必要ない」
緊迫する空気。肺すら焦がすような熱気。
魔力を開放した鬼反が、自らの体を
鬼市は1度目を閉じ集中した。
「久々の魔法だからな」
爆弾魔法を放とうと前に構えた鬼反が「吹き飛べ」と言い放つ。手のひらに青い爆弾の魔力。
「覚悟はいいな」
鬼市は目をキッと開けると、全身に稲妻が走る。稲妻を収束した手のひらを鬼反へと向ける。
「くらえ!」と鬼反が爆弾魔法を放った。
「遅い! スプライト!」
全身に紅い稲妻が走ったかと思うと、ほんの一瞬鬼市から真っ赤な雷が放電された。ジグザグに空気中を進みながら、爆弾ごと鬼反を飲み込んだ。バーンという炸裂音が後から部屋に響いた。
スプライトを浴びて真っ黒な炭と化した鬼反。彼は何が起きたのか一瞬分からなかった。それほどまでに鬼市の魔法は素早く強力なのだ。
「雷の魔法……か……。俺の習得できな……かった」
「……そうだ」
最後の最後に、限られた天才のみが操るといわれた雷の魔法。その憧れの魔法を子孫が習得しているのを目の当たりにし、満足そうに死んでいく。パラパラと炭化した体は崩れていく。
雷の魔法を使う天才中の天才。誰が呼んだか分からないが、彼はかつてこう呼ばれていた。
『
――鬼反の野望を打ち砕いたのは、子孫の鬼市が放った雷の魔法であった。魔法を封印される前呼ばれていた2つ名、雷鳴の鬼市が蘇る。これは後の話だが、集太郎が何度もラーメンのキチと間違えるので、そちらの方が広がってしまった。
『次回11月6日(月)午後6時頃「安芸の国を背負って」更新』
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