第83話 魔性の花園・天殺星の余興

 植物園の湖から現れた女の魔人。彼女は金と銀の斧を両手に、相手へ質問を投げかけては殺害する異常者だった。


 天殺星の魔人は『ゾンビ柿砲台と戦え』と無理強いし、手拍子をしてくる。

「クエッ、柿砲台と戦えば帰っていいんだな?」

『余興よ余興』

「ハッキリと答えてクダサイ」

『ハッキリと答えてやろうね。ここでゾンビ柿砲台と戦わないなら、即刻死罪』

 天殺星の魔人は有無も言わさず柿砲台のゾンビと戦わせようとする。


「クエッ、しかたない。どうせ討伐するんだ」

「じゃあやりマショウ」

『おっと、戦うのはゾンビ柿砲台だけではない。このさまよう三毛猫の魂を吹き込んだガラクタ人形もだ』

 天殺星の魔人は、三毛猫のヌイグルミを湖からザブンと引き上げた。そのヌイグルミに、口から青白い人魂を吐き出して吹き込んだ。三毛猫のヌイグルミは滑らかに動き出すと『ここはどこですか? よーろ昆布』と喋りだした。


「三毛猫、お前死んだのデハ!」

「クエッ、メリーの報告を鵜呑みにするな」

 三毛猫のヌイグルミは目がクリクリして愛らしく、ミケとは似ても似つかなかった。


「どうも記憶がハッキリしませんねえ……。確か……、モモに……思い出した! あの野郎」

 1人で騒ぐ三毛猫の魂は、紛れもなくミケであった。ミケは湖の畔に上がると、柿砲台のゾンビを見て仰天した。

「ちょっと、柿ピーさんどうしたんですか!」

「……」

 返事がない。どうやら死んでいるようだ。


『さあ、ミケ。奴らと戦いなさい。もし、奴らに勝てたならば、お前に魔物の肉体を与えて蘇らせてあげましょう』

 湖で大口開けて笑う天殺星の魔人。彼女の方を振り返ると、全てを察したミケは歯を出して笑った。


 湖の畔で、対峙する番犬軍と、鬼反軍の屍。天殺星の魔人が湖の水に息を吹きかけると、ボコボコとまるで熱水が沸騰するように吹き上げる。水は手すりのついた安楽椅子の形になって、その形を保ったまま天殺星の魔人の腰掛けとなった。


 天殺星の魔人は、自分から見て左側にいる番犬軍、右側にいる鬼反軍の屍へ準備をせよと命じる。水の安楽椅子の手すりに肘をかけ頬杖をつくと、道楽で殺し合いをさせる古代ローマのコロッセオの司会の如し。鋭い目で双方を見ると、『殺れい!』と殺し合いの開始を告げた。


 合図と同時にタレはミケと勝負するため湖を右回りに、レモンは柿砲台と勝負するため湖を左回りに移動した。


 ミケは、楽缶らっかんを作り出すと同時にタレがその頭に鉤爪を突き立てる。

「この鳥、早い……」

 頭を裂かれたミケから綿が飛び出す。ヌイグルミには爪も牙もない。攻撃手段は万象しかなく、その楽缶らっかんもストックがない。楽缶らっかんは何かを閉じ込める万象技。故に、ストックがなければ驚異とはならない。


「とどめだ! クエッ」

 タレが翼で巻き起こした火炎の渦で、ヌイグルミは焼けて炭となった。再びミケは消え去った……。


 レモンもゾンビ柿砲台と戦っていた。柿砲台の頭突きが飛び出すが、腐っていて威力が出ない。そもそも、レモンには当たらない。

「弱すぎマス」

 湖から少し離れた所に立つ木の上に登ったレモン。先ほど食虫植物から採取した種を根っこの手に持つ。頭の上から伸びる蔦の先、その花の中央についた口へ種を含むと、コリコリと噛んで飲み込んだ。


 柿砲台は「うあああ」と意味のわからない呻き声を出して木を登ろうとする。ドロドロに腐った柿頭を木にべトリとくっつけて、登ろうとするが、何度も落ちてはグチャと音を立てて地面に激突する。


「いくゾ」

 レモンの頭から伸びる蔦の1つがみるみる変化して、銀色のハエトリグサになる。2枚貝の殻に似たハエトリグサの口で柿砲台をパクリと口に入れる。そして、強力な液体を口の中に満たして柿砲台を溶かす。

 ジュージューと焼けるような音を立て、煙を上げて溶けていき「いいいあああ」と不気味な呻きを上げて、完全に溶けた。


 柿砲台を完全に溶かしたのを確認すると、レモンはハエトリグサを頭から切り離して地面に投げた。ハエトリグサは、再び種に戻った。


 2人の戦いを喜んで観ていた天殺星の魔人。彼女は、膝を叩いて高笑いする。

『面白い余興だったよ。奴隷は、死ぬ前に余興として利用するに限る』

 高飛車な態度で言い放った天殺星へ、腸煮えくり返るタレとレモン。

「クエッ、もういいだろ行っても」

「サヨウナラ」

 何とも不快な気持ちを抑えて、2人は湖を去ろうとするが……。


『待て!』

 天殺星は金と銀の斧を2人の後頭部へ投げ付けた。その斧を振り返りもせずパッと左右に避けた。斧は、崖に突き刺さった。

『誰が帰っていいと言った。次の余興をせい! 金斧きんぷ銀斧ぎんぷ、殺れい!』

 崖に突き刺さった金の斧と銀の斧は、モゾモゾと動き出した。

『その2つの斧は私の下僕だ。さあ、そいつらと……こら! アホウドリ何をする!』

 タレは斧が本格的に動き出す前に、2つの斧の柄を左右の鉤爪で掴んだ。そして、ニタリと笑うと斧を1つずつ天殺星へ投げ付けた。

『何をす――うわあ! お前な……逃げるな!』

「相手の動きを待つほど馬鹿じゃないクエッ」

 タレは鳳凰になると、レモンを背に乗せて飛翔した。天殺星が斧を両手で受け止めた時には、虹を残して伏魔殿の方へと飛び去っていった。


『クソ、クソ、クソクソクソ! 悪道の第一夫人の天殺星様をよくもこけにしてくれたな!』

 天殺星は金と銀の斧を投げ付けてやろうと振りかぶった。だが、鳳凰の速さは並ではない。もはや間に合わないと判ると、天殺星は斧を湖に投げ入れた。


『覚えていろよ、鳳凰のタレ……と果物』

 天殺星は大股を広げて大の字で横になった。だが、水を固めるのを忘れていたせいでズブズブと沈んでいく。鼻で水を飲んでしまい、咽ながら水面から顔を出した。

 湖から伏魔殿の方向を見て『面白い玩具も見付かったし、家に戻るかな』と独り言を言うと、天殺星の服の裾を引っ張る者がいた。

「天殺星様、俺たちの漫才聴いてください!」

『金斧、今は気分では』

「じゃあ行くよ!」

『だから銀斧、今は気分では』

 金斧銀斧は気の乗らない天殺星にはお構いなしに、漫才の押し売りを始めた。


「どうも、金斧です」

「どうも、銀斧です」


「俺たちよく双子に間違えられるけど、ぜーんぜん違います」

「そうそう、金斧はお父さんが小判でお母さんが大判でカカア天下。俺は両親共に豆銀でハトポッポって」


『ウ……』

「本当に、金金金って汚い世の中で」

「それ、金斧がいったら自己否定だよ」


『ウホホホ! ウホッホ! ホッホー!』

 天殺星は突如豪快に笑い出した。天殺星のウホウホな笑い声を聞いて嬉しい金斧銀斧は、調子に乗って岩にぶつかり少し欠けた。


 ――天子魔悪道の第一夫人の天殺星と植物園の湖で遭遇したタレとレモン。無理に蘇らせたミケと柿砲台を討伐すると、2人は一目散に立ち去った。


『次回10月25日(水)午後6時頃「燃える城の激戦」更新』

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