第80話 牢獄の町・牢獄の恐怖

 伏魔殿の地下牢、通称・牢獄の町へ挑んだ骨男とホット。地下三階にはティラノサウルスの魔物が策幽と共に現れた。ウォークライを始めた恐竜に2人は勝てるのか……。


 地下牢の広い場所に現れた恐竜。この恐竜は魔族の用意した牢獄の見張り。魔族に従えられた魔物である。

 魔性の世界である魔界。その魔界の都である伏魔殿。その伏魔殿の最も暗い地下牢。そんな暗黒の中の暗黒の世界に現れた恐竜の魔物。なのに、どこか陽気で力強い。


 恐竜の出現に放心状態の骨男とホット。2人を見下ろす恐竜は言葉を発した。

「今すぐ牢に戻るなら許してやろう。そんなこんなで、許そう」

 ラグビーボールにそっくりな岩を、地面に叩きつけて「トライ!」と雄叫びを上げる恐竜。


「ほほほほ、どうですか? この方は私の三味線で動きを操作されているのです。降参して餌となるがいい」

 策幽が高笑いすると、恐竜は肩に巻き付けたチューリップ型のバッグから拷問器具を覗かせる。中からマヨネーズを取り出すと、目にも留まらぬ速さで策幽の目にぶっかけた。彼は目を押さえ悶絶し地面を転げ回る。

「いいか、決して餌ではない! お食事だ!」

 気に食わない言い方に猛抗議する恐竜である。


 骨男は、青龍偃月刀を構えて、人の姿になった。赤い体に馬面は天馬とよく似ている。

 ホットも、左腕を前に出して構える。


 恐竜はお辞儀を丁寧にすると、自己紹介を始めた。

「吾輩の名は、アルコール・デ・ヨッパラ。人呼んで、ノンアルコールだ!」

「いや、ノンはおかしいだろノンはよう」

「骨男、つっこむな。つっこんだら負けだ」


「吾輩、酒は体質的に合わない」

「おめえ! 酒を浴びそうな名前してっぞ!」

「骨男、つっこむな。猫吉ねこきちに似たらおしまいだぞ」


「吾輩の辞書にアルコールはない!」

「おめえの名だろうが!」

「骨男、もうよせ。お前まで納豆になるところは見たくない。猫吉に染まるな」


 名乗り上げを終えたアルコールは、地面をズンズンと踏み出した。地面が、壁が、牢獄全体が振動する。そして、アルコールはこちらへ走り出した。鋭い爪で骨男を掴もうと腕を伸ばす。

「くそ! やられるか!」

 軽快に爪をかわし腕の外側に位置取り、伸び切った腕を青龍偃月刀で斬り飛ばそうと下から振り上げた。宙に三日月のような銀色の残像を残しアルコールの肘の辺りにを斬ろうとする。しかし、青龍偃月刀の刃は、硬い鱗で守られ通らない。

「なんだと! おいらの」

「フフフ、恐竜の腕をみくびるな。そして――」

 アルコールは一回転して尻尾で骨男を叩き飛ばす。腹を打たれた骨男は、ゴツゴツした黒い岩で背中を強打した。

「骨男、大丈夫か!」

 骨男の所へ駆け寄ろうとしたホットを策幽が遮る。三味線を突き出し、細い目でにらみつける。


「ここは通しませんよ、ホットさん」

「お前とは何かと縁があるな……」

 互いに己の間合いを測りながらジリジリと距離を詰める。互いの攻撃が届く距離まできた。折れた右腕を庇いながら、左手で正拳突きの構えを取るホット。頭から血を流しながら、三味線を上段に構える策幽。勝負は一瞬、僅かな差で勝負は決まる。2人は、雷電の如き勢いで互いに必殺の一撃を繰り出す。


 必殺の前に、恐竜の尻尾が2人の横っ腹を襲う。アルコールがその場で回ったのである。

 壁に打ち付けられた策幽は、フラフラと立ち上がるとアルコールを罵倒した。

「アルコールの馬鹿め。お前、私のいる位置も確認していないのか」

「えー? うぃー? わわわいのせーでっかぁ?」

 アルコールは酷く呂律が回らない。その上、足取りも覚束ない。

「どうしたんだアルコール……」

「アルコール純度100%の酒のお味はどうでえ」と骨男が瓶を片手に岩陰から出てきた。

「お前なにした……」

「ちょいとアルコールをぶっかけたのさ」


 少し前、骨男は尻尾で飛ばされ岩に激突した後、風呂敷から酒を取り出した。それを恐竜へかけると、「ひゃああん」と悲鳴を上げて飛び退いた。そして、アルコールは泥酔状態になった。


「やるじゃないか骨男」とホットは顔が落石に埋まったまま褒めた。


 焦った策幽が再び三味線の音色で操ろうとしたが、目が座ったアルコールは策幽へツバを吐きかけその場に座った。


 アルコールが酔ったことで2対1になった。

「これで我らが有利だな」

「……」

 策幽相手に優位に立ったとホットが笑ったその時、アルコールが急に立ち上がり、こちらへ向かってきた。

「3人とも潰れろおおお!」

 3人は恐竜の突進を避けたが、アルコールの酒乱は止まらない。岩は蹴るわ、壁につばを吐くわ、酒癖の悪さは傍若無人。2対1から、2対1対1になってしまった。


 このままでは全滅してしまう。やむおえずホットは骨男へ恐竜の足止めを指示する。そして、自らは策幽へ挑む。

「ホホホ、私と一騎打ちですかホットさん……。その銃はなんですか……」

 ホットは左手に万象で出したハンドガンを構え「奥の手だったんだがな」と銃を策幽へ向ける。


 ホットの万象技は、リボルバー式の銃である。リボルバーの中には全6発の弾が装填されていて、5発は普通に飛ぶ弾、1発は暴発する弾が詰められている。技を放つ時にリボルバーを回して適当なところで止めて撃つロシアンルーレット。その暴発する弾に当たれば自らに大ダメージがある。

「俺の奥の手の1つ、『シロクマン・ルーレット』だ」

「お……お前、その技にどれだけの生命力を込めた」と銃を千里眼で視て青ざめる策幽。思わず後退りする。


 ニヤリと笑うと、ホットは躊躇わずにバンバンと撃つ。恐れるあまり策幽は岩陰に隠れるが、弾丸は簡単に貫通し頬を掠める。

「お……お前、ホンマに医者なんか!」

「義賊と書いて、いしゃと読む」

「お前の今の顔、ギャングやで!」

「都合悪いと俺は話を聞かなくなる」

 平然と4発は弾丸を撃った。さすがにこれ以上は暴発する可能性があるので、1度銃を消したホット。


「しめた!」

 銃を消すのを待っていた策幽が地面を蹴って接近し、三味線でホットの負傷した右腕側から頭へ振り回した。とっさにホットはしゃがんで器用に三味線を避けた。

「なに!」

「俺が器用なのを忘れたか?」

 策幽は三味線を空振ったので体はねじれている。そこへ、ホットの左フックが襲い来る。

「覚悟!」

「うあああ、なんてね」

 策幽の足元に置いた骨が跳ね上がり、宙へ飛んだ。ホットの左フックは豪快に空振りし、今度はホットが動けない。

「これでお終いですよ」

「あああ!」

 空中でホットの頭に三味線が振り下ろされた。ホットは頭が割れて鮮血が吹き出した。


 地面に着地した策幽は、千里眼でホットの死を確認した。

「ホホホ、やっとあのシロクマを始末できました!」

 高笑いする策幽。後は、骨男を始末するのみ。アルコールと戦う骨男の方を振り返った。と同時に、景色が逆さまになった。天地がひっくり返っている。

「ひっかかったな」

「な……これは」

「俺のもう1つの万象技、『シロクマの脱け殻』だ」

 シロクマの脱け殻とは、ホットの毛1本と少量の生命力で作った偽物である。偽物は、幻とは違い、毛の遺伝子情報から作った本人そっくりの人形である。その人形に、生命力を少し入れれば全身を巡り本物と区別がつかなくなるものである。千里眼の洞察力が三ツ星あってやっと見分けがつくものである。

「お前のえげつなさ、獅子王とかいう猫と変わらへんな」

「猫吉は汚いぞ。その上納豆みたいな粘り気もある」


 策幽の前に立つホット。

「最後に言い残すことは?」

「……権力の魔性を打ち砕いてくれ……頼んだで」

 ホットは策幽の首をその腕ではねた。転がる首を見て、一時とはいえ昔の仲間の死に肩を落とす。


 家族を権力に殺された怨みから誰よりも独裁者を憎んだ策幽。化本鬼幽の長い長い復讐の旅は終わった……。


「策幽……もしあの時、閻魔が奴でなければ……」

 ホットは策幽の遺体を隅に安置して、石を積み上げた。


 と同時に、地響きを立ててアルコールに追われた骨男がこちらへやってくる。

「逃げろおおお!」

「こっちに来るな、うおお!」

 2人は「酒のおつまみルンルルーン」と歌いながら追ってくる恐竜から全速力で逃げ出した。


 ――牢獄の町で策幽を討伐したホットと骨男。権力を憎み、道を踏み外した元仲間の死。感傷に浸る暇もなく、恐竜に追われて地上へ戻る。


『次回10月18日(水)午後6時頃「魔性の花園・暗い植物園」更新』

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