第78話 牢獄の町・亡者の世界

 屋上、大会議室、庭園。それぞれの場所で決戦が繰り広げられる。策幽が下りた牢獄へ文武両道コンビの骨男とホットが追いかけていく。


 暗くジメジメした地下牢へと、茶褐色の石階段を一段一段下りていく。ホットが先で骨男が後に続く。どちらが先に行くかは予め決めていた。


「骨男、気を付けろよ。魔族の地下牢は、通称牢獄の町だと昔聞いたことがある」

「道理で辛気臭せえところだぜ」

 石階段を下りきったら、シロクマ2人が並んで通れるほどの通路が、前方と左右に伸びていた。切石の平らで茶褐色な天井、床、壁である。一寸先は闇といえるほど見通しが利かない。

「どっちに行こうか?」

「俺の知る限りではそうだな……。策幽の性格を考えると……真っ直ぐ敢えて進みそうだな」


 骨男は、もしもの時に用意しておいた松明を懐から取り出す。閻魔の写真集に乱雑に火をつけて、それを種火に松ぼっくり型の松明に火を付ける。すると、松明はフワフワと宙に浮かび、自由に操れた。


「歪んドールが素材を売ったからこれしか残ってなかったんでえ」

「いや、これはすごい。これさえあれば十分だ。骨しゃぶの時なら奴の耳に火を灯すしか手はなかったからな」

 ホットの冗談に場が和む……はずはなく、一歩闇に足を踏み入れる度に緊迫感は増す。


 やがて、左右に鉄格子が見えてきた。中には、白骨死体が積み重なり真っ白になっていた。

「ここで魔族に殺されるってこった」

「悪趣味な……」

 鉄格子のある辺りまで来ると、度々幽霊が現れる。骨男もホットも、虫でも払うように幽霊を手で払い除ける。あまりにしつこいと、「鬼に逆らうのか!」と怒鳴って追い払った。幽霊にとって鬼とは、地獄の責め苦を与える獄卒である。鬼は幽霊に対して絶対的強者といえる。


 真っ直ぐに進んでいると、円形の開けた場所に出た。直径10メートルの半球の形をした部屋である。中央にある『血の噴水』と刻まれた石碑の側にレンガでできた井戸のような物があった。井戸は血でベッタリと染まり、紫色のカビが生えていた。中からは、苦しそうな呻き声が聞こえてきた。


 2人が、その井戸を覗き込むと、中には無数の亡者があるいは畜生の如く殺し合い、あるいは餓鬼の如く互いの肉を貪り合っていた。

「なんだ、ただの拷問所か」

「一万年前と大して変わらないな」

 2人は平然と亡者を見下ろす。ふと、骨男が『血の噴水』と刻まれた石碑の裏側を見ると、恐るべきことに『ドア弁慶参上』と無造作に彫り込まれていた。ホットもそれを見て、言葉にならないほど驚いた。ドア弁慶の図太い神経と、遊び心からくる落書きに1番の恐怖を感じる2人。


 先へ進もうと部屋のもう1つの出口へ歩みを進めたその時、突然井戸から勢いよく血が溢れ出した。真っ赤な血の噴水が立ち上り、部屋を次第に赤く染める。

 噴水が止まると、井戸の中から髪の長い女の幽霊が這い出す。真っ赤な血が筋状に流れた跡のある白装束を着て、「恨めしや」と憎しみのこもった声をだしながら出てきた。

 女は、井戸から出ると、地面を這って2人に迫る。さらに、何もなかったはずの天井からてるてる坊主のように首吊死体も降ってくる。2つの出入り口は、赤子の霊が埋め尽くして、こちらを見て泣いていた。


 骨男は風呂敷からハリセンを取り出すと、全員の頭を叩いて平然と部屋から出ていった。ホットにいたっては役に立つからと首吊遺体から首を吊っている縄を強奪。

「返して……」と涙声で返還を要求する元首吊遺体。その姿を見て「キャキャ」と明るく笑う赤子の幽霊。女の幽霊は「ホンマにあんたは冷たいなシロクマ。でも、そこがええんや」と微笑んだ。


 しばらく牢獄を回り、この地下一階は一通り回った。常にホットの強力な千里眼で策幽の動きを探っていたが、この階にはいなかった。そこで、途中見付けた下の階へと続く灰色の石階段がある通路へと引き返す。


「この階段を下りるのか?」

「俺の千里眼は洞察力も視力も四ツ星だ。あと1つで閻魔や並の番犬に匹敵するほどには鍛え……、下から音が!」

 下の階の奥から三味線の弾く音が聞こえてきた。曲は、ハトポッポである。


「気を付けろ! 策幽は三味線の音色で物を操る!」

「それならおいらもデパートで……って後ろぉ!」

 骨男とホットが振り返ると、骨が組み合わさって妖しい化け物になっていた。それも大量にいた……。ホットは他の道を見ると、そこにも大量のしゃれこうべが迫っていた。

「クソッ! 策幽め、これがお前の策か!」

「おいおい! 薄気味悪い骨の化け物め!」

 ホットは言わなかったが(骨男も似たようなもんだ)と心で笑った。こみ上げてくるおかしさを堪える。


「ホット! どうすんでえ! やはり策幽を追うか!」

「五十歩百歩で似た者……いや! 千里の果てまで策幽を追うぞ!」

 急ぎ階段を下りる2人。後ろからは無数の骨が迫ってくる。地下2階は、灰色の切石が続く。

「どうしておいらの時に限ってホラーになんだよ!」

「類は友を呼ぶからだ!」

「……え?」

「すまん、忘れてくれ」


 地下二階にも、無数の骨が立ち塞がる。全ての鉄格子が開いていた。狭い通路で前後に骨が、前門の骨、後門の骨である。

「どうする、ホット」

「これだけ骨があれば骨しゃぶも大喜びだな」

「そんなこと言ってる場合じゃねえぞ!」

「じゃあお前も骨をやめろ!」

 骨男は本地覚醒し、ケンタウロスの姿になった。やはり、先祖の天馬と似て、赤い体に馬面である。青龍偃月刀を万象で出すと、全面の骨へ斬りかかる。

「それでいい! 俺は後ろをやる」

 ホットはシロクマの怪力で骨を全て粉々に砕く。みるみる骨は砕けていき、やがて動かなくなった。


 どこからともなく策幽の声が響いてくる。

『私の人形獄瑠璃にんぎょうごくるりは、いかがでした?』

「シロクマにとっては準備運動にもならなかったがな」

『次の地下三階はとっておきの恐怖を用意して待っています。覚悟をして来るといい……知らんけど』


 そこから、2人は通路を進んでさらに下へ下りると階段を見付けた。その階段は、ゴツゴツした剥き出しの岩を組み合わせているだけである。左右の壁も天井も、自然そのままの岩の洞窟のようであった。ここは、脱法犬隊長・鬼怒川にゃんごろうを入れていた牢があったところだ。

「行くか」

「おう」

 奥から不気味な空気が流れ出してくる。そこに何かがいるのは確かである。鬼が出るか蛇が出るか……。


 ――伏魔殿の地下牢へ策幽を追いかけていくホットと骨男。そこは、牢獄の町と呼ばれ、白骨死体や亡者が蠢く闇の世界であった。


『次回10月13日(金)午後6時頃「牢獄の町・地下三階にいるのは」更新』

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