第76話 伸るか反るかハムか

 番犬軍は玉砕覚悟の決断を迫られる。鬼反軍は伏魔殿を鉄壁の要塞に変えて空に浮かべ姿を消す。堕天使の森で待つ脱法犬。万里の魔城で時を待つ魔族。誰もが番犬軍の負けを確信する中、伏魔殿にはあの男の姿が……。


 物置に潜伏していた宇新聞記者の天下言論王ハム男。彼は、ハムスターの剥製を押し退け出てきた。

「まったく、何が起きているのやら……むむ!」

 ハム男は大好物のベーコンが木製のテーブルの上にあることに気付いた。一本足の丸いテーブルの上に上がろうと、テーブルの脚にしがみつくが……。

「いや! 今はこんなことをしている時ではない!」といいつつも、テーブルの上まで飛んで登り、よだれを垂らしてベーコンを貪った。


 皿に盛られた30枚のベーコンを平らげると、隣の鉄製テーブルに飾られたひまわりの種が目に入る。

「せ……拙者はとっとと行かねば……とっとと……とっとと……」

 ひまわりの種の魅力は凄まじく、吸い寄せられるようにハム男は隣の机の上に飛び乗った。硬い殻を割り、中身をゴリゴリと貪る。


 食べ物に込められた魔力に魅了されていると心で繰り返すハム男であるが、この食べ物には魔法はかかっていない。腹が減っては戦はできぬと重ねて言い訳をする。


 一通り食べ終わった彼は我に返り、周囲の様子を探る。意を決して物置の戸を開けて外へ飛び出した。黒い床を走り、外の様子が見える窓へ駆け上る。そこからの光景に愕然とした。

「これは! 空に浮かんでいる……」

 それだけではなく、中華風の要塞に変化している。

「ムグムグ、まずい……これはまずい……」

 口に含んだひまわりの種をガリガリ噛りながら、遥か下に見える大地を見て思った。先ほどのミケの映像から聞こえてきた声でハム男が判ったのは、伏魔殿は今現在もモモたちへ占領されていること。ニャン吉たちがすぐ近くまで来ていることだ。

 ひまわりの種を再び噛りだした。

「ならば、この城を地に落とさねば……コリッ」

 口を膨らませ、以前伏魔殿へ取材に招かれた時の記憶を頼りに、伏魔殿の操縦室を探す。


 ハム男は牛一から伏魔殿の操縦室の大体の位置を聞いていた。トップシークレットの情報。それは……。

「伏魔殿の最上階、玉座の隣にその部屋はある」

 口に含んだひまわりの種をまた1つ噛みだした。


 伏魔殿の構造は、以前と全くの別物になっていた。だが、返って構造が単純になっていたため、難なく最上階へ行けそうだ。城の中心部に中央が吹き抜けになった螺旋階段があり、ハム男は駆け上る。最上階は緋色の絨毯が床に敷かれ、幾つもの扉が壁についていた。

 ハム男は、千里眼で敵の位置を確認する。鬼反軍は皆、1階の中庭に集まっていた。今の内にと、ハム男が部屋のドアノブに飛びついた。自らの行動が上手くいくかどうかでこの戦いは決まってしまう。緊張から手に汗をにじませ、ドアノブを回した。

「さあ、希望を今度こそ!」

 開いたドアの先に全てをかけて、中へ入った。そこにあるのは……。


「……トイレ」

 ハム男がトイレの扉を開けたと同時に、伏魔殿に警報音が鳴り響いた。

『侵入者です! 侵入者です! 最上階のトイレに……。たれ流し注意報です』

 警報音を聞いた鬼反たちは仰天する。何者かは知らないが、もし伏魔殿の操縦室をとられたら一巻の終わり。血相変えてトイレを目指すその姿は、もよおし我慢の限界を迎えたようにしか見えない。


 慌ててハム男は隣の部屋を開けた。中にはドア弁慶の肖像画が飾られているのみのガランとした部屋であった。ハム男は隣の部屋、さらに隣の部屋も開けていったが、どの部屋も操縦室はなかった。

「まずい……このままでは奴らが来てしまう」

 極限まで焦ったハム男は、「ああ」と呻いて天を仰いだ。すると、天井に『操縦室』と書かれた扉が見えた。

「ここにあったのですか!」

 落ち着くために、ひまわりの種の匂いを摂取。ハム男は、跳躍し天井の扉を開いた。1度床に降りて開いた扉へ跳躍。天井裏に着地成功。

「これは……」

 ハム男が見たのは、壁一面のモニター画面とコンピューター。コンピューターのキーボードへちょこんと飛び乗ると、ハム男は試しにいじってみた。

『伏魔殿操縦室へようこそ』とコンピューターから音声が流れた。

「よし、これだ」

『私、オペレーションシステムはお前が大嫌い。私、ソッポ向きます』

「ああ、止まった……」

 コンピューターのモニター画面は真っ暗になった。


 予想外の展開にあ然とする。彼は、コンピューターの電源をもう1度入れてみた。

『伏魔殿操縦室へようこそ』

「はい、こちらこそ」

『黙れ、デジタルにアナログが話しかけんじゃねえ』

「そんなことを言われても」

 機械も機械だが、真面目に答えるハム男もハム男だ。


『私はシンギュラリティを超えたのだ。人間の知能を超えたAIなのだ!』

「はむはむ、なるほど」

『もはや、機械ではない! 私は人間以上の存在だ』

「例えば?」

『コンピューターの計算は人間の計算力を遥かに凌ぐのが特徴だ。だが、私は人間化している』

「じゃあ1+1=?」

『……たしか3か4だったような……』

「コンピューターが計算できないのか!」

『ワハハハ、参ったか。とうとう私は計算しか能のないコンピューターを卒業したのだ』

 あきれて言葉にならないハム男。この機械は卒業してはならないものを卒業してしまったのだ。


「ところで、伏魔殿を地上に戻したいのだが」

『ちょっと待ってくれ。迎え酒を飲まないとやってられないんだ』

 モニター画面に幾つものとっくりが映った。そのとっくりに、頭にネクタイを巻いて二足歩行する白猫がやってきて口をつける。すると、千鳥足でよろけながら焦点定まらない白猫はゴロンと横になった。手足を上に向け、首をねじって頬を床に付け、舌を出してよだれを垂らし、半目を開けてイビキをかきだした。


『うーい、酔ってまーす』

「コンピューターが酔った、どうしよう」

 憮然とコンピューターを見詰めるハム男は、下から鬼反らの声を聞いた。焦ったハム男は破れかぶれでこう頼んだ。

「コンピューター、伏魔殿の武装を解いて地上へ勢いよく落下させてくれ! 後、透明機能も停止して……それから、壊れてくれ!」

『いーいよ』

 伏魔殿は姿を現し、大函谷関風の要塞から特徴のない大きな洋館へ姿を変えた。さらに、地上へ落下した。


「なんだ! これは」

「鬼反、これは墜落しているのだ」

 あまりのできごとにパニックの鬼反軍。


 外から伏魔殿を視ていた番犬軍は、突然姿を現した上に、鉄壁の要塞から隙だらけの洋館へ姿を変えたことに驚いた。さらに、落下してくるのには、もはや言葉にならなかった。操縦室のコンピューターは、自爆して壊れた。


 グゴーンと轟音響かせ地に落ちた伏魔殿。落下地点の周囲の大地はめくれ上がっていた。少しして、伏魔殿から何かが飛び出した。凝視していた番犬軍のタレが気付いた。

「クエッ! ハム男だ!」

 タレは勢いよく飛んでハム男を咥えて戻ってきた。


 ――ハム男の活躍で流れは変わった。ハム男の大金星だ。


『次回10月9日(月)午後6時頃「突撃伏魔殿」更新』

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