第75話 悪魔の鉄壁要塞

 偵察が敵方に自分の位置を逐一報告したため、全ての計画が頓挫した番犬軍。戦いの時は、良くも悪くもまさかが起きる。


 メリーが捕まったことで、せっかく立てた計画が全て台無しとなる。番犬軍は作戦の変更を余儀なくされる。

「台無しだにゃ! メリーめ!」

「すまねえ! おいらの不手際だ! つっても、さんざん言い含めるように言ったんだぜ」

 予想外の事態に困惑する番犬軍。

「妹よー!」と珍しく歪んドールが情を見せる。芝生の上に四つん這いになってメリーを行かせたことを後悔する。


「狼狽えるな!」

 天馬の一喝で場は静まった。武蔵亡き後、自らが積極的に皆を引っ張っていかねばならないと決意している。ニャン吉はまだ新米の番犬なのだから。

「さて、獅子王。どうする?」

「どうするってにゃ……」

 伏魔殿は警報音がけたたましく鳴り響き、防衛体制に入っていた。無明の闇に閉ざされた暗黒の世界は過去の話、伏魔殿には無数の明かりが灯る。それから、伏魔殿は姿を変え始めた。ゴシック式の大聖堂風の姿から、中華風の厳重な砦へと変貌を遂げる。

「あれは……大函谷関クエッ」

 唯一空から大函谷関を見下ろしたことのあるタレが、いち早く気付いた。


「奴らにとって大函谷関はよほど応えたとみえるな」と歯ぎしりするホット。


「だとすると、この守りを突破するのは難事か」と舌打ちする天馬。


 メリーを偵察に行かせたことで返って事態が悪化する。


 番犬軍はこれからどう動くか相談する。と同時にあの声が聞こえてくる。

『私メリー、今火炙りにされそうなの。助けてニャン吉』

「……にゃあ?」

『どうして少しキレ気味なの? 呪われたいの?』

「お前、あれだけ敵にバレるなって言ったにゃんよね?」

『うん、熱い』

「どうして、相手に予告したんだにゃ?」

『だって、お前たちが苦しむ姿が見たかったんだもん。熱い熱い!』

「まさかこっちの情報漏らしてにゃいだろうな」

『全部言ったわ。私をこんなめに合わせたカスどものクセに偉そうに言わないでちょうだい』


 さすがの歪んドールも妹の愚行を擁護できずに、深い溜め息を骨男の顔に吐いた。


 突然、伏魔殿の空に映像が浮かび上がった。そこには、モモとミケが牛一を処刑した処刑場である。彼らは、メリーを丸太に貼り付けにして火刑に処していた。ミケは、明らかに番犬軍のいる位置へ視線を向けて、小太りの体で香箱座りをした。

『よーろ昆布、よろ昆布。番犬軍の奇襲を防いでめーで鯛。さて、我らは明日の夜まで警戒を怠りません。残念でした』

 そこまで言うと、映像は消えた。


 処刑場からメッセージを送ったミケとモモは、メリーを生焼けの状態でそのまま放置した。


 処刑場から出たミケは、とんでもないことをモモへ言った。

「こうなったら、奴らの位置は分かるんですから、あそこに核兵器をぶっ放しましょうか」

 全身の毛が逆立って、目を吊り上げるモモ。

「ミケ……てめえ今なんつった?」

「ですから、ちょうど伏魔殿には魔の最高傑作の核兵器があるのですから、その有効活用を」

 モモは不意に番犬化しミケの顔面を爪で引き裂いた。顔を裂かれたミケは後ろへのけ反り、顔を両手で押さえる。


「グアー! 熱い! 熱い!」

「核兵器で焼かれたらそんな苦しみじゃあすまねえんだよ!」

 顔面についた爪痕から血をボタボタと滴り落とす。その血を見て、激情したミケ。


「てめえ! 俺様のことを舐めてんじゃねえぞ! 何がそんな苦しみじゃすまないだ! 俺様はなあ、御主人と何度か核兵器を使ってんだよ! それがファシズムだ。分かったかクソが!」

「……なるほど、お前もか」


 何かを悟ったように静かに近付くモモへ、楽缶らっかんを出して応戦しようと待ち構えるミケ。

「言っただろ? このミケ様の好きなものは悲鳴、嫌いなものは子どもの夢って。それを全部叶えるのが核兵器なんだよ」

「もう地獄から出るなよミケ」

 モモは一瞬でミケに接近し、心臓の辺りにある髑髏マークを破壊した。ミケは何が起こったのか全く分からなかった。

「な……、俺様の紋所が……、モモぉー!」

「俺が嫌いなものを教えてやろう。それは、悲鳴だ。そして、爺が本当に護ろうとしていたのは子どもの夢だ。俺もまたそのために……」

 髑髏マークを破壊されたミケは、青白い炎に包まれ人魂へと戻っていった。


 ミケの魂を咥えると、モモは中庭へ出て魂を大空へ投げ捨てた。


 それから、鬼反たちと合流し、ミケを始末したことを皆に告げた。誰も、何も言わなかった。


 ――メリーの失敗で番犬軍は決断を迫られる。一度退くか、それとも伏魔殿をこのまま正面から攻めるか。正面突破をするには、今の伏魔殿は容易ではない。突入前に全滅すらしかねない。

 そんな中、番犬軍へさらなる追い打ちをかける伏魔殿。城の周囲で地響きが起こる。大地は揺れ、城の周囲の地面に地割れが走る。城は浮き始めた。さらにさらに、無色透明になった。


「最悪の結果になってしまった……」

 呆然と立ち尽くす天馬が、肩を落として絶望し口から漏らした。

 番犬軍は皆絶望の淵に叩き落された。

 鉄壁の要塞、大函谷関を模倣した伏魔殿。

 空を飛ぶ天空の魔城。

 透明で千里眼を使いながらでなければ視えない城。

 もはや城攻めは、叶わなくなった……。


 堕天使の森では脱法犬も伏魔殿を見上げていた。真っ黒い炭のような葉、枝、幹、根をした木が生い茂る森の前で笑うにゃんごろうと仏頂面のピョン太。


 万里の魔城では、見張り台からの報告で伏魔殿について聞いた掃除大臣・非江呂ぴえろ。彼が悪道にこのことを知らせると、悪道は「これで万事上手くいくぞ! 戦の準備だ」と千載一遇の好機に興奮。魔族たちは沸き返る。


 伏魔殿では、中庭で鬼反、モモ、策幽、柿砲台が最終決戦に備えていた。番犬軍を退けた後、堕天使の森へ逃げる計画だ。


 それぞれの思惑が交錯する中、思いもかけない者が思いもよらない所にいた。伏魔殿の物置があった。物置には、不気味な置き物が置かれていた。金のナメクジ型箸置き。ベーロン様。服を着たことがない男の銅像。

 その中に、ハムスターの剥製が幾つも並んでいた。金銀パールプレゼントなハムスターの剥製の中にあるゴールデンハムスターの剥製の1つが動いた。

「むむ、これは一大事だ! 牛一さんのためにもニャン吉君の助けにならねば!」

 それは、牛一が死ぬ前に逃がした天下言論王ハム男であった。万が一に備えてハム男は、伏魔殿の物置に潜伏していたのだ。


 ――番犬軍の計画は頓挫した。脱法犬は堕天使の森へ。魔族も戦の準備。伏魔殿は完全防御体制。そんな中、ハム男が誰にも知られず伏魔殿の物置にいた……。


『次回10月6日(金)午後6時頃「伸るか反るかハムか」更新』

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