第74話 城攻めの直前
伏魔殿の鬼反軍へ不意打ちをするため、日付が変わる前に梁山泊へ縮地した番犬軍。さあ、最終決戦だ……。
魔界の太陽が沈むと暗黒の世界が広がる。魔族は魔界の暗闇を無明の闇と呼び、人々の心を迷わせる魔の本質と重ね合わせる。
梁山泊へ縮地した番犬軍。木々の葉が重なり空から見えないその地。風に吹かれ地面に敷かれた枯れ葉がカラカラと音を鳴らす。伏魔殿の位置を千里眼で探す。
「あそこから動いていないようだ」
暗い森の中、天馬が指差した方へと向って下山を開始した。
やがて、視界が開けてきた。闇の中、微かな明かりが灯る伏魔殿が見えた。小高い丘の上で待機する番犬軍。芝生の上で骨男がメリーさんを用意する。黒地に白い骸骨が印刷された悪目立ちする風呂敷からメリーを取り出した。
「メリー、あそこが伏魔殿だ……。おめえなら朝飯前だ。頼んだぜ」
「朝飯前にやらせるの?」
何かよこせと手の平を上にして骨男へ差し出すメリー。その手にオイルを渡すと、ガブガブと一気飲み。
「それじゃあ、行ってくるね」
「おう、頼んだぜ」
メリーは一切物音を立てずに伏魔殿へ歩き出した。
「……本当に大丈夫かにゃ?」
「心配するなニャン公。あいつは機械だ。千里眼でも視えやしねえ。それに、一切物音を立てないロボットだからよ」
「それは安心だにゃん」とは言ったものの、一抹の不安が残る。
番犬軍は、タレの背に乗り空から伏魔殿へ侵入する準備にかかる。
しばらくすると、メリーから連絡が入った。
「あたし、メリー」
「うお! メリーか! どうでえ、敵の様子は」
骨男へメリーからテレパシーが届いた。期待し情報を待つが……。
「今、牢獄にいるの。捕まっちゃった」
「な……」
絶句する骨男へ、メリーが救助を要請する。何故捕まったのか、事の顛末はこうだ。
メリーが伏魔殿の前まで来た時、鬼反軍は束の間警戒が緩んでいた。
鬼反と策幽は仮眠を取り、柿砲台は食事中。
モモは裁縫室から持ち出した毛玉に我を忘れてじゃれついて、ミケは苦し草へ水をやっていた。
そんな時、ある事件が起こった。
『私メリー、今伏魔殿の前にいるの』
鬼反軍の面々にテレパシーを飛ばし、迫っていることを予告するメリー。
飛び起きた鬼反と策幽。
食事のミネラルウォーターと肉を中庭へ投げ捨て立ち上がる柿砲台。
毛玉を蹴り飛ばし鋭い目を周囲に向けるモモ。
戦闘態勢のミケ。
彼らは、無明の闇の中、辺りを見回すがそれらしいものは見当たらない。
慌てて伏魔殿の中庭へ集まる鬼反軍。
「これは一体……」と戸惑う策幽は皆へ問うが誰にも分からない。
「ただごとではない! すぐに反撃の準備だ」と遅れてきたにゃんごろうが目を光らせながらすぐに指示を出すが……。
『私メリー、今1階の階段にいるの』
漆黒の闇の中、得体のしれない声に戦慄する鬼反軍。1人、にゃんごろうは中庭の壁を伝って屋根の上に登る。城全体の様子を千里眼で確かめると、鼻で笑った。
「馬鹿め、これは偵察ロボットだな」
遥か昔から脱法犬の任務を遂行していたため、その経験からにゃんごろうは見抜いた。
「しかし、にゃんごろう隊長。こんな間抜けなことを奴らがするでしょうか」と同じく屋根まで跳躍し登る策幽が尋ねるが……。
「現実も人も思い通りにならないものだ。まして、機械なんて信用に値しない。どれだけ対策しても失敗する時はする。現場では何が起こるか分からんからねえ」
それを聞いても不安を払拭できない鬼反たちを見てにゃんごろうは「歴戦の戦士、例えば天馬などの知者が何人いようが無駄なものは無駄だねえ。想定外は必ず起きる。完璧なんて甘えだよ」と付け加え微笑みかける。
半信半疑の中、再びメリーから届いた。
『あたしメリー。今、中庭へ出る扉にいるの』
鬼反軍に緊張が走る。扉が空いた……。そこには、フランス人形風のメリーが立っていた。千里眼で注視したが、罠はなさそうだ。メリーを除いて他に誰もいないことを確認すると、モモは番犬化し、魔獣の如くメリーに飛びかかった。
「痛い! 何するの!」とメリーは怒った。
「さて、どうしてやろうかね」
モモはメリーの顔を手で踏み付け、地面に押さえつけながらニヤリと笑った。
モモとミケは、メリーを牢獄へ連行した。柿砲台は、例の処刑場の準備に取りかかる。
残された鬼反と策幽は、何事もなかったかのように池の水を飲むにゃんごろうの方を呆然と見守っていた。
「鬼反、策幽、もしさっき奇襲をしかけられたら一巻の終わりだったねえ」
「……本当にな」
まさか、決戦の日を1日ズラすとは……。確かに気の緩んでいたところを襲撃されたらひとたまりもなかった。もし、番犬軍の策が実行に移されていたら、鵯越の逆落とし並の戦果を上げていたのは確実だ。
「それに、メリーが優秀な機械だったら、なお危なかったねえ」
「……」
いちいち油断をしたことを詰ってくるにゃんごろうへ、一言も言い返せない2人。
梁山泊のある方を向いて、にゃんごろうは薄ら笑いを浮かべた。
「さて、もうじき奴らはここへ来るだろうねえ。堕天使の森の位置を教えておこうかねえ。俺は先に行って階段への扉を開いておくからな鬼反」
「……頼む」
にゃんごろうは伏魔殿から駆け足で飛び出した。裏口から出てしばらく忍び足で草原を駆けた。途中、伏魔殿を振り返るにゃんごろう。彼は、先ほどのトボけた話し方とは打って変わり、理知的な喋り方で草むらの中にいる仲間に話しかけた。
「そこにいるな、
「はい」
草の中から渋い重低音の声で返事が帰ってきた。
「危ない危ない。俺は奴らと心中するつもりはないからな」
「にゃんごろうさん、奴らはどうするんですか?」
草原から白い兎の耳がピョコンと出てきた。
「ピョン太、一応堕天使の森で用意はしておけ。生き残りが来るかもしれないからな」
草の中から白い兎が飛び出す。餅つきの木槌を担いで二本足で立ち、夜空にくっきりと影を浮かべる伏魔殿を赤い目で見る。彼の名は、
「それほどの奴なんですか? 獅子王とやらは」
「ああ、罠を使わせたら右に出る者はいないほどのクズだ。今回も偵察ロボットを使ってこちらの動きを把握して、空から伏魔殿へ侵入するつもりだった」
「どうして空からと分かるんですか? 裏口や地下もあるのでは?」
「いいや、そんな分かりやすい所は選ばないはずだ。奴は正面や後ろからなんてことはしない、必ず側面を狙う」
確信を込めてにゃんごろうは言った。
ピョン太は餅の入った紙袋をボディバッグから取り出すと、ガサツに餅を取り出し、片手でワイルドに食べ始めた。
「にゃんごろうさん、これは俺が今朝ついた餅です。食べますか?」
泥だらけの手で餅を鷲掴みにして、茶色く変色した餅をにゃんごろうへ差し出す。
「大丈夫だ、俺はもう飯を食べたからな」
珍しく嫌そうな表情を顔に出し、断るにゃんごろう。
「織田がつき、羽柴がこねし、天下餅、すわりしままに、食うは徳川ってね……。あれ? 知りません? 獅子王のいた地球の歴史では――」
歴史オタクのピョン太は喋りだしたら止まらない。話を止めると激怒して木槌を振り回して暴れる。もちろん、任務中には暴れないが。
――偵察作戦は失敗に終わった。メリーは馬鹿だった。にゃんごろうは油断した鬼反らを見限り、伏魔殿を立ち去る。
『次回10月4日(水)午後6時頃「悪魔の鉄壁要塞」更新』
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