第73話 脱法犬隊長・鬼怒川にゃんごろう
伏魔殿での最終決戦へ備えて、鬼反は地下牢に幽閉される脱法犬の隊長・
3重の鉄格子の前に立ち中の様子を覗う鬼反とモモ。鉄格子は、1番手前が縦、真ん中が横、牢屋側がまた縦と網目状になっていた。
牢の奥から、大型の猫、鬼怒川にゃんごろうが牢の外を観察していた。すると、いきなりにゃんごろうは「うにゃあああ!」と唸り牢の格子に噛み付いて鉄格子を揺らしだした。
「出せえええ!」
野蛮極まりないその姿に、モモは呆れて顔を洗い出す。
「鬼反、こいつはハズレじゃないか? 知性の欠片もなさそうだが」
「演技だ」
鬼反の「演技だ」という声を聞くと、にゃんごろうは急に大人しくなった。
鉄格子から3歩後ろへ下がると、その場に座り明るく声をかけてきた。
「3歩下がって散歩中……なんてね! なんてね!」
あまりの豹変っぷりに戦慄するモモ。
鉄格子を握ってにゃんごろうを見る鬼反。
「にゃんごろう、また脱法犬に協力をしてもらいたいのだが」
「鬼反……、少し痩せたなあ」
「現番犬軍を迎え撃つのに――」
「もうここまで攻め上ってくるか」
「魔を抑えるのにも――」
「協力ねえ」
「万が一の退路のことも――」
「……ケロケロ外道が死んだな」
食い気味に喋るにゃんごろうは突然鋭く言った。顔には出さないが動揺する牢の外の2人。
「どうしてケロケロ外道が死んだと分かったか説明してやろう。不埒鳥が負傷したのに冷静でいられるのはブレーンが無事、つまり策幽が生きているからだ。それでも、撤退を考えているのは戦力が低下した証。モモや鬼反が死んだなら即時撤退しているだろ? 柿砲台は戦闘力はあっても馬鹿。ミケはしょせん猿知恵。ならば、冷静かつ大胆で頭の切れるケロケロ外道が死ぬ以外に俺の手を借りたいなどと言わないだろ? き! は! ん! さん!」
大した分析力だと寒気がした鬼反とモモ。
「俺を出してくれるのかい?」
伏せのポーズをとり、服従の姿勢を見せてからかうにゃんごろう。明るく振る舞うがその真意は分からない。目には鏡の如く鬼反とモモの顔が映っていた。
「ただし、条件がある」
「退路だろ? まあ、お前のことだ。俺は脱法犬。お前たちを魔族にぶち当てて魔族を弱らせるのが目的なのも承知の上なんだろう?」
牢の中から的確に自分たちの思惑を見抜くにゃんごろう。鬼反とモモの顔に警戒の色が浮かぶ。それに気付いたにゃんごろうは、わざと豪快に笑った。
「ごめんなさいね。笑ってよ。俺、馬鹿だからねえ」
今度は謙った態度で尻尾を振る。ますますモモはこいつを危険視する。
「鬼反、こいつはやめといた方がいいぜ」
モモは牢の方を指で指して警告する。
「他に手がない……けど。やはりやめようか」
にゃんごろうを自由にするリスクを考えると、まだ番犬軍と戦って活路を開く方が安全な気がした。
(しまった、少しやり過ぎた)
慌てたにゃんごろうは、剃刀のような冴えた頭脳で次の手を考えた。鬼反とモモが牢に背を向け階段にさしかかった所で大声で言った。
「今すぐ案内するよ! 堕天使の森へねえ」
振り返るモモと鬼反。
「堕天使の森はどこにある?」と鬼反は尋ねる。
「それは、俺を出してからのお楽しみだねえ」
「話にならんな!」とモモが言い放った。
2人が、再び階段の方を向いたのを見てにゃんごろうは大きな独り言を言った。
「あーあ、せっかく掃除大臣の所の脱法犬隊員のメラ公を伝って、掃除大臣・
その一言に固まったモモと鬼反。特に、モモの耳はピクピクっと動いた。
(かかったな)とにゃんごろうは心で思った。
「……そのメラ公とかいうの……脱法犬のスパイなのか?」
「おい」と鬼反が止めるがモモは牢へ駆け寄る。
「そうだねえ。悪道十人衆にもいるし、掃除大臣の部下にも脱法犬は何人かいるからねえ。奴らの寝首もかけたりしてねえ」
脱法犬恐るべし。魔族すら気付いていないスパイを何人も送り込んで暗殺の機会を窺っていたのだ。モモにとっては、魔族の撲滅こそ目的。天下を簒奪したい鬼反や、権力者への復讐を狙う策幽とは目的を異にする。
モモの心が揺れ動くのを見逃さなかったにゃんごろう。このままでは、分断されると焦る鬼反。
「分かった、今すぐここから出してやろう」
急に態度を改めた鬼反。それを見てほくそ笑むにゃんごろうの目には、鏡の如く相手の心まで映っていた。
にゃんごろうを牢から出してやった。
「にゃーっと、久しぶりの太陽……は沈んでまーす」
背伸びをして大あくびをする。
にゃんごろうの目的は、鬼反軍と魔族をぶつけることにある。そのためには、鬼反軍には無事でいてもらわないと困る。
脱法犬は本来、地獄以外に潜伏する違法組織である。脱法犬の長官であり、対魔族の隊長であるにゃんごろうは、最重要警戒である魔族の見張りを託されていた。
しかし、にゃんごろうは何故か魔族に疑われて投獄された。慎重に行動せねばならないはずの脱法犬なのに何故か派手に動いたのだ。原因は、伏魔殿城主の天子魔悪道の三男、天子魔
脱法犬は危険人物の危険度をABCDEの5段階で評価していた。魔族は第六天の魔王も天子魔悪道も掃除大臣も危険度Aであった。だが、にゃんごろうは無明を危険度Aを超えてSランクに認定した。唯一無二の危険人物と評したのだ。
伏魔殿の最上階から万里の魔城を見詰めるにゃんごろう。夜の闇の彼方に無明がいると思うと身震いがした。魔界の夜は短い。だが、心に夜明けは来ない。
――三途の川の旅館・棘野郎では日付が変わる前に番犬軍が起きてきた。ミケの密偵だと思われる脱法犬に悟られる前に、明かりも付けずに、静かに準備を終わらせた。布団には、抱き枕のゴキブリ君を入れて、いなくなったことを気付かれないように最新の注意を払う。
「じゃあ、行くにゃんよ」
小声で確認するニャン吉へ準備万端と返事を返す番犬軍。
「東京特許許可局局長・邪王猫へ縮地」
番犬軍の皆は霞がかって、武蔵と修業したあの梁山泊へ向って縮地した。
――脱法犬隊長・鬼怒川にゃんごろうを解き放った鬼反軍。にゃんごろうを出したのは吉と出るか凶と出るか。番犬軍は、梁山泊へ……。
『次回10月2日(月)午後6時頃「城攻めの直前」更新』
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