第72話 悲しみを越えて

 武蔵という師匠を失い、さらに前番犬軍の裏組織・脱法犬だっぽうけんから狙われる現番犬軍。亀裂の走る鬼反軍。さあ、運命の城攻めは明日に迫る。


 夜が来た。薮医者パラダイスの集中治療室では廊下側の窓から覗いて左のベッドに鬼市が、右のベッドにクラブが寝かされていた。

 鬼市は相変わらず鼻にフックをつけられて引っ張られる。クラブは脚をギプスで固められ宙吊りにされていた。特にクラブは、魚市場の食用毛ガニのように縛られている。

「……俺の治療にベッドが必要だろうか」

「鼻フックもな」


 登竜門へ梁山泊での修業を終えたニャン吉たちが帰ってきた。タレとレモンが迎えるが……。

「クエッ、武蔵はどうした」

「……殺されたにゃ」

 突然の訃報に頭の整理が追いつかない。だが、そこへさらなる訃報が届く。土手鍋小次郎も今息を引き取ったのだ。

 小次郎は、ポイズンシティの町中での乱闘の終わりに、ミケから受けた楽缶らっかんの中身の遅効性猛毒によって死んだらしい。


 これで、梁山泊で番犬候補ビッグ5へ教えた師匠が全員死んだのである。だが、落ち込んでいる暇はない。番犬軍は、薮医者パラダイスの近所にある旅館・棘野郎とげやろうの一室を借りて会議をした。


 棘野郎の外観は黒い棘が放射状に伸びていて、ウニそっくりである。だが、中にはイガグリの紋所が飾ってあり、女将の名は針千本針鼠。

 受付を済ませて部屋に入ると、ニャン吉は大声で「ウニかイガグリか針千本か針鼠かはっきりしろにゃ! 棘棘しいにもほどがあるにゃ!」と苦情を叫んだ。彼もさすがに気が立っているみたいだ。


 宴会部屋を借りた番犬軍。畳の上に座布団を敷いて車座になる。天馬が現状を確認する。

「まず、明日についてだが……、伏魔殿へ突撃できるメンバーを確認しておこう」


 獅子王・中村ニャン吉

 山田もっさん

 イーコ・ブール

 亀山御亀

 モラッシー・O・ジョンベン

 赤兎馬天馬

 ホット・ケーキ・アマイシロップ

 馬野骨男・赤兎馬駿馬

 三世レモン

 焼鳥タレ


 サポート役に集太郎とペラアホ。


「……かなり戦力が減ったな」

 ホットが渋い顔して仲間の顔を見る。


 五剣士

 ヤマタノオロチ兄の天龍

 酒呑童子

 焼鳥一族

 各地の門番

 相当な戦力を削られている。彼らがいれば、完勝もできただろう。


 ここで上がらなかった他のメンバーは、持ち場を離れるわけにはいかない。


 敵勢力は、鬼反軍だけではなく魔族がいる。さらに、なぜかこちらを攻めてくる骨しゃぶの脱法犬もいる。そう考えると討伐隊に割けるメンバーはむしろ多いほうだ。


 1番効果がありそうなのは、空から伏魔殿へ降り立つこと。そうやって、城攻めの奇襲をかけることにした。


「そこでおいらの新型歪み人形の出番だ。出てこい、捻くれ・メリー!」

「はーい」

 骨男の鞄からフランス人形が出てきた。金髪碧眼に色鮮やかな子供服を着たフランス人形。メリーが飛び出すと、その後ろから赤ちゃん人形の歪んドールも飛び出した。


 丁寧にお辞儀を済ませると、透き通るような青い目で皆を見た。

「あたしメリー。今、クソ野郎どもの前にいるの」

 突然のクソ野郎発言に場は静まり返る。


 メリーの頭を叩きながら骨男が嬉しそうに頼むが……。

「この偵察ロボットのメリーに偵察を頼もうと思ってな。できるな、メリー」

「そこは報酬次第かな。幾ら出せる?」

 兄の歪んドールと2人で金を要求する。メリーの透き通るような青い目は、よく見ると幾らか濁っていた。

「いいもんがあるぜ。この金箔のネジなんてどうでえ」

「金箔って……そんな二束三文のはした金にしかならない程度の低い玩具でしょ。そんなに金がないのに主人気取るの? 骨」


 捻くれメリーの肩に手を回して助言する歪んドール。

「妹よ、搾り取れるだけ搾り取る。それが歪み人形道ってもんだぜ」

「はーい」

 結局骨男は、札を数枚メリーの袖の下に入れた。


 この偵察ロボットのメリーが伏魔殿へ潜入し、逐一城内の情報を報告してくれることになった。

「でも、どうやって報告するんだにゃ?」

「テレパシーでえ。その機能でこっちに情報が筒抜けだぜ」

 それを聞いてメリーは追加の金銭を要求してきた。骨男は再び札を袖の下へ入れた。


 伏魔殿へ、まずメリーが偵察することを決定。次に、番犬軍はタレと共に空から伏魔殿へ舞い降りる。メリーが見付けた敵を全員で1人ずつ確実に潰していく作戦だ。

「それでも、脱法犬がいることを考えると安全とは言い難い」と天馬は言った。


 これで、作戦は決まった。ニャン吉はこの作戦を『伏魔殿ガリガリ削る作戦』と名付けた。


 その夜、宴会部屋で雑魚寝をする番犬軍。暗い部屋で静かになると、それぞれがこの大戦中味わった苦汁を思い出す。今まで殺された者たちや、モモたちの過去を思い出し寝付けなかった。だが、獣たちは寝付きがいい。悩んでもその時間は30秒だ。


 ――伏魔殿では、明日に予想される総攻撃に備えて会議をする鬼反たち。

 魔界鬼反、モモ・ポイズン・ブレンディ、ミケ・ピヨットラー、化本鬼幽、柿砲台。


「この伏魔殿の牢に捕らえられている、にゃんごろうを放とうかと思っている」

『正気か! 鬼反』と周囲は慌てて止めた。


「確実に勝つにはにゃんごろうの力が必要だ」

「……本当に脱法犬の連中を信用できるんだろうな」と疑いながら顔を洗うモモ。


 彼らの話をまとめるとこうなる。

 ケルベロス五世骨しゃぶの秘密組織・脱法犬。その組織を束ねる隊長・鬼怒川きぬがわにゃんごろう、という白と黒の混ざりの猫がいた。彼は、骨しゃぶの指令で伏魔殿へ潜入するが、ある時見破られ牢に入れられたのであった。


 以前からにゃんごろうを通じて鬼反軍は脱法犬と接触。彼らの協力なしでは計画は頓挫していた可能性は高い。今回負傷した不埒鳥をある場所へ避難させたのも脱法犬の手引きあってのことだ。


 モモを伴って鬼反は伏魔殿の地下牢へ降りていく。平田牛一の入れられていた牢よりもさらに地下の部屋。壁も床も天井も剥き出しの岩で、洞窟の中にいるように錯覚してしまう。奥へと続く道を進むと、左右に鉄格子がはめられていた。中には、白骨死体が転がっていた。

「気色悪いな」

「足元気を付けろよモモ」


 伏魔殿の建築は、処刑場や牢獄に力を入れていた。魔族の底なしの暗さがそこからも窺える。


 やがて、最奥に着いた。そこは、一際頑丈な鉄格子が3重になっていた。奥を魔法のランタンで照らすと、毛のフサフサした大きな猫がいた。両前足と後ろ足だけが真っ黒の白い猫。見た目は、ノルウェージャンフォレストキャットやメインクーンに似ている。


 明かりに照らされると、その猫はこちらを見た。目が光、七色に妖しく光る。


 ――屍を越えていけ。番犬軍は覚悟を決めて最終決戦へ挑む。伏魔殿では、地下牢へ閉じ込められた妖しい猫、鬼怒川にゃんごろうを解き放とうとしていた……。


『次回9月29日(金)午後6時頃「脱法犬隊長・鬼怒川にゃんごろう」更新』

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