第71話 脱法犬

 梁山泊の修行の終わりに、突如現れたモモに武蔵は殺された。悲しみを乗り越え決意に燃えるニャン吉たち。その梁山泊での修行が行われていた間も、霊界では騒動が起きていた。


 三途の川を散歩するクラブ。彼は、木曜日の早朝に散歩するのを心に決めていた。木曜日は彼にとって特別な時間。何故なら、花の金曜日とかいう都市伝説の前の日で心が弾むからだ。


 朝日に映える三途の川を覗き込むと、そこに自分の姿が映る。

「ふっ、さすがは俺だ。この世のものとは思えない美男子ぶりだ」

 それもそのはず、クラブはあの世の住人だ。川に飛び込むと、脚を広げ、アメンボのように水面に浮かぶ。

「ふっ、今の俺はカリブの海賊だぜ。ジョニーって呼んでもかまわんぜ」

 一体誰に言っているのか……。周りで船を漕ぐ水先案内人がクラブの独り言を聞いて「バ可哀想に」と哀れんだ。


 此岸と彼岸を数往復すると、心満たされ彼岸へと上がった。そんなクラブは、自己陶酔しつつ甲羅干し。

「鮮やかな太陽よ、お前も呼吸しているのだな」

 クールに決めたクラブ。子どもが積み上げた石の上にカニ脚を置いて決めポーズ。子どもたちは、心底迷惑そうにクラブを見詰める。


 穏やかな木曜日の朝であった。だが、心地良い朝の時間を邪魔するように、以前見たことのある顔を川原で見付けた。相手は戦闘態勢でこちらへ向って来る。

「てめえは!」

「あたしゃ、ミケの刺客。オバサン・トースターだ!」

 業務用エプロンの内側に鎖帷子を着込んで、丸太のように太い腕を見せてくるオバサン。こいつは食堂で鬼市に毒を盛ったあのババアである。細い目にどぎつい厚化粧だ。


 本地覚醒し、黒いタカアシガニへと変身したクラブ。彼は、ハサミを前に突き出しオバサンを牽制する。1度立ち止まりオバサンも激しい深呼吸しクラブをにらむ。


 オバサンは、三途の川の河原の石を拾うと激しく息を吐いて投げてきた。

「くらえ! カニ」

 クラブは、飛んでくる石をステップ踏んで避ける。石の礫の雨あられをかわした刹那、すり抜けハサミでオバサンの腕を挟んだ。だが……。

「イイーヒッヒッヒッ。お前のナマクラハサミであたいの腕は斬れないよ」

「固い! そして、太い!」

 体の前で肘を曲げて突き出した丸太のように太い腕は、一筋縄では斬れなかった。


 オバサンは、挟まれた右腕でクラブを持ち上げる。さらに、強靭な脚で腹に蹴りを放つ。

「砕け散りな」

「そうはいかない」

 クラブは口からシャボン弾を吐いて応戦するが、オバサンの蹴りは止まらない。脚に数発のシャボン弾の万象をくらいながらクラブの腹を蹴り上げた。ガイーンという金属音を響かせ宙を舞う。脚や甲羅にヒビが入り、回転する。

「く……、なんて強さだ」

「まだまだだよ!」


 オバサンは跳躍すると目にも留まらぬ速さでクラブに数十発蹴りを入れる。さらに高く飛ばされたクラブ。オバサンはとてつもない速さで空中を踏みつける。すると、空気が圧縮され気圧が高まり足場ができた。

「あたいに地面なんて必要ないさ!」

 腕をたたみフィギュアスケートのように回転しながら空中でさらなる跳躍するオバサンは、クラブに追いついた。カニの両の脚を全て掴み、地面に着地と同時にクラブの腹へ膝蹴りを入れた。


 関節が全て折れて、立てないと分かるとオバサンは三途の川へクラブを投げ捨てた。

「冥土の土産に教えてやろう。いいかい、あたしゃあ元ケルベロス五世骨しゃぶの作った秘密諜報室の一員。オバサン・トースターだ」

 水に沈みながら聞いていたクラブは驚き口から泡を吹く。

「こ……これが、あの番犬軍の秘密組織か……。天国や霊界、果ては魔界に潜入しているあの」


 元々地獄の番犬は、地獄ではどんな捜査をしても違法ではない。だが、天国・霊界・魔界には一切関わりを禁じられている。ゆえに、違法に捜査をする組織を番犬軍は秘密裏に組織しているのだ。規模も人数も一切が不明の裏組織である。

 この事実は、閻魔以外には知られていないし、知られてはならない。通称は幾つもあり、ケルベロスのしのび、番犬軍の別班べっぱん、毒をもって毒を制す毒蛇部隊など。だが、一般的な呼び名は脱法犬だっぽうけん

脱法犬だっぽうけんはなぜ鬼反共の方へついたというのだ……」


 水に沈んだクラブの様子を彼岸から眺めるオバサン。クラブはカニであるため、水で溺れて死ぬことはない。

「こりゃうっかりしていたね。さて、息の根を止めるとするか」

 腕まくりをして、体に巻き付けた鎖をジャラジャラ鳴らし、川へ片足をつけた。


「待て! 甲殻類に何をスル!」

 遠くからクラブの異変に気付いたレモンが転がってくる。その後ろには、タレと骨男の姿があった。


「イッヒッヒッ、これは多勢に無勢だねえ。退却させてもらおうか……。しかし、久々で感が鈍っているね」

 オバサンは地面がえぐれるほど強く大地を蹴り、弾丸の如くどこかへ飛び去った。


 レモンは、まずクラブを水中から引き上げる。陸へ上がったクラブを見て、その痛々しい姿に仰天する。

「大丈夫デスカ!」

「クエッ!」

「おめえ、何があった」


 クラブは弱々しい声で、今まさに起きたことを話した。特に、オバサンの異常な身のこなしと力、脱法犬という組織について詳しく語った。

「クエッ! まさか……」

「……そいつぁやべえ!」

 タレも骨男もケルベロス五世骨しゃぶの秘密組織、脱法犬について噂程度には聞いていた。タレは興味本位で脱法犬について探してみたが、噂を聞きつけた骨しゃぶに半殺しにされたことがあった。


「そうなんデスカ……。しかし、脱法犬がどうして我らを狙うのデショウ」

「クエッ! そこだ。冥界を守るのが奴らの役目だったはず」


 顎に手を当て考える骨男が、脱法犬について語りだした。

「実はおいら脱法犬に誘われていたんでえ」

 骨男の言葉に驚く3人。

「表の番犬軍は知っての通り、今は地獄の警察になってんだろ。でも、脱法犬の連中ってのは……、言いにくいんだが」

「犯罪者やその予備軍を集めているだろクエッ」

 渋い顔して骨男は頷いた。


「でも、どうして元番犬軍なのに鬼反側についたのデスカ?」

「そこなんでえ! おいらにも分からねえんだ!」

 石の転がる岸辺で無造作にあぐらをかいて座る骨男。


「クエッ、元々番犬も犯罪者予備軍だクエッ。骨しゃぶのいない今なら条件次第では……」

 タレは転がる石を派手に蹴り飛ばして土の地面の上に座った。


「じゃあ、脱法犬も警戒しなければいけないということデスカ?」

 椅子になりそうな石をどこからか見付けて座るレモン。


「ああ……、そういうこと……になる……。頼むから、俺を病院へ」

 瀕死のクラブが頼むと、思い出した3人はクラブを担いで薮医者パラダイスへ。クラブは、大戦をリタイアする。


 幸い脱法犬とは、この大戦中には出会うことはなかった。


 ――ニャン吉の修行中に前番犬軍の脱法犬に襲われたクラブ。脱法犬の残党は果たしてどこへいったのか……。


『次回9月27日(水)午後6時頃「悲しみを超えて」更新』

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