第70話 俺は針でお前たちは糸

 魔族の密告で居場所を突き止められた武蔵とニャン吉。その戦いで武蔵は致命傷を与えられ地に倒れ伏す。


 何が起こったのか分からず立ち尽くすニャン吉。モモは倒れた武蔵の傷を確認すると次の標的をニャン吉へ移す。

「次はお前だ」

「なんしよるんや……。お前なんしよるんや!」

 取り乱すニャン吉は、故郷の広島弁が思わず出る。すぐさま武蔵に駆け寄り体を揺する。


「師匠、師匠……、返事してくれえや!」

「……ニャン吉……」

 瀕死の武蔵へ呼びかける姿を見て、モモは愕然とした。一万年前にニャンマット爺さんに呼びかける自分の姿と同じなのである。

(おい……、これじゃあまるで……。俺が……、魔王みたいじゃないか)


 目眩を覚えその場でふらつくモモ。怪物と戦おうとする者は、自分も怪物とならないように気を付けよというニーチェの箴言がある。

 モモは倒れ伏す師匠へすがりつくニャン吉の姿に、確かに自らの過去の姿を見た。そして、自分が1番憎んでいたはずの存在に成り果てている自分の姿もはっきりと見た。あれほど憎んでいた魔族の手を借りて……。


 魔の罠にかかった者は、戦えば戦うほど不幸になっていく。周囲も巻き込み泥沼の中へ際限なく沈んでいく。


「モモ! 何故ここが!」

 木々に遮られた暗い森の奥から、天馬の声が響いた。その声に我に返ったモモは、魔界の登り門まで縮地をした。


 天馬たちは、倒れた武蔵の側へ駆け寄る。

「ホット! 早く治療を」

「――もう……私は助からない……でしょう」


 動揺しつつも冷静に武蔵の傷口に手を当てるホット。

「気を確かに!」

「ああ……、最後に……ニャン吉」

 その言葉を聞いて、ホットはニャン吉へ「遺言に……なるだろうから」と言うとニャン吉の頭に手を置いた。


 武蔵の口元に耳を寄せると、「大丈夫じゃ。ちゃんと聞いとる」と声をかけた。

「モモを止めろ……。これ以上奴に罪を重ねさせるな」

「分かった」


「それから……、俺の墓は作るな」

「なんで……」


「そんな……暇があれば、少しでも早く……平和を取り戻せ……」

「はい」


「俺の遺体は……、この……梁山泊へこのまま埋葬してくれ……。死してからは……、皆のために……ここから……魔を見張ろう」

「……」


「返事の必要は……ない。決めたことだ。後は……、天馬殿……お頼みします」

「任せてくれ……」


 悔し涙を流すもっさんとイーコ。下を向く御亀とモラッシー。歯噛みして空を見上げる天馬。武蔵の傷口に手を置き、僅かでも効くならと痛み止めを塗るホット。呆然とするニャン吉。


「師匠は……、俺は針だと言ったな……」

「はい」


「弟子は糸だ……。布が縫い上がれば……針は……必要ない……」

「師匠」


「いい人生だった……」

 武蔵はここで息絶えた。享年、360歳。


 もっさんは号泣し、「クゥーン」と泣いたが、ニャン吉の目には涙はない。目には決意の炎が灯った。


 毅然とした態度で立ち上がるニャン吉。番犬化すると、その場の土を掘り返しだした。ニャン吉が武蔵を埋葬するのだと分かると、皆それを手伝おうとするが……。

「大丈夫じゃ……、俺1人で掘るけえの」

 師匠を埋葬する穴は断じて自ら掘る。他人には任せないという態度に、天馬が厳しく叱り飛ばす。

「馬鹿か! 俺たちは同志ではないか! 何を独りよがりなことをしている」

 その言葉にハッとしたニャン吉。悲しいのはお前だけではないと言われたようで、その言葉で冷静になる。まず、怒りを支配することだ。


 武蔵を埋葬し終えた後。ニャン吉たちは手を合わせた。手の合わせ方はそれぞれだが、その祈りは同じ方向を向いていた。


「んじゃあ、帰ろうで……、にゃん」

 修行組は、登竜門へと縮地した。


 その頃、伏魔殿では……。

 城へ帰還したモモは、梁山泊の方を振り返ることができなかった。

(俺は……、いつの間に魔王に忠誠を誓っていたのだ)

 苦悩に沈むモモは自分の顔を、激しく洗って再び禿ができだした。


 伏魔殿の中庭の池の畔を暗澹たる気持ちでグルグル回る。穏やかに咲いたタンポポの綿毛にじゃれることでその苦悩を忘れようとした。そこへ、小太りの三毛猫がやって明るく声をかける。

「やあ、モモさん。豆に生きていますか?」

「……ミケ」


「どうしたんですか? 暗黒物質ダークマターで浣腸でもしたんですか?」

「いや……、強敵武蔵を殺したことでちょっとな」


「よーろ昆布、よろ昆布。ついに敵の1人を仕留めたんですねえ」

「まあ……そうなんだが……。昔、世話になった爺のことを思い出してな……」


「爺は死んで当然。赤いちゃんちゃんこで包んで火葬すればなおよし。お赤飯を炊いてお祝いです」

「ああ!」

 急に殺気を飛ばすモモに狼狽えるミケ。


「な……そんなに怒らなくても。たかが侍や爺如きで」

「てめえ、てめえ!」

 一触即発の事態。牙を剥き出しミケへ威嚇し近寄る。最初は怖気づくミケであったが、途端に居直り傲岸不遜な態度をとる。


「待て! 何をしている」

 激情する猫たちの間に入って仲裁するのは策幽であった。彼は猫たちに離れるよう諌めた。

「何があったのだ」

「聞いてください策幽さん。モモさんが急に怒ったのですよ」

 飽くまで相手が悪いと言い切るミケ。


「モモ、何があった?」

「別に」

 モモは策幽に背を向け伏魔殿の奥へと戻って行った。これはただごとではないと直感した策幽は、ニャーニャー喚くミケへ尋ねた。


「お前、何か余計なことを言ってないだろうな」

「何も言っていませんよ! ただ、武蔵を殺害したことをよろ昆布なだけですよ!」


「他は?」

「モモが爺と武蔵が被るからどうのと言ったから、爺は死んで当然と言ったまでですよ」

 ミケの言葉を聞いて青ざめる。策幽もモモの過去を聞いて知っていたからだ。


「ミケ。お前、後でしっかりとモモへ謝罪しろ」

「なんでですか! 悪いのはあいつの――」


「やかましいわ! とにかくモモに言うたらアカンこと言ったんや。とにかく謝り」

 策幽の説得でなんとか納得し、モモへ謝罪をする。だが、この時を境にモモとミケには亀裂が走った。


 ――武蔵の死がニャン吉たちを成長させる。モモを救ってやりたいと1番思っていたのは武蔵であった。反対に亀裂が走るモモとミケ。分断が今度は鬼反軍に訪れる。


『次回9月25日(月)午後6時頃「脱法犬だっぽうけん」更新』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る