第69話 安芸守拳法

 ニャン吉たちは鬼反軍を討伐すべく、梁山泊で万象取得の修行に入る。


 梁山泊での修行、2日目。その日は朝から取得した万象、猫魔死蔵ねこまっしぐらの練習をしていたニャン吉。生命力をため、それを解放すると白い光に包まれる。


「できたにゃん」

「よし、順調だ。そこの岩に猫パンチをしてみろ」

 ゴツゴツした小型家庭用洗濯機サイズの岩へ、ニャン吉の肉球が振り下ろされる。肉球の岩が接触する直前、風圧で表面は削られた。さらに、柔らかい肉球が岩に当たると、ピシャと雷が落ちたような音が響く。岩に幾筋もの亀裂が走り、猫パンチの衝撃で弾け飛んだ。


「すごいにゃ!」

「これが万象の威力だ。馴染み技とは一味違う」

 浮かれるニャン吉は急にブレイクダンスを踊りだした。頭で回りだす困り者を武蔵は咳払いしてたしなめる。


 思った以上に順調な修行。平らな岩に座り、昼に2人はむすびを頬張った。

「ところで獅子王。そろそろお前独自の戦い方を決めておくべきだ」

「酸っぱいにゃあ! 梅だにゃあ!」

「ああ、お前は苦手だったな」

「……独自の戦い方かにゃ?」


 武蔵は岩から立ち上がると、刀をスラッと抜いた。

「お前独自の拳法を考えていくのだ。俺の拳法は、冥界流・御結剣なのは以前言ったな」

「忘れていたにゃ」

「お前も冥界流の流派だ。その中で自分の拳法を考えていくんだ」

 ニャン吉は拳法の名前を考えた。その結果、故郷の地の名前から取ることに決めた。

安芸守拳法あきのかみのけんぽうだにゃ」

「冥界流・安芸守拳法あきのかみのけんぽうか……。分かった」

 ニャン吉の故郷の広島は、その昔、安芸国あきのくにと呼ばれていた。御主人様と暮らした厳島は通称・宮島と呼ばれている。その厳島は平家縁の地である。


 平安時代末期の院政期に、平清盛が安芸守に任命された時から、厳島神社は平家の氏寺として栄えた。

 平家が奉納した平家納経、管絃祭、万灯会。現代では水中花火大会などニャン吉にとって思い出は全て平家の文化とともにあった。

 あの、盗み食いしたもみじ饅頭。

 あの、盗み食いしたオタフクソースのかかったお好み焼き。

 あの、盗み食いした瀬戸の海の幸。

 泥棒猫と呼ばれても、やめられなかった盗み食い。


 故郷の思い出を胸に編み出す拳法と決意を込めて名付けた。

 厄介なことに、集太郎がこの拳法の名前を『あきの漢方』と何度も間違えるため、皆からニャン吉は秋限定の漢方薬を売る薬局と勘違いされる。あの世にもまた、漢方があったのだ。


 刀を上段に構えニャン吉に向かってくるよう促す武蔵。爪を出して武蔵を引っ掻こうとするが……。

「弱い!」

 ニャン吉の爪は刀の峰で止められ、さらに蹴り飛ばされた。枯れ葉の絨毯の上を毬のように転がって崖にぶつかる。全身に枯れ葉がくっつく。


「やはり、まだ治らんか」

「にゃあ」

 ニャン吉は子猫の頃、御主人様を引っ掻き病院送りにしたトラウマから本気で相手を引っ掻けなくなった。安芸方便で引っ掻くことを『かぐる』というが、御主人様にかぐってはだめだと注意されたことを律儀に守る。死ぬまでニャン吉は引っ掻くが、かぐってはいないと自らに言い聞かせ加減をしていた。


 それでも病院送りにされた数々の犠牲者。全力の必殺『かぐる』ではなく適当に手を抜いた引っ掻くでやられたのだ。


「獅子王、もう1度だ!」

「にゃん!」

 それから何度も何度も爪を振るうが、やはり、かぐる所まではいかない。さらにいえば、噛み付くのも加減グセがついていた。


 何度も繰り返すが加減グセは治らない。気付けば夕暮れ時であった。

「ふう、ここまでとするか」

「もう、終るのかにゃ」

「これ以上の鍛錬は明日の城攻めに疲れを残すだけだ」

「分かったにゃ」

「そろそろ、天馬殿たちもこちらへ向って来る頃だ」


 日が暮れる前にセットしておいた焚き木に火を焚べる。薪に火が灯るとぼんやりと火の明かりが辺りを包む。その内、日も暮れた。


 焚き木に照らされる白猫と侍。

「獅子王、もう俺が教えることはない」

「でも」

「甘えるな。お前はこれから自力で道を切り開いて行かなければならないのだ」

「分かったにゃ……」

 下を向くニャン吉。


「おい、お前何か勘違いしてないか?」

「にゃ?」

「教えることはなくとも俺はお前の師匠だ。何でも聞きにくればいい」

「にゃあ! にゃあ!」

 馬鹿みたいににゃあにゃあ言い出したニャン吉。


「いいか、師匠は針で弟子は糸だ」

「五輪書かにゃ?」

「ああ、師匠にしっかりとついていけば布はできあがる」

「ハンカチかにゃ?」


 その時、後ろで物音がした。

「来たかにゃみん……。お前は!」

「どうしてここが……」

「さあね、どうしてかな」

 草を掻き分け現れたのは、招かざる客のモモであった。すでに番犬化し魔獣の如き顔を洗う。


「獅子王……。これは魔族の仕業だ」

「にゃ、でも……」

「掃除大臣レベルじゃないと魔の山で俺たちを見付けるのは不可能だ。ここへ手引きしたものと見た」

「あいつは魔を憎んで――」

 モモは目にも留まらぬ速さでニャン吉に接近。そのままニャン吉の顔を蹴り上げて遠くへ飛ばした。


「これで一対一だ」

「あの時のケリをつけようということだな」

 武蔵が両手に刀を構えると、モモは背中を丸めて飛び付く準備をした。


 モモが爪を出し縦横無尽に武蔵を引き裂きにかかった。以前とは比べ物にならない速さで、刀で受けるのがやっとだ。

「猫を被っていたな」

「やっと体が馴染んだんだよ」

 凄まじい爪さばき、幾つもの残像を宙に残す。


 武蔵もモモも力は七ツ星だが、生命力が違った。さらに、速は四ツ星の武蔵と星十の完星かんせい。武蔵が1回の技を出すまでにモモの霧我無きりがないは数回飛び出した。


(このままでは、まずいな)

 不意に後ろへ飛んで刀を鞘にしまった武蔵。モモは不可思議な動きに警戒し距離をとる。


 互いに10歩ほどの距離で対峙する。寒風が大地の枯れ葉をカサカサ鳴らしながら転がす。

 武蔵の刀が白く光った。

(また例のやつが来る……。それも特大の一発)

 斬撃の威力を想像すると、モモは身震いした。


「さあ、これでケリをつけさせてもらう」

「いいだろう! かかってきな侍」

 武蔵は全身の力を抜いた。そして、渾身の万象を込めた抜刀術。刀を抜くと同時にモモへ向って鋭く斬り込んだ。

 モモもまた、武蔵へ向って飛んだ。

 すれ違いざま、武蔵は神速の居合斬りをモモの首へ放った。


 空に血飛沫が舞う。必殺の一撃が相手に致命傷を与えた。


 ちょうどそこへニャン吉が戻ってきた。

「師匠!」


 全身を朱に染めるモモ。特に、突き出した手が血で染まる。もはや、彼に待つのは死のみだ。


 真っ赤に染まるモモの腕は、武蔵の胸を貫通し心臓をえぐり出していた。

「俺の勝ちだな、侍よ」

「が……、まさ……か」

 腕を引っこ抜くと武蔵の胸から血が吹き出す。そして、そのまま地に倒れ伏せた。


 ――明日は決戦の日。共に戦うはずだった武蔵はモモに致命傷を負わされた。


『次回9月22日(金)午後6時頃「俺は針でお前たちは糸」更新』

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