第68話 猫魔死蔵

 梁山泊の木々生い茂る潜伏地。輪になって踊るニャン吉とビッグ4。獣たちの狂喜乱舞が終わるのをむすびを食べながら待つ武蔵。皮肉な笑いを浮かべるホット。もはや目も合わせない天馬。ニャン吉よ、話はまだ終わっていない。


 獣が落ち着いたのを見計らって、武蔵は再び語りだす。

「モモは恐るべき才能だ。それを今から説明する」


 モモは火性の猫である。その上、人位という長期間の努力で上げるはずの星をそれぞれ一ツ上げている。

 千里眼について。

 五眼は四ツ星。

 視力は三ツ星。

 洞察力は二ツ星。


 4要素は。

 力は六ツ星。

 速は九ツ星。

 技は四ツ星。

 型は三ツ星。


「ここから分かるように、技や型が低レベル。なのにあそこまで霧の万象を極めていることだ」

「武蔵殿、奴の万象技は霧我無きりがないです。鬼反が影で違法に教えていたもので……、数ヶ月程度で習得したはずです。」

 天馬がそう付け加えた。


「ええ、ではその霧我無きりがないを短い期間で、三ツ星の型で習得し、四ツ星であれほど巧みに操るのは難事。まして、力は六ツ星もあり、速に至っては九ツ星。さらに番犬化もできるとあっては、単純な肉弾戦になると手がつけられんぞ」

「もし、水性だったらどうだにゃん?」

「力、技、型が五ツ星で速が七ツ星……。霧我無きりがないを短期習得しても不思議ではない」


 最後に武蔵は、締めにかかった。

「この骨男が考えた理論は、『骨格標本』と名付けたらしい」

「他の名前はなかったのかにゃ」

「格好が悪いが、俺は勝手に『天地人てんちじん千星術せんせいじゅつ』と頭文字を取って呼んでいるが」

「そっちの方がいいにゃ」


 天馬は手を叩いて「これで面倒臭いことは覚える必要なくなったな」と豪快に笑った。

 ホットも大変感心して「骨しゃぶの時に半殺しにしてまで測った個体の強さなのに。こうも簡単にまとめるとは、さすがは天馬様のご子孫ですな」と心から褒め称えた。


「でもよ、星の数とか言われてもピンとこないぜ」

「もっさん、良い質問だ。後で骨をやろう」

「本当か! 武蔵さん!」

 目を輝かせ舌を出し、ヘッヘッと息を吐く。


「力で例えよう。地金と呼ばれる個体差で例えると分かりやすい。三ツ星でゾウなど重量級。二ツ星でライオンなどの中量級。一ツ星で人間や犬猫などの軽量級に分類される。さらにいえば、星がないのはハムスターなど超軽量級だ。星の差は、格闘技の階級並に出てくる」

「クゥーン、へっへっへ」


「生命力が同じなら、星の差はそのまま影響するわけだ。一ツの差でゾウ対ライオン。二ツの差でゾウ対人間。三ツの差でゾウ対ハムスターになる」

「へっへっへ、それ以上だとどうなる?」


「これは憶測だが、四ツの差で恐竜とハムスター。五ツの差で恐竜と蟻程度になる……かな」

「思った以上に差があるぜ! ちなみに俺は?」


「後で天馬殿に聞いたらいいだろう」


 武蔵はいよいよ本題に入る。

「獅子王、お前は1人でモモに勝つことは不可能だ。そこで、ここにいるメンバー全員でモモを討伐しろ」

「にゃん」


「それから、お前に『大開放インフレーション』という万象技を教える」

「あれかにゃん!」


「ああ、生命力を圧縮して一気に開放する土性の最も得意とするものだ」

「にゃん」


「今からその技を会得するぞ!」

「はいにゃ!」


 武蔵の話が終わると代わりに天馬が話を始めた。

「もっさん、イーコ、御亀、モラッシー・O・ジョンベンの4人は私とホットが教える」


「骨しゃぶをしごいた時を思い出しますなあ」とホットは拳をバキバキと鳴らした。戦々恐々とするビッグ4の面々。


「獅子王とは別の場所へ移るぞ」

 天馬とホットはビッグ4を率いて山のどこかへ去っていった。


 ――ニャン吉と武蔵の修行が再び始まった。


 ニャン吉は、まず生命力をためる修行を始めた。ニャン吉の力は六ツ星、ためることには苦労しなかった。実戦で使うためにはさらなる修業が必須。草の茂みから武蔵のおにぎり型手裏剣・オニ剣が飛んできてニャン吉に度々刺さる。その度に、「周囲への警戒を怠るな!」と注意された。


 日の暮れる頃には、動きながら生命力をためることができるようになっていた。暗い森の中焚き火を囲う師弟。ザワザワと木々がざわめき、ニャン吉は腹を鳴らす。

「思ったより早くできたにゃ」

「基本中の基本だからな。できてもらわねば困る」


「名前も考えたんだにゃ」

「なんだ?」


猫魔死蔵ねこまっしぐらだにゃ」

「え?」


「猫は俺、蔵は師匠の武蔵から、魔を死に至らしめるから魔死だにゃ」

「……他の案は?」


「にゃい」

「……他の案を考えてみろ」


「にゃんでだ?」

「間抜けな響きだからだ」

 ニャン吉の必殺技、猫魔死蔵ねこまっしぐらの誕生であった。これから先、度々猫は略される。


 その夜は、珍しく騒動のない夜であった。


 伏魔殿では、夜中にコソコソなにやら動きがあった。不埒を乗せた担架を獅子身中の虫がどこかへ持ち去っていく。さらに、花枯爺と墓地も伏魔殿を密かに去った。


 花枯爺と墓地は、伏魔殿の高級車・梵語無礼努離ぼんごぶれいどりを奪って魔族のいる万里の魔城へ車を飛ばす。黒のワゴンを運転する墓地はサングラスをかけて口にタバコを咥える。助手席には花枯爺がアロハシャツを着て座る。

「おう、墓地」

「なんですかあ? お爺さん」


「お前は世の中金だと思うべか?」

「はい、違うんですかあ?」


「んだあ、違うなあ。お前はまだ人生経験が浅いから大事なもんが見えてねえんだ」

「それはお金で買えないものですかあ?」


「あたりめえだ!」

「なんだか不思議な響きですよお」


「ええか、よう聞け。こん世の中で大事なもんはなあ、金じゃねえべ。本当に大切なんは金づるなんだべさ!」

「ワオーン! お爺さん頭良い!」

 賑やかな車が魔界の草原をゆく。


 ――ニャン吉は新たなる技を習得しつつある。


『次回9月19日(火)午後6時頃「安芸守拳法あきのかみのけんぽう」更新』

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