第67話 梁山泊と森羅万象の技法

 食堂で語られるモモの過去。魔王に対する底なしの恨みが原動力だ。


 食堂で朝食を取る番犬軍。なんとか気を取り直し、ぎこちないながらも明るく振る舞う。その空気を引き裂くように食堂のおばちゃんが絡んでくる。

「あんたが邪王猫か、まあ不敵な面をしているねえ」

「侍さん、おむすびばっか食べてないでパンも食いなさい」

「こら! 虫はお断りだよ! 蝶々も蜻蛉もだめ!」

「行儀悪いわー、この鳥」

 おばちゃんの悪態はとどまるところを知らず、終いにはもっさんの顔に熱々のスープをぶっかけた。


「クエッ! ババア蹴り殺す!」

「いい度胸してるねえ、焼き鳥のアホタレ」

 タレがおばちゃんを蹴りそうになっても誰も止めない。おばちゃんは丸太のような太い腕を見せて喧嘩腰になるが、急に用事を思い出したと言って食堂から出ていった。


 食事の最後で、先ほどのおばちゃんが戻ってきて缶ジュースを配った。それを飲む前に、ニャン吉とビッグ4は達人勢の元へ集まった。タレは未だに苛立って缶を蹴るのみ。骨男は、新たなる歪み人形を思い付いて缶を放置。誰もその缶に手を付けなかった。

 そんな中、鬼市だけがその缶を開けて中身を飲んだ。

「ん、これ味がおかしいぞ」


 一口飲んで缶をテーブルに置いた。そして、立ち上がろうとした時、鬼市は急に口を押さえた。テーブルにうつ伏し、サテンの布のテーブルクロスを掴む。脂汗をかいて苦しそうにすると、机の上に吐血した。

「にゃ! 鬼市」

 ニャン吉が顔面蒼白で駆け寄る。医者のホットがすぐに鬼市の容態を確かめた。

「これは……、毒だ!」


 その言葉に仰天する番犬軍。武蔵と天馬がすぐに缶を調べる。

「これは、ミケの楽缶だ!」

「なに! 武蔵殿、それは確かか! あのババア、ミケの回し者だな!」

 天馬は辺りを見回したが、缶を置いていったおばちゃんが見当たらない。方天画戟を片手に病院中を探して回るが、煙のように消えたおばちゃん。


 連ねた椅子の簡易ベッドへ横になる鬼市。急報を聞いて駆け付けた薮医者パラダイスの医者が治療に当たった。そのまま担架で集中治療室へ運ばれて手当を受ける鬼市。ヤンキーな医者が番犬軍へ容態を告げる。

「ご臨終になるところだったぜ危ねえ」

「それはつまりにゃ」

「飲んだ量が少なかったんだバカ野郎。とにかくそれで助かったんだ」

「良かったにゃ」

 集中治療室では、鬼市の鼻にフックをつけて引っ張っていた。それ自体にはなんの意味もないのだが、見る人の目を楽しませる効果が期待できるとヤンキーな医者は答えた。


 取り敢えず鬼市は薮医者パラダイスへ任せて、番犬軍は次の行動に移る。

「さて、これから俺と天馬殿とホット殿は獅子王及びビッグ4と梁山泊へ行く」

「おう、それならこれを持って行ってくれ」

 骨男は1枚の紙を手渡した。

「それにはよう、『骨格標本』っつってよう。千里眼や万象についての能力を星の数で見る資料なんでえ。4大要素も種族差、努力値もしっかりカウントできる優れものでえ」

 中を見た武蔵は、驚嘆した。

「これがあれば全てが簡単になる。見事だ骨男!」

「おう! じゃあ師匠、おいらはこれから歪んドールの妹を造るから別行動と行こうか」

「分かった……妹だって? お前正気か?」


 骨男は歪んドールの妹を造るために霊界へ残った。

 タレ、クラブ、集太郎、ペラアホ、レモンも残った。レモンとタレは特に、薮医者パラダイスで薬の製造のため強く引き止められた。

 タコ入道イカがついて行きたがったが、全員に止められた。


「じゃあいくにゃんよ。東京特許許可局局長・邪王猫へ縮地」

 ニャン吉、ビッグ4、達人3人は梁山泊へと縮地した。


 梁山泊の招き邪王猫へ縮地した8人。木々の生い茂る山の中。幾重にも葉っぱが重なり空から見えない位置である。そこで、骨男に渡された紙を皆の前で読む武蔵。


「これは、骨男から受け取った資料だ。何でも、千里眼も万象も全て星の数で表す新しい理論だ」

「にゃん」

「千里眼には、五眼と視力と洞察力があって、全て星の数で5段階で表せる」

「にゃん」

「万象の4要素を決めるものも本来なら3つあってな。五行の属性である天性。種族による差の地金。努力によって伸びる人位じんい。その3つがあったのだが、全て簡潔になった。まるでむすびに具材と海苔と主食が1つになった画期的な――」

「続きをお願いするにゃん」

「あ……ああ。すまん」

 武蔵はむすびのことになると熱くなる。


 要するに、万象には力、速、技、型の4要素があり、その得手不得手を星の数で表すグラフができたというものだ。本来は、属性と種族と努力によって計算されるものが1つになった。


「ちなみに、獅子王。今までのお前の星を計算するとこうなる」

「にゃん」


「千里眼は、レベル4の開眼まで開けているから五眼は四ツ星」

「にゃん」


「視力と洞察力は鍛えていないから共に一ツ星」

「にゃん」


「天性は土性で4要素の最高は五ツ星。力は五ツ星、速は二ツ星、技は一ツ星、型は四ツ星だ」

「にゃん」


「地金とは種族で最高三ツ星。これは、お前は猫だから力、技、型は一ツ星で速は三ツ星だ。番犬化すると全てに星が一ツ加算される」

「にゃん」


「努力の値である人位は全て0だ。そもそも、この星を獲得するのは非常に難事だ。絶え間ない修行の果てに一ツ星を上げるのだからな」

「にゃん」


「ちゃんと聞いているのか?」

「にゃあ?」


 全てを計算するとこうなる。

 力、六ツ星。

 速、五ツ星。

 技、二ツ星。

 型、五ツ星。


「とまあ、こんな所だ。次に4要素を詳しく説明してある紙もあってな」

「骨男がかにゃ」


「ああ。万象技は生命力を使う技で、力とは威力を、速とは速さを、技とは操る技術を、型とは技の覚えと再現性といわれている。星が十まで達した要素を完星かんせいと呼ぶらしい」

「にゃん」


「それを分かりやすく骨男が書いている。圧縮玉という基本で解説すると。圧縮玉は、単純に生命力を圧縮しただけの玉である」

「にゃん」


「力は、生命力を圧縮して威力を上げる。圧縮玉だと、圧縮すればするほど威力が高まる」

「にゃん」


「速は、生命力を素早く出して素早く動かす。圧縮玉に必要な生命力を素早く用意できる」

「にゃん」


「技は、自在に操る技術。圧縮玉にムラをつくったり性質や形を変えたりする」

「にゃん」


「型は、技の覚えと再現性だ。圧縮玉の威力、形、性質、全て記憶した通りに再現する記憶力だ」

「にゃん」


「以上だ」

 ニャン吉とビッグ4は手を叩いた。


「番犬化できるなんてニャン吉ばっかり卑怯じゃねえか」ともっさんが羨ましそうに柴スマイル。

「まあ、もっさん落ち着きなさいよ。それが番犬レースを突破した物の怪の特権でしょ」と達観ぶるイーコがもっさんをなだめる。

「ああ、それなんだが。お前たちもできるぞ」

「ワン!」

「クワッ!」

「ガッ!」

「ホーッ!」

 武蔵の発言に驚き馬鹿みたいに鳴き声を出す。

「閻魔大王のはからいで、死神の体に転生する時に番犬化と同じ状態になれるように魔改造してある」


 それを聞いたビッグ4は立ち上がり、皆で手を取り合い輪になって踊った。何故か途中でニャン吉も加わる。

「おい、まだ話は終わっていない! モモの恐ろしさを……おい!」

 誰も武蔵の言うことを聞いていない。ただただ歓喜の鳴き声を上げて輪になって踊った。


 無視された武蔵の肩を、ホットがポンと叩いて「これが獣の本性さ」と皮肉交じりに言った。


 ――ミケの毒殺計画は鬼市を弱らせることのみ成功した。梁山泊で再び修行が始まる。


『次回9月15日(金)午後6時頃「猫魔死蔵」更新』

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