第66話 許さない

 凱旋門での平和式典の日に核が落とされた。魔の閃光が広大な範囲を包む。


 とっさにモモは、ニャンマット爺さんを庇おうと飛び出した。と同時に広場は核の餌食となった。


 恐ろしい爆音と、魔王による勝利宣言のキノコ雲が天へと掲げられた。平和の勝利宣言の凱旋門が非暴力ならば、原子爆弾によるキノコ雲は魔王の凱旋門となる。


 モモが気付いた時は、反対にニャンマットが自分を庇って覆いかぶさっていた。そこから飛び出して当たりを見回し愕然とした。

 周囲には何もないのだ。あれだけ賑やかだった式典と、豪壮な凱旋門も跡形もない。僅かに残った木々が怪しく燃えて、遥かな空へとキノコ雲が立ち昇ってこちらを見下ろし、生物を従えていた。


 モモはすぐさまニャンマットの生死を確認した。だが、ニャンマットの背中は真っ黒に焼かれて息絶えていた。

「爺さん!」と叫んだモモは、核の残り火が未だ燻るニャンマットの背中を見て砂をかけて消した。生まれて初めてモモは、人の手を舐めて起こそうとした。だが、反応はない。


 周囲には、肌が焼けただれた被爆者が水を求めてさまよう姿があった。近くの川に群がり、溶けた肌と川の水が混ざり合い地獄の景色と化していた。

「一体……これはなんだ」

 地上はあらゆる生命が生きることを許されず、人も動物も植物も、さらには自然環境全てに『お前たちは生きてはならん』と魔王は命ずる。

 この時、無間地獄の魔王は涙を流して喜んだ。再び原子爆弾で苦しむ人を見られると狂喜した。さらに、この星に核抑止論なるものを流布し、戦争、あらゆる兵器を人の手に委ねた。第六天の魔王は、原子爆弾を落とした者たちが死んだら、その手を取って「ありがとう」と感謝し深々と礼をするという。その後、必ず自らの手で永遠に拷問をする。


 魔王のことはさておき、モモは地上に現れた地獄をさまよう。しばらくすると、黒い雨が降った。翌日は、遺体を広場で焼く光景が至る所で見られた。火傷痕にウジが群がり激痛に耐える人。飛び出した目を治療する事もできずに、体を押さえられ神経をのこぎりで切断する人。失明する人。さらには動物。


 モモは、ニャンマットが火葬される前にその指を噛みちぎった。その指を形見としてどこかへ去っていった。


 それから数日が過ぎた。モモは、以前ニャンマットと約束したあの蓮華が咲くという池のある町に来ていた。そこは、原子爆弾の影響もなく、町は騒がしかった。


 だが、早くも被爆者への差別は始まっていた。モモも、被爆した猫だと分かると、それを見た者は腹を蹴り飛ばし遠くへやった。


 子どもたちがモモへ石を投げる。それを止めたお婆さんも、被爆者と知ると「伝染るからあっちへ消えろ!」とモモをはたきで叩いて遠くへ追いやる。これも、科学への無知からくるものである。迷信もまた、魔王の発明である。


 衰弱し死を覚悟したモモは、最後にニャンマットと約束した蓮華を一目でも見ようと池を訪れた。極楽浄土と呼ばれるその池は、今はまだ泥水に覆われている。近所の人が噂するには、明日には蓮華の花が咲くとのことであった。

「良かった……間に合った」

 モモは安堵し、ニャンマットの形見の指を池の畔に置いてやった。

「爺さん、明日には蓮華が見られる。極楽浄土みたく綺麗なんだと。なあ、爺さん。極楽浄土ってなんだ? ああ、眠くなってきたなあ。この話は明日にしようか。蓮華の……花を……見終わったら。ここに、埋葬、する――」

 モモは鼻から血をたらし、そのまま息を引き取った。翌朝、蓮華の花は満開になったが、咲くのが1日遅かった。蓮華は寂しそうに咲いていた……。


 その後、この世界はおかしくなっていった。

 原子爆弾を受けた人で、十数年生きていた人が突然原爆症で亡くなった。何年でも、生きる権利を奪う機会を狙っているのだ。ここに、通常兵器を遥かに凌ぐ残忍さを認めたからこそ、第六天の魔王は核兵器を最高傑作として自慢するのだ。


 原子爆弾を投下したのは、テロ組織の『歪んだ愛国者同盟ナショナリズムカンパニー』であった。一国の指導者ですらないのだ。

歪んだ愛国者同盟ナショナリズムカンパニー』は、自らの正当性を主張するため、原子爆弾の被害を最小限に歪曲してマスコミに流させた。さらに、核抑止論が加速し、互いに不信を持った世界の人々。やがて、不信はこの星を核で焼き払い、この星の生命は絶滅した。


 核兵器は3つのものを許さない。

 1つは、抵抗すること。

 2つは、否定すること。

 3つは、生きること。

 祖国のその後のことを番犬レース中に聞いたモモは「魔王を許さない」と憤怒の叫びを放った。


 ――武蔵の話はそこで終わった。

 話を聞いていた番犬軍は絶句した。誰も物音1つ立てない。

「それが魔の血脈なんだよ」

 食堂の入口から声がした。そこには、痩せ細り壁にすがる鬼市の姿があった。

「鬼市!」とニャン吉が駆け寄る。

「小鬼、もう大丈夫なのカ!」

「レモン、お前のおかげで目が覚めたぜ」


 鬼市は皆に支えられ食堂の椅子に座る。

「魔族とは、心の中にある魔に忠誠を誓った種族らしい。第六天の魔王はその心の魔と一体になった姿と聞く」

 鬼市はその昔聞いていた話を皆へ語った。

「その心は誰にでもある。忠誠を誓って魔の血脈を継いだらだめだ」


 武蔵はニャン吉の表情に迷いが生じたことに気付いた。

「獅子王、いかにモモが哀れでも決して同情はするな」

「……」

「本来なら、力を合わせて魔に立ち向かうべきところだ。だが、もはやそれは叶わん」

「分かった」

「その怒りに囚われるなよ。知恵を用いてその怒りを支配しろ!」

「はい!」


 ここで、天馬が風呂敷からなにやら黒い石ころを出した。それを、皆に1つずつ配る。

「それは、一万年前の閻魔の墓石だ。そいつがモモを追い詰め、さらには現代の我々へも争いの火種を残した元凶だ。断固として敵を討つ誓いとしてこの墓石を砕け!」

 番犬軍はそれぞれの方法でその墓石を砕いた。

「その閻魔が指導者にならなければモモたちは無用な戦いをしていないはずだ!」

 机を叩いて熱弁を振るう天馬。愚かな指導者のために全てを犠牲にした一万年の重みが声に現れる。


「第六天の魔王が出てくるのは明後日の夜、日付が変わる頃。それまでに伏魔殿へ乗り込み鬼反軍を討つ!」

 武蔵が皆の顔をじっと見る。

「獅子王及びビッグ4。今から梁山泊へ修行に行くぞ! 今日明日までに万象を身に付けるのだ!」

「武蔵殿、ビッグ4はこの天馬が修行を付けましょう。ホット、お前も頼むぞ」

「はい!」


 ニャン吉とビッグ4が武蔵の元に集まってくる。

「よし、では最終決戦へ向けて準備をするぞ!」


 ――魔王の発明は、一切の生きる権利を許さない。翻弄されたとはいえもはや賊軍の鬼反軍。決戦の時は明後日の伏魔殿。1月7日に総攻撃だ。


『次回9月12日(火)午後6時頃「梁山泊と森羅万象の技法」更新』

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