第65話 非暴力広場の爺さんと黒猫

 広場にて出会ったモモとマット・ブレンディの爺さん。モモはその爺さんに手当され、その縁で爺さんの元へ気軽に訪れるようになる。周囲に黒猫のモモがよくいることから、爺さんはニャンマットとあだ名されることになった。


 この国はある国の植民地となっていた。民は蹂躙され、分断され、従えられていた。


 そんな中、広場には様々な人が集まってきた。自由を主張する者や平等を求める者、神の預言を授かった者や仏に使える者、貴族、大富豪、軍人、職人などなど様々な階級の様々なイデオロギーの人が集ってきた。


 その道の本物は、散々衝突した末にある共通点を見付けてその一点で団結した。その反対に偽物は、いかに高邁な理想を持っているように見せかけていても、その思想哲学の拙さから来る愚かしさで最後は反目し合う。


 本物には虚勢がない。この乱れた国、乱れた人心を導く本物の思想を求めている。例え衝突しても、その一点で必ずまとまる。

 偽物は信念がなく、傍観者ばかり。仲良く譲り合いをしてもしょせんは馴れ合い。


 広場に集う者たちにいつもニャンマットが微笑みかける。ニャンマットの周りには、気付けばそれぞれの道の革命児が集い来たっていた。

 広場では対話が盛んに行われ、意見が対立しても暴力を使うことはなかった。それ故に、非暴力広場とも呼ばれるようになっていった。


 ニャンマットは、決してこの国を支配する国には屈さなかった。この国では、伝統的に和解などをする時に、相手の鼻の穴に人差し指と中指を突っ込む習慣があった。支配国はこの国にそのような下劣で野蛮な風習を捨てよと脅し、国民はそれに従っていた。だが、ニャンマットによって、非暴力広場でその風習が復活していったのである。


 ある昼のこと、いつものように穏やかにベンチに座ってヨガをしていたニャンマット。猫のポーズもたけなわの頃、ある1人の男がもたらした知らせに血相を変える。

「なに! 奴らはとうとう水にまで重税をかけたのか!」

「はい! 飲水はおろか、その辺の泥水にまで税金をかけるとお触れがありました」

 それまでも、もちろん水はただではなかった。といってもその値段は微々たるものである。それを、支配国は綺麗な飲水は10リットルあたり、この世界の一般成人男性の初任給並の重税をかけたのだ。


 義憤に燃えたニャンマットは、すぐに立ち上がった。そして、皆を呼び川の水を飲みに行進をした。ニャンマットは国民を煽動した罪で逮捕されたが、決して屈さない。国民の激しい反対運動に支配国は押されてニャンマットを釈放し水への税金を元に戻した。


 ニャンマットが牢から出てきた時に、最初に出迎えたのはモモであった。牢の扉の内にヒョイと侵入して待っていたのだ。

「おうおう、こんな所まで迎えに来てくれたのか? 帰ったら好物の桃を食べさせてあげよう」

 ニャンマットがモモの頭を撫でようとすると、その手を引っ掻き「シャー!」と息を吐いた。


 扉を開けると大勢の国民が迎えに来てくれていた。あらゆる人が彼を慕って来た。


 それからも、支配国による理不尽は続いたが、それに屈さないニャンマット。やがて、支配国の民衆もこの国への横暴に気付き始めた。新聞社などの勇気ある報道が導いたのだ。


 支配国の民衆のみか、上流階級の者に、大政治家までが立ち上がり、植民地解放の運動を起こした。その勢いは凄まじく、とうとう植民地解放宣言が出されたのであった。


 植民地解放を聞いた国民たちは、祖国の独立に沸き返った。その中心者の1人、ニャンマットのいた非暴力広場に、巨大な凱旋門を建てることになった。

 凱旋門は、白く輝く石をアーチ状に組んでいた。高さは数メートルで、支配国と被支配国の国旗が彫り込まれていた。


 ニャンマットと支配国の首相・オチャーチルはそこで会うことになっていた。独立運動を支援したオチャーチルは「あの野郎になんでこの俺が」などといっていたが、それは同族嫌悪といったところか。共に庶民的で不屈の信念を持ち、支配者に立ち向かった者同士だからだ。

 パイプを吸う時にオチャーチルは右の鼻の穴に突っ込んで舌を出して吸い、ニャンマットは左の鼻の穴に突っ込んで吸う所まで似ていた。


 非暴力広場で式典が行われる前、ニャンマットはモモにこんなことを言った。

「モモ、近い内、例の池で蓮華が咲くだろう。その時に見に行こう」

 モモの頭を撫でようとして「シャー」と息を吐かれるのはいつものことだ。


 式典の日。その日は、非暴力広場の空だけ雲が全くなかった。国全体にかかった入道雲にポッカリと穴が空いたようになったのである。


 ニャンマットは、普段着ないスーツを着て鏡でその姿を確認する。

「モモ、お前もおしゃれをしておけ」

 モモは首に赤い蝶ネクタイを巻かれた。いつもなら怒るモモであったが、今日は上機嫌で大人しくしていた。モモの首輪好きはこの時から始まったものだ。


 一方、オチャーチルの方には不吉な知らせが入っていた。この国1番のホテルにてその知らせを受けたオチャーチル。

「それは早めに対策を練らないとな」

 今日は両国の友好の始まりの日。そんな日に暗い顔はできない。オチャーチルは、鏡の前で互いの鼻の穴に指を突っ込む練習をした。


 オチャーチルが受けた不吉な知らせとは、両国友好に反対するテロ組織『歪んだ愛国者同盟ナショナリズムカンパニー』がこの式典の破壊を企んでいることであった。


 その日は、目も眩むような太陽が透き通った海のような青い空に浮んでいた。祝いの式典にはもってこいの空である。


 凱旋門へ行く前に、ニャンマットとモモは空を見ていた。

「真っ青だなモモ。まさに秋晴れだな」

 モモは横目でニャンマットを見た。

「冗談だ、まだ秋は来ないからな。今日は祝いの日、このまま今日という夏がずっと続けばいいのになあ」

 モモはその言葉に嫌な予感がし、ニャンマットを盛んに引き止める。


 だが、ニャンマットは微笑んでモモをその場に残し、凱旋門前に並べられたパイプ椅子に座りに行った。


 ニャンマットとオチャーチルが対面した時、全く同じ服装だった。互いに、(こいつもか!)と心で舌打ちした。


 オチャーチルとこの国の首相が凱旋門の前で互いの鼻の穴に指を突っ込んだ。その後、ニャンマットも呼ばれてオチャーチルと互いの鼻の穴に指を突っ込んだ。苦笑いの2人。


 その時であった。モモは、空に一気の爆撃機を見付けた。爆撃機からは、何かが投下された。モモは、ニャンマットへそのことを知らせんと全力疾走する。

「どうしたモモ。ここへきては――」

 その刹那、強烈な光が広場を包んだ。爆撃機からは『歪んだ愛国者同盟ナショナリズムカンパニー』が笑顔で敬礼をしていた。その顔は、第六天の魔王の笑顔と瓜二つであった。その日、核兵器がこの星で初めて使われたのである。


 ――平和の祭典に魔王の爪。全ての星は、この爪との戦いで滅びか生存かが決まる。


『次回9月8日(金)午後6時頃「許さない」更新』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る