第64話 モモの被った猫

 一万年前の閻魔が墓に残した資料の1つに、敵のデータが載っていた。内容を話すために、武蔵は番犬軍を食堂へ集めた。


 食堂は建物の側面の部屋にあった。長方形の部屋で、正面に左右に天井までガラス張りになっており、外の光を取り入れてあった。中には、長方形のテーブルが幾つか並べてあり、その長さが長過ぎて正面のガラスを突き破り外へ飛び出していた。


 長方形のテーブルに一列に座る番犬軍の面々へ、武蔵が向かい合って座る。

「全員いるな?」

 ニャン吉は代表して返事をした。


 懐から巻物を取り出した武蔵は、その巻物をテーブルの上に広げた。すると、食堂のおばちゃんが戸を蹴破って中に乱入し、土足で机の上に仁王立ち。阿修羅のような表情で見下ろし、武蔵の方を足の指で指すと言い放った。

「そんな汚い巻物なんか広げんな! 恥を知れ! 恥を」

 自らのことを棚に上げ、言いたいことを全て言うと、机の上の花瓶に八つ当たりの蹴りを入れて厨房へ戻って行った。


「おばさんは強い」と武蔵がボソリと言う。

「ああ、強い」と天馬が相槌を打つ。

「あのババアにマナーを教えるのは骨が折れるぞ」と骨男の方を見て笑ったホット。


 巻物を広げるのを諦めて、手に取り持ち詳細を語ることにした。


「まず、良いことと悪いことのどちらを聞きたい?」と天馬がニャン吉の顔を見て尋ねる。

「じゃあ良いことから聞きたいにゃん」と笑顔で答える。

「じゃあ悪いことからといたすか」と天馬の戯れるとニャン吉は渋い顔をした。


「じぁあ、天馬殿の言われた悪い知らせからだ。万象は五行の属性で得意分野が決まる。モモの天性は……天性とは自らの属性のことだが、その天性は今まで水性だと思われていた。だが、実態は違っていた。モモは火性だ」

「うむ」

「うむうむ」

 天馬とホットがモモの件を保証する。


 ニャン吉は手を上げて質問した。

「どうして火性だとまずいんだにゃ?」

「簡単に言うとだな、水性はなんでも無難にこなすタイプだ。火性は超火力と超機動力の超攻撃を得意とする大雑把なタイプだ。モモは火性なのに霧の万象をあそこまで仕上げているのは、恐るべき天賦の才を持って初めてできることだ」

「クエッ! 私も火性だ。具体的に聞きたい」

 天馬が代わって解説した。

「それには私が答えよう。火性は4大要素の内、技の覚えと再現度に関わるけいの要素と、万象を操るの要素が共に低いのだ。それにもかかわらず奴は私の目から見ても恐るべき早さで霧の万象、霧我無きりがないを覚え、なおかつあの精度で自由自在に操るわけだ」

「クエッ、確かに私も技を覚えるのに苦労した」

「私が1番驚いたのは、型と技が平均的な水性でも才能ありだと言えたのだ。それが、まさか不得手とする火性であそこまで極めていたとは」


 誰も口にしなかったことを、敢えてホットが口にする。

「奴はまだまだ猫を被っているはずだ。火性が得意とする力押しだとまだまだ力が出るはずだ」


 沈黙する中、ニャン吉はもう1つの良い話題が聞きたいと話を武蔵に促す。

「もう1つも天性の話題だが……。獅子王、お前が狙った不埒鳥の天性が土性だったことだ」

「それのどこが良いんだにゃ?」

「ただでさえ、八咫の烏の恐るべき太陽の力だっただろ。それが、力の象徴である土性ならどれほどの威力を出せるか見当が付かん。他の誰を差し置いても不埒を仕留めたのは大正解だ。もし奴を野放しにしておいたら、不埒1人で我々を全滅させることもできただろう」


 不埒を仕留めることのみに集中するように策を練ったのはニャン吉である。登竜門の守りも捨てて、首謀者の鬼反、頭目のモモ、参謀の策幽などを討伐することも一切捨てて、不埒の討伐のみを目的にした作戦。


「俺もここまで偏った作戦はどうかと思ったが、結果的にこれが唯一の活路だったわけだ。大函谷関も予想を遥かに上回る鉄壁だったしな」


 番犬軍は、改めて鬼反軍の強さを思い知った。


「それから、モモの生前のことも詳しく記されていた」

「にゃ! モモの」

「今から読み上げよう」


 ――それは一万年前のある星、モモはその星で生まれ育った。野良猫として生を受け、生きるためなら数々の悪事を働いた。細い山道を通る人の足に引っかかって崖から突き落とし食料を奪ったり。家に侵入し主人を風呂に入っている時に感電死させて、その家で食料尽きるまでくつろいだり。


 モモは好物の桃をいつも食べていたことから付けられた名前である。自らは猛毒のような生き様をする桃、ポイズンアップルと呼ぶように吹聴していた。その度に。

「いや、そこはポイズンピーチだろが!」

「うるさい! 黙れ!」

 というやり取りが起こった。モモは周囲に指摘される度に腹を立てていた。間違いは誰にでもあるものだ。


 結局モモと呼ばれるようになった。モモの悪事は日々進化していき、集まった仲間と徒党を組む。あまりにも強すぎたため、保健所がライフルを乱射してモモたちを追いかける。


 ある夏の日、保健所の連中に酷く追い回されモモ一味が壊滅した。モモ自身も足を打たれて、血をにじませた足で逃げ回った。命からがら逃げ切ったモモは、とある広場のベンチの下で眠りについた。


 ベンチ以外はなにもない広場で寝ていたモモ。ベンチの下で足の傷を舐めていた時、ベンチに誰かが座った。腹を立てたモモは、アキレス腱を噛みちぎってやろうかと顔を洗い出した。そして、日焼けした足へ一気に噛み付いた。

「痛っ!」

 噛み付かれた方は驚き声を上げるが、噛み付いた方もまた驚いた。

「こいつ、足が固い!」

 モモはそう叫んだが、人間には「グウウ」と唸る声にしか聞こえない。


「ほほう、猫か」

 モモが噛み付いたのは初老の男であった。坊主頭に柔和な瞳、よく焼けた肌の健康そうな爺さんであった。爺さんはモモを抱き上げる。モモは、顎に痛みが走るほど固い物を噛んだため、噛む力が落ちていた。


「ほほう、かわいい黒猫か」

 それが、モモ・ポイズンと非暴力のマット・ブレンディの出会いであった。


 ――食堂で語られるモモの真実。


『次回「対話広場の爺さんと黒猫」』

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