第三章 決戦・伏魔殿
第62話 休息と探し物
明けない夜はない。だが、その直前の夜明け前は最も暗い時。苦しみを突き抜けて歓喜に至れ。
ポイズンシティに夜の帳が下り、美しい星空が見えだした。朝から激戦が続き激動した町も、今はただ静かな町へ戻った。瓦礫を撫でるそよ風が様々な音を鳴らせ哀愁を漂わせる。
番犬軍は、この大戦で廃虚と化した町を見回す。これだけの文明を築き上げるのに果たしてどれほどの死闘があったことだろうか……。そして、元通りに戻すまで何年かかることだろうか……。破壊に時間はかからないというのに……。
町を眺めれば眺めるほど、人の世は諸行無常よとの虚しさがこみ上げてくる。並の神経ならそうなる所であるが、番犬軍の図太い精神ではまず起きない現象だ。腹が減ったから飯が食いたい程度の感傷に浸るに過ぎない。剣士や一万年前の戦士など達人勢はそもそもこの程度では動揺しない。
ここへいてもしかたがない。ニャン吉たちは、霊界の閻魔宮殿の焼跡へ縮地した。
不埒に焼き払われ廃墟となった閻魔宮殿。残った登竜門が月明かりに照らされ地面に影を落とす。周辺の瓦礫は完全に撤去されていた。ニャン吉たちは、改めて閻魔宮殿の被害に目が行った。あれだけ豪壮だった中華風の宮殿も、今や更地。
「あれだけの宮殿も一瞬で灰だにゃ……」
味方に罵倒され口を利かなかったニャン吉も思わずそう言った。
登竜門の赤い門を除けば全てが灰となり、壁は崩れ、床も土が剥き出し元々の姿を晒していた。真冬の寒さが身に染みる。吐く息が白くなる。
次に備えて、大戦の傷を癒やすために『薮医者パラダイス』で治療を受けることにした。1番重症だったのは土手鍋小次郎で、1日入院をすることになった。
ニャン吉は、例の赤い液体を使わないのかとヤンキーな医者に尋ねた。
「おめえコラ! あの液体は使い過ぎっと副作用があるんだよ!」
「にゃるほど」
「試しに使ってみっか? おら!」
「結構ですにゃ」
ここで初めてニャン吉は赤い液体について詳しく聞いた。赤い液体は風地獄で開発された薬で、塗れば外傷はたちまち治り、飲めば臓器の傷の悪化をピタリと止めるという優れ物である。ただ、臓器の回復は不可能である。さらに乱発すると副作用で幻覚を見たり泡を吹いて倒れたりするという薬だ。
ヤンキーな医者は、金髪のリーゼントにクシを通す。髪が整うと白衣の内側に金糸で刺繍した微笑み全開の双龍をじっくり見た。微笑む龍に微笑みかけると家に帰って行った。
「さてと」
比較的軽症であった天馬が病院の長椅子から立ち上がる。血でベトベトの直裾袍を新しいものに着替えて、やはり軽症の武蔵とホットを伴ってどこかへでかけて行った。それを見送ったニャン吉は、一瞬で眠りについた。どんな時でも眠れるのはニャン吉の特技である。
天馬たちは病院を出ると、寒風が吹き付けてきた。満月が昼間のように優しく明るく霊界を照らす。その明るさは、雨の日の昼間ほどはあった。天馬は武蔵に尋ねた。
「一万年前の閻魔の墓があると聞いたが」
「む……確かに三途の川の上流にあると聞き及んでおります」
当時の閻魔の墓の存在を確認すると、天馬もホットも苦々しい顔をした。
「当時の天子魔系閻魔の墓を訪ねていかがするおつもりで?」
怪訝な顔で問いかける武蔵。
「墓を壊しに行く」
驚く武蔵を他所に、天馬は冷然としている。
「墓を壊してどうするおつもりで?」
今度はホットが愉快そうに笑いながら天馬に聞く。
「奴のことだ。墓に何か隠しているはずだ」
武蔵には、2人の墓の破壊には納得できなかったが、この危機的状況を打開できる可能性が僅かにあるならばと上流へ案内する。
三途の川の辺りには石が一面に落ちており、所々に花も咲いていた。上流に遡ると石が無くなっていき、黒い大地が見えだした。そこから坂が続き、右手に三途の川、左手に民家が続いている。
やがて、三途の滝が見えてきた。高低差は100メートルあり、川幅は見えないほど広いので圧巻の光景である。
この大瀑布の横に設置された箱をつるし上げるだけの簡素な作りのエレベーターでグングンと滝を登っていく。エレベーターから三途の滝に目を凝らすと、摩羯魚らしき魚が流れに逆らい滝の上を目指していた。摩羯魚たちは、こちらを見ると「俺たちは超根暗だぜーい! ヘーイ! お先真っ暗、北枕ってなあ!」と明るくヒレを振ってきた。
「……武蔵殿、天馬様、この程度の滝なら我らなら容易く登れたのでは? 例の番犬駆け出しの猫もいないのに」
「これが風流よ、ですよな武蔵殿」
「さようでございます」
エレベーターが滝の上に着いた。滝の上は穏やかな川の流れに沿って草木の生い茂る道が続いていた。滝から数メートルの所に看板が立っており、『ここは彼岸だと思う』と曖昧な情報を伝えてくれた。
「もうじき閻魔の墓に辿り着くはずです」
そう言うと、武蔵は川に背を向け歩き出した。
やがて、広場に着いた。緑の芝生が敷き詰められた場所に入ると「ここです」と武蔵は石碑の前で立ち止まり振り返った。その石碑には、『歴代閻魔ここに眠る。たまに起きる』と彫られていた。石碑の後ろに、巨大な御影石が立っていた。御影石の背丈は3メートルを超え、幅と奥行きは共に1メートルはあった。
御影石の前に立った3人。その彫られた名前と紋所を凝視し酷く顔を歪める天馬とホット。御影石には白い字で『天子魔壊乱様之墓』と刻まれていた。御影石の下の方に置かれた正方形の石には、星を炎で焼く紋所が彫り込まれていた。
「あいつめ! 自分だけこんな立派な墓を建てやがって!」
「天馬様! 破壊しましょう! 墓だけに」
天馬は方天画戟を出すと、馬面に真紅の髪をなびかせ鬼の形相で墓石を薙ぎ払い真っ二つに折った。墓石の上半分は地面にドサッと落ちる。ホットはそれに続いてシロクマらしい豪腕を唸らせ残った下半分を殴って粉々に砕いた。
「ふっ! 楽しいなあホット……」
「ええ! 全くです……」
どこか寂しそうな2人は、顔を見合わせ元気無く笑った。武蔵が残った墓石を丹念に取り除くと御影石の下から石の板が現れた。板を除けると地面に遺骨を安置する石室が現れた。
石室の中からは、大量の巻物が出てきた。巻物を石室から全て取り出すと、手に取り月明かりに照らして見る。
「やはりな」
月明かりに照らされた天馬の馬面に会心の笑みが浮かぶ。
――鳥獣戯画大戦の町中大乱闘の傷を癒やす番犬軍。達人たちは遥か一万年前の閻魔の墓へ。墓から現れた巻物の中身とは。
『次回9月1日(金)午後6時頃「墓の下に眠る物は」更新』
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