第61話 仕切り直し

 半壊したゲームセンターと倒壊したポイズンデパートを一本道でつなぐアスファルトの道路。僅かな距離を隔ててにらみ合う番犬軍と鬼反軍。両陣営とも傷だらけである。


 ゲームセンターの前で地面に伏せる小次郎を武蔵が肩を貸して助け起こそうとした。だが、意外なことに、小次郎は手を借りることなく自力で立ち上がった。

「死んだふりは少し卑怯だったかな?」と明るく笑った小次郎。

「嘘をつけ、気絶していたくせに」と苦笑いの武蔵。


 半壊状態のゲームセンターから十数メートル離れた所へ陣取る鬼反たち。そこからニャン吉たちと対峙する。


 戻ってきたタコ入道イカ。その後ろには、迷彩服に身を包む鬼市害ら十羅刹女が大鎌を片手に内股で歩いてくる。さらに後ろには、大蛇の親子に離岸流花畑などもいて、番犬軍勢揃いである。よく見ると、集太郎とペラアホも鬼市害の肩に乗っている。


 番犬軍は、ゲームセンターの前で勢揃い。十羅刹女は鬼市害を先頭に前面へ出てきた。さらに、鬼反軍へ大鎌の先を向けて開口一番、「ウッフンガー!」と気合の咆哮を上げた。大鎌を勇壮に振り回す。


 それに答えるように、鬼反軍の中からミケが先頭に現れた。真っ赤な血潮がミケの体を筋状に染めて三色の毛並みに四色目を彩る。簡単に言うと、三毛猫から四毛猫に化けていた。

「よーろ昆布! よろ昆布! 虫けらどもが勢揃い」

 高笑いするミケの背を、獅子身中の虫が一斉に足蹴にする。虫けらは余計な一言であった。ミケの背中に土がついて、四毛猫から五毛猫へ変色をする。


 再び起き上がると、ミケは大好きな演説を始める。

「いいですか? 皆さんはクズです。生きている価値などどこにもないのです。早死になさいよ」

 ミケの演説をくだらないと思いながら聞いていた番犬軍と鬼反軍。だが、何を思ったか集太郎は先頭に出ると、鬼市害の肩に留まり「ちょっとでいいんじゃ」と断ってミケへ反論を始めた。


「皆必死に生きとるんじゃ! 命を軽く見るな!」

 集太郎の烈々たる気迫に僅かに気圧されるミケであったが、すぐに香箱座りをし高慢な態度を表す。

「ほーう? 虫けら風情がねえ。例えを上げてみせなさいよ」

「分かったで、よく聞けよ名前の知られてない猫」

 目立ちたがりで影の努力を嫌うミケにとって、無名の一言には腸が煮えくり返る。


「よ……よーしそこまで言うのなら、このミケ様がお聞き遊ばせ遊園地!」

 集太郎は大きく息を吸って、慎重に一言一々その言葉を発した。

「しょの命とは、ゴキブリ! 蛆虫! ノミ・ダニ! 虱! シロアリ! ジャガイモにとうもろこし! 大麻に脱法ハーブじゃ!」

「え? 脱法ハー……にゃふ?」

「害虫も植物も必死に生きとるんじゃ! 命なんじゃ!」

「……それは……いいんじゃないでしょうか。たぶん……ねえ」


 まさか、ここで命の重さを例えるのに害虫を出されるとは思いもよらず、初めてミケは相手の反論に同意してしまった。

「いーこと言ーうよーう」とペラアホが集太郎の言葉に感無量で大粒の涙をこぼした。


 人の命なんぞ害虫と変わらないと軽く見た発言を、まさに害虫や植物の命は尊いと反論されるとは思いもよらず、ミケはただ呆然と集太郎の方を見詰めていた。鬼反たちは、揃いも揃って憮然とミケを見ていた。


 何も言わずにそっと後ろへ歩いていくミケであった。代わりにモモが出てきた。一歩歩くごとに地面から上げた足で顔を交互に洗う。そして、大声で言い放った。

「今度の番犬は大したことないじゃないか! なんていったか? 鹿威ししおどしだっけえ? 虚仮威こけおどしだっけえ?」

 ニャン吉は涼しい顔してモモの安っぽい挑発を聞き流していた。だが、その言葉は聞き捨てならないと集太郎が再び言い返す。

「お前がニャ吉の何を知っとるっていうんや! 今までじゅっとがんばってきたっぽい知ったげな顔をしとりゅのがニャ吉じゃ!」


 味方の思わぬ暴言にニャン吉の口元はピクッと動いた。集太郎が言い終えると今度はペラアホが「ニャッキーは鹿威しでーも虚仮威しでーもなーいよーう。邪王猫だーよ」と続けて言った。


「そこのクソ猫がなんだって?」とモモがさらに煽ると、今度はニャン吉の仲間たちが反発して言い返した。


「おうっ! ニャン公を舐めんなよ! 皆その汚え罠にかかって敗退したから、ニャン公は番犬になったんじゃねえか!」と骨男は言った後失笑した。


「クエッ! 煮ても焼いても食えない外道っぷりを甘く見るなよ!」とタレが半笑いで付け加えた。


「ニャン吉様は悪の世界でも頂点に立てる逸材なのデスカラ」と悪気なく無機質な声でレモンが言う。


「相棒は鬼を従えて束ねる、王道を逆走する男だぜ。クールを通り越してドライフラワーだ」と話の流れに乗ったクラブ。


「モモよ、少なくとも一万年前にはこんな奴はいなかった。ここまで神経を疑いたくなるような奴はな。手口も巧妙でやり慣れている。その上、名誉や権力のためではなく、地獄の静謐のために怪しげな悪巧みを練る。だから余計たちが悪い」と悪乗りする天馬。


「性根の腐り方が納豆みたいだ」とストレートに貶すホット。


 その暴言の数々に全身毛を逆立て、目を吊り上げ、怒りに震えながら息を吐くニャン吉。武蔵ですら、思わず笑いそうになる。


 結局、散々ニャン吉を貶したのは仲間の方であった。あまりに憐れで貶すのをやめたのは、むしろ敵であるモモの方である。


 ゆっくりと鬼反がモモの側へ歩み寄ると、縮地をすると合図をした。

「今回は引き上げさせてもらう! 次会った時が最後だ!」と鬼反は捨て台詞を吐いた。

「逃げるのか! 鬼反!」と天馬は方天画戟を鬼反へ投げ付けた。


「あばよ、雑魚猫」

「待て! 逃げんにゃや!」

 方天画戟が届く前に鬼反軍が縮地輪しゅくちりんで縮地をして、魔界まで引き上げた。


 その場に崩れるように座る番犬軍の一同。この鳥獣戯画大戦でたまった疲労がドッと全身を襲ってきた。もし、今再び戦えといわれても無理だろう。立ち上がることすらやっとの状態。


 ニャン吉たちは、空を見上げた。赤紫色の空にて夕日が今まさに沈んでいた。空と町を赤紫色に包んでいる。


 登竜門を巡る戦いは終わったのだ……。


『次回より、「鳥獣戯画大戦」から「決戦・伏魔殿」へ移ります。鳥獣戯画大戦の後半戦、最終章へ突入』

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