第29話 独善的魚貝類

 まばゆいばかりの太陽が降りそそぐ。爽やかな乾燥した暖かい風がヤシの木を優しく揺らす。磯の香りがする宝石のように青い海はさざ波を立て島を鮮やかに彩る。


 そんな水地獄の海にて事件は起こる。ニャン吉の『魚が美味しいにゃん』の歌声が事の発端だ。その歌を耳にした無数の魚介類の鬼たちが水面から顔を覗かせ、怒りに燃える目でニャン吉の方をにらみ据える。そして口々にニャン吉へ罵声を浴びせる。

「おいこら! ここでクソ暗い歌を歌いやがったのう。魚が美味しいじゃと? ええ度胸しとるのう」

「葬式の時に流す歌を歌いやがって!」

「肉屋で家畜が解体される歌にせえや!」


 想像を超える事態にニャン吉たちは、空いた口が塞がらなかった。ガラの悪い魚鬼たちは、とにかく魚の歌の件で絡む。間に合わなかったとクラブはハサミで目を覆う。

「すいませんにゃ」

「ごめんですみゃ地獄はいらんわ!」

「美味しいにゃんって、なんが美味しいにゃん? 言うてみいやもっぺん」

 口ごもるニャン吉へ魚たちが一斉に『さかにゃが美味しいにゃん』とからかうように声まで真似して歌った。思わずニャン吉は尻尾を砂浜に叩き付ける。


 魚たちを掻き分け、目のところに傷のある提灯アンコウが出て来ると心のままに怒鳴り散らした。

「白猫こら! われ、反省せんのんじゃったら暗い深海に連れてっちゃろうか!」

「あんたと一緒だと提灯で明るくなるにゃん」

 その言葉を聞いた提灯アンコウは激昂した。歯と目を剥き出しにして口をワナワナと震わせる。ニャン吉の態度に怒りが頂点に達した独りよがりの提灯アンコウ。彼の頭から伸びる触手の先に付いた丸い提灯がパッと明るく点灯した。

「われ、よういいやがったのう! 葬式の暗い歌を明るく歌いやがって。この根暗がぁ! 名前を教えーや、藁人形作って呪うで!」

「あんたの方がよっぽど根暗だにゃん」


 一触即発の事態に慌ててクラブが仲裁に入った。彼は魚の前に立ちなだめる。クラブは『水地獄の保安官』であり、魚たちは黙って話しを聞いた。クラブが事情を説明すると魚介類は渋々納得した。

「クラブに免じて許しちゃるわ。また後でのクラブ」

 魚介類は海へと帰っていった。

(クラブは保安官だったのかにゃん) 


 魚介類が海へ帰ったのを見送るとニャン吉は舌打ちをした。

「にゃんだ! あの腐れ魚介類どもは! 独りよがりも――」

「やめろ! また来るぞ」

 クラブのきつい警告にパッと自らの口を塞ぐニャン吉。もうここの鬼に因縁をつけられたくないのだ。


 ――海からクラブの名を呼ぶ声がした。声の主は、タツノオトシゴである。

「可児鍋クラブさん、乙姫様が呼んどりますよ。『今すぐ竜宮に来るように』って仰っとりました。ぶり怒っとりますわ」

「ああ、すぐに行くとお伝えしてくれ」

 タツノオトシゴはクラブが了解したと伝えに竜宮へ戻った。


「どうやらさっきの騒ぎの報告をしなければならないようだ。またな」

 砂浜をザクザク鳴らしながら歩き、海へ戻ろうとするクラブへとニャン吉は尋ねた。

「その乙姫様というのはこの地獄の門番かにゃ?」

「そうだ、清楚を極めたお方だ」

「ニャン吉も行くにゃん。少し待って欲しいにゃん」


 ヤシの木の下で薬を作っているレモンへ「下剤は後どれくらいでできそうだにゃん?」と尋ねたニャン吉。

「ハイ、今夜にはできマス」

「よし! 分かった。ありがとにゃん。じゃあクラブ、行くにゃん」

「乙姫様の前では無礼な真似はするな。分かったらついて来い」


 2人は海に潜っていった。海の中は透き通っていてどこまで潜っても明るさが変わらない。にも関わらず、底の方は暗くて見えない。不思議な感覚に包まれるニャン吉。その横顔を見た魚たちが「あれが例のクソ猫じゃ」と囁きあう。


 先程歌えなかった歌をニャン吉は心の中で歌った。胸に溜まった鬱憤をせめて心で晴らす。

『さかにゃがさかにゃが美味しいにゃん。猫猫またいで美味しいにゃん。おーいーしーいーにゃん。海はさかにゃが沢山にゃ。泳いでこっちにくるくるにゃん。さかにゃの目をみりゃすぐわかる。こいつの根性腐ってる。さかにゃがさかにゃが美味しいにゃん。とってもとっても美味しいにゃん。おーいしーいにゃーん』


 どれくらい潜っただろうか……。見上げると遥か頭上に水面が見える。ニャン吉は上を見る目を下にやると、大きな影が……。その影はニャン吉たちの前に立ち塞がり行く手を塞ぐ。

「よーう、ここは通さないぞう。タコ入道ー、タコ入道ー」

「イカだにゃん」

「何を言っているんだい? ちょっと君、俺タコだよな?」

 そいつは数本ある足で周囲の魚をちょんちょんとたたいて尋ね出した。

「いや、あんたぁイカよ」

 魚はキッパリと答えた。


 納得がいかないといった様子で別の魚にも聞いた。

「俺タコだよな?」

「いや、あんたぁイカようね。どっからどうみてものう」

「俺の両親タコだったぜ、何を言っている」

 周囲の魚たちはわざわざ立ち止まり一斉に答えた。

「いいや、立派なイカじゃったよ。お前によう似とるわ!」

「え? え? じゃあ、あのイカは何だよ」

 その質問に魚たちは耳元で一斉に囁く。

「ありゃタコよ。お前とはいっこも似とらんわ」


 イカはショックで口からイカ墨を漏らし出した。

「俺……生まれてから300年、自分のことずっとタコだと思っていたのに……」

 魚たちは笑いを堪えて「イカはイカがとか思っときゃええじゃろ。勝手にのう」と助言した後爆笑した。イカはフラフラと、どこかへ流されていった。その姿を見送った魚たちは「これからあいつんこと『タコ入道イカ』って呼ぼうで」と言い合って笑った。


「ざまあみ……面白い漫才だったにゃん」

「さあ、ニャン吉。竜宮城はすぐそこだ」

 ニャン吉とクラブは再び竜宮目指し泳ぎ始めた。


 相当な水深まで潜ったはずなのに、未だに明るい。水面もはっきりと見える。やがて、暗くて見通せなかった海底に辿り着くも、やはり周囲は明るく水面まで見渡せた。

(海は明るいのに魚は暗いとはにゃ)


 海底には、巨大な城が築かれていた。クラブはその城を指差し「あれが竜宮だ」とニャン吉に教える。

 ――壇ノ浦にて平家は『海の底にも都がございます』と言ったが、竜宮城はまさにそんな所であった。周囲の岩に抱かれるように海底に紅の宮殿が建つ。海底に沈む神社といったところだ。


 紅い鳥居を潜りニャン吉たちは竜宮に入る。竜宮の外観は真っ赤で、ところどころに金の筋が入っていた。海底に着地すると、地上と同じように動けた。

 橋の前は白い大理石の床になっており、大理石の床と竜宮の門をつなぐ木の橋がアーチを描いて架かっていた。木の橋は横幅3メートル、長さ10メートル、高低差1メートルはあり、橋から下を覗き込むとウニが怪しげなパイプを吸っていた。


 橋を渡って中に入るニャン吉とクラブ。竜宮の入り口は、数十メートルの高さに、片扉5メートルは横幅がある巨大な紅い鋼鉄の門である。扉は開け放たれ、中は真っ白な世界である。真っ白い不思議な床を歩いて奥に進むと、通路の端にいる桃色サンゴがメンチ切ってきた。


 ――ニャン吉の歌のせいで一騒動起きた。その報告のため竜宮城を訪れる。

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