第30話 竜宮城の乙姫

 紅い社殿の竜宮へ到着したニャン吉とクラブ。そこに待つ乙姫とはいかなる人物か……。


 真っ白い最初の門の所に海亀が1匹いた。亀は甲羅を壁につけたままタバコを吹かし、歌を歌っている。

「昔ー昔ー浦島は助けた亀に食い逃げされ竜宮城に請求書。カーッペッ!」

 海亀は痰を海に吐いた。


「おい! 何をタバコを吹かしている。任務をまたさぼっているな!」

「ああ、何じゃあ! って……おう、保安官か。何、大丈夫じゃ。竜宮は平和そのものよ」


 その時、城の奥から別の海亀が現れた。その亀は、門の前にいるタバコを吹かす亀を見付けると血相変えて詰め寄る。

「われ誰じゃあ!」

 門の前の亀も立ち上がり「われこそ誰じゃあ!」と警戒した。亀同士がお互いを不審者扱いし詰め寄る。顔を寄せ、互いに厳しい顔でにらみ合い一触即発。だが……話してみると結局両者は竜宮の関係者だった。

「互いの顔を忘れるとはなにごとだ!」とクラブが叱ると甲羅の中に頭を引っ込める。それから、自らの不手際を笑って誤魔化し、2人の亀は仲良く海へ泳ぎに出た。


 ニャン吉を振り返りクラブは「見苦しい所をみせてしまったな。ニャン吉、乙姫様はこっちだ」と城内を案内した。

(ここの警備はザルだにゃん)


 クラブの案内で幾つもの開け放たれた門をくぐり奥へと入って行く。中には、鯛やヒラメが大あくびをし大義そうに博打を打っている。一際大きな門の前で立ち止まったクラブ。その門は高さ10メートルはあり、唯一真っ赤な鋼鉄の扉がついていた。そのすぐ横にある小部屋に案内されたニャン吉。入ったのは応接室で、そこでクラブから待機するように指示された。


 ソファのある応接室の壁には幾つもの広告用貼ポスターが貼られている。様々な種類のポスターに興味をそそられたニャン吉は、待つ間そのポスターを一枚一々眺めてみた。その中でも水地獄発の映画のポスターが特に興味を引いた。


 1枚目は黒地に赤い字で『寿司屋の親父』とだけ書かれたホラー映画のポスターで、キャッチコピーは『その親父に捕まる時、地獄の始まり』とだけ書かれている。


 2枚目は『牛、豚、鳥の解体ショー』というキッズムービーだ。キャッチコピーは『みんな、家畜どもの首を刎ねようよ』と『血抜きは見どころ、青くなる家畜の顔を見て笑おう』でリアルな家畜の殺処分する絵が描かれていた。


 あまりにも身勝手な主張とその残忍さにニャン吉は悪寒が走った。

(ここの連中の性格をよく表しているにゃん。歪んドール並に性格が歪んでいるにゃん)


 しばらくすると、クラブが応接間へ戻ってきた。乙姫の許しが出たので参るようにニャン吉に伝え、乙姫の間まで案内する。応接間を出ると再び真っ赤な鉄の門まで歩みを運ぶ。


「ニャン吉、ここが乙姫の間だ。粗相のないようにな」

「分かったにゃ」

 クラブの注意が終わると、彼は門を開け中に入る。その後からニャン吉がついて行く。


 乙姫の間は、白い大理石の床に色とりどりの珊瑚が直に生えて珊瑚の草原を作っていた。門から乙姫の玉座までは緑色の絨毯が敷かれ、その左右に直径1メートルはあろうかという真っ白な大理石の柱が幾筋も並んでいた。天井は透明になっており、深海ではあったが竜宮の内から照らされた美しい海が遥かな海面まで見渡せた。


 玉座まで歩みを運ぶと、乙姫の御前でクラブは伏せてかしこまった。

「ただいま戻りました。毛ガニの保安官、可児鍋クラブです」

「先程の件を報告しなさい」

 乙姫は透き通るような声で穏やかに話しかける。水の流れに見える青い羽衣をまとい、真紅の公家風の服を身にまとう。背は2メートルほどあり、切れ長のやや下がった目に優しい光をたたえる。


 クラブは一部始終を報告した。そして、ニャン吉を紹介した。

「ニャン吉、こちらが乙姫様だ。ごあいさつを」

「初めまして、ニャン吉ですにゃん。今は番犬候補で番犬レースをしていますにゃん。先程はすいませんにゃ」

 乙姫は真っ赤な紅をさした口元に微笑みを浮かべた。その優しそうな笑みにホッとしたニャン吉は続ける。

「あの……お願いにゃんですが。門番の乙姫様に協力してもらいたいにゃん。お願いしますにゃん」

 お辞儀をするニャン吉へと手をかざし乙姫は穏やかに言った。

「おとといきやがれ」


 言い方と言ったことがあまりにもチグハグだったため、ニャン吉は聞き間違えたと思った。

(まさか、『おとといきやがれ』とは言ってにゃいよにゃ。もう1度聞くにゃん)

「あの、番犬レースを……」

「ふふっ、毛皮を剥ぎますわよ」

 やはり間違いなくひどいことを言っている。ニャン吉は全身の毛が逆立った。

(予想外にも程があるにゃん)


 その時、突然マグロが竜宮の天井の窓を突き破って玉座へ入って来た。弱々しい声でマグロは「疲れましたわ、乙姫様。ぶち疲れた」と乙姫に何かを催促している。

「分かりました、マグロ。拷問所へ行きなさい。囚人なら煮るなり焼くなり好きにしていいですよ」

 急に元気になったマグロは、喜びのあまり天井まで届く程飛び跳ねる。その喜びようは非常なもので、ピチピチ跳ねながら外にある拷問所へ向かって泳ぎだした。

(こいつら、本当に性格が悪いにゃん)


 乙姫の顔色を伺いクラブが「今日のところはこの辺で」と一言伝えると乙姫は口元を隠して微笑みかけた。地上へ戻るべくニャン吉に「地上へ戻るぞ」と言うと、ニャン吉は最後に一言だけ言わせてもらうことにした。

「乙姫様、また近いうち参りますにゃん」


 その一言が余計だった。額に青筋を立て、乙姫は怒り心頭。

「おい! そこの魚!」と命ずる乙姫。

「はい、わしゃあヒラメですわ」

「鉄球!」

 ヒラメは大急ぎで乙姫の間の壁にかけられていた鎖を引っ張る。すると、どういう仕組みか、壁から鎖のついた直径50センチほどの真っ赤な鉄球が出てきた。

 それを見たクラブは驚きと恐怖の悲鳴を上げニャン吉へ急ぎ竜宮を出るようにと叫んだ。


 鎖を手に巻き付け鉄球を振り回しながらニャン吉を追いかける乙姫。その表情は穏やかなものであった。全速力で逃げ出すクラブと並走するニャン吉。

「ニャン吉、こうなったら乙姫様はもはや手がつけられん。陸まで引き上げるぞ」

「クラブ! この人沸点低過ぎだにゃん!」

 時折飛んでくる鉄球を避けながら、窓ガラスを突き破り外へ脱出した2人。中からは乙姫が舌打ちして後ろ姿を見ていた。

 ニャン吉とクラブは命辛々地上へと引き上げた。


 ――ニャン吉のいた島に上がった2人を夜空の星々が出迎えた。砂浜に横になるニャン吉とクラブ。

「……クラブ、ニャン吉はなんであんなに怒られたんだにゃん? やっぱりさっきの騒ぎが原因かにゃん?」

「いいや、あの人はいつもああなんだ。さっきの騒ぎの件も全く気にしてなかったし」

「ふざけんにゃよ!」


 ニャン吉は夜空が肥溜めに見える程苛立った。そして、腹が張るのを我慢して夜空を眺めた。


 ――乙姫は文字通り鬼であった。

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