第58話 町中大乱闘その七・崩れるビル

 ポイズンデパートは爆破された。地上50階の玩具やヌイグルミの中身の爆弾が爆発。そこにいた番犬軍の生死はいかに。


 爆発の直前、天馬は死を覚悟した。

「策幽め、ここまでやるとは」

 エスカレーターにはヌイグルミが詰まっている。窓や非常階段は距離がある。その他どこにも避難できそうな所はなかった。


「策幽はいつ、こんな罠用意したんでえ」

「奴め、始めからこのデパートに誘い込む予定だったのだな。何年も前から」

 策幽の執念深さに身震いがする天馬。それでも何か手を探す。


 すると、エスカレーターの下階へつながる方に詰められたヌイグルミが吹っ飛んだ。驚きそちらを振り返る番犬軍。ヌイグルミの隙間から白い触手がニュルっと入ってきた。

「迎えに来たよーう、タコ入道イカー」

「タコ入道イカ!」

 ヌイグルミの隙間からタコ入道イカの足が1本だけ入ってきた。


「タコ入道イカ! おめえ!」

「みんなとはぐれてー、寂しいからデパートで買い物していたのだよ」

 本来、タコ入道イカは十羅刹女といたはずである。希望が見えてきた。


 突然のタコ入道イカ出現に天馬は焦りを抑えゆっくり正確に「早く49階につながるヌイグルミを除けてくれ!」と頼んだ。


 タコ入道イカは「おーう」と返事をして、ヌイグルミを下の階から押し上げた。みるみるヌイグルミは50階に押し上げられエスカレーターの道を開ける。

「さすがは、タコ入道イカ。個体としての力も半端じゃないな」と天馬が称えると「褒めてくれてありがとう」とタコ入道イカは嬉しそうに言った。


「個体の力?」

「骨男、その話は後だ」

 エスカレーターを下の階の家電製品売り場まで飛んで下りる。下の階にはヌイグルミも玩具もない。天馬は颯爽と飛び降り着地する。骨男は荒っぽく音を立て着地する。レモンは着地の衝撃を転がって和らげる。イーコは飛んだ時タコ入道イカの粘液で足を滑らせ顔から落ちた。御亀は甲羅に首と手脚を引っ込めエスカレーターの段を滑り降りた。


 番犬軍が下の階に下りたと同時に、50階の玩具とヌイグルミが紫色の閃光を発して爆発した。50階を支える柱や壁の鉄骨は爆風で大破、天井も大きな穴を開けて上の階が崩れ落ちてくる。ドミノ倒しのように、50階よりも上の階も徐々に崩れだす。


 49階の家電製品売り場も爆発の影響はあった。家電はことごとく倒れ、テレビなどはモニターが全て割れ、無事な家電はほとんどない。


 家電の瓦礫から白い触手がニュルンと飛び出した。もちろんタコ入道イカの足である。家電を除けていく。タコ入道イカが傘になって、その下に天馬たちが避難していた。

「助かった、タコ入道イカ」

 天馬が感謝を述べると足を2本天井へ上げて喜ぶ。


 49階は無事であったとはいえ、所々に焼けた跡がある。それに、上の階が徐々に崩れ落ちてくるのでこのままでは時期瓦礫の下敷きになってしまう。


 天馬が窓の方を指差した。

「すぐにあそこから飛び降りるぞ!」

 番犬軍は皆立ち上がると、窓へ向かって駆け出すが……。タコ入道イカが中々動かない。

「どうした、タコ入道イカ」と天馬が足を止めて尋ねた。

「俺はもーう無理だよ。背中が爆発の火傷で動けない」

 タコ入道イカが背中を向けた。その背は、見るも無残な焼きイカとなっていた。


「俺のことはおいていっておくれ」

「何を言う!」

 天馬がタコ入道イカの元に駆け付けると、背中に赤い液体をぶっかけた。すると、みるみる火傷が治っていく。

「あれ? 治った?」

「臓器に深刻なダメージがない場合、その赤い液体でたちどころに傷は治るからな。これだけ大量に使うと副作用でこの液体もしばらく使えんと思うが」

「ありがとう、天馬」

 タコ入道イカは元気よく立ち上がり窓へニュルリと滑っていく。


 番犬軍は皆で窓を突き破り外へ飛び出した。地上へ落下しながらビルを振り返る。先程いた階も崩落し、全ての階が潰れだした。

「危なかった」と安堵した天馬。


 地上へ着地すると、遠くからクラブの呼ぶ声がした。

「こっちだ!」

 ポイズンデパート玄関口から前に伸びる道路を真っ直ぐ進み、突き当りにあったゲームセンター『地獄はハッピー』から声は聞こえた。ゲームセンターは緑色の外観で、1階はガラス張りになっていた。


 自動ドアは故障して動かないため、割れた側面の窓から中へ入った天馬たち。中に入ると、ゲーム用の椅子に座るクラブの姿が見えた。

「クラブ!」

「ん……骨男か」

 弱々しい声で返事をするクラブ。互いに近況を報告する。


 隣では、対戦アーケードゲーム、鳥獣戯画対戦で対戦中のもっさんとモラッシー。彼らは軽症だったとはいえ体毛、羽毛に血がついたまま、息を切らしてプレイする。明らかに弱っているのに無理をしてゲームをする2人。こいつらを止めても言うことは聞きそうにない。

「なにをやってんのよ」と見兼ねたイーコが話しかける。

「うるせぇ! 今話しかけんな」ともっさんが乱暴に返事をする。

「そうだ! 黙れ!」と我を忘れた時、荒っぽい男に戻るモラッシー。


 ため息を吐いてもっさんの隣の席に座り対戦画面を眺めるイーコ。もっさんは、柴犬のキャラ――まっさん――を使っている。まっさんは、二足歩行でボクシング系の技を得意とする。モラッシーは、梟のキャラ――モラス・ションベン――を使っている。モラスは空中から突撃するのを得意とする。


 彼らがゲームに夢中になっている間、天馬は赤い液体を皆に配った。クラブもたちどころに全快し、ブレイクダンスを踊りだす。ゲームに夢中の2人には、天馬が無理矢理口に突っ込んだ。咳き込む2人、それでもゲームはやめられない。


 そこへ、ニャン吉たちもやってきた。それを迎える天馬。

「よくここが分かったな」

「近くまで来たら匂いがしたにゃ」

 シロクマのホットは渋い顔をして「この猫は異常な嗅覚をしております」と天馬へ言った。


 傷だらけのニャン吉と小次郎を見た天馬が、デパートから持ち出した赤い液体をホットへ手渡す。

「なるほど、小次郎、お前はこれを飲め。そして、獅子王、尻を出せ」

「にゃ?」


「獣用の座薬だ。尻を出せ」

「にゃに?」


「直接この小瓶を尻にぶちこむ」

「普通に飲めばいいじゃにゃいか」


「怖いのか?」

「不合理だにゃん」


「大丈夫、痛いのは一瞬だけだと聞いたこと……はないが別にそんなことはどうでもいい」

「そこ、1番大事な所だにゃ」

 話がねじれるのを待ってから、やっと天馬が現代医療の粋を集めたこの薬は飲むだけでいいと伝えた。豪快に笑うホットの横顔を上目遣いで見ながら赤い液体を飲み干すニャン吉であった。


 ――タコ入道イカのおかげで助かった天馬たち。ゲームセンターへ避難をして体勢を立て直す。


『次回8月9日(水)正午「町中大乱闘その八・ゲームセンターでリアルファイト」更新』

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