第57話 町中大乱闘その六・玩具の血血血

 エスカレーターはヌイグルミが完全に塞いだ。窓は無数の玩具が覆う。非常口には策幽が立ち塞がる。退路を断たれた骨男たちはどうする。


 非常口の外には敵の1人、策士の鬼幽・策幽がいた。彼は、番犬軍の一部がデパートの50階に浸入したと聞いた時、非常階段で50階へ移動した。その間、使い捨てのヌイグルミを操り非常階段へと番犬軍を誘導した。落下防止の鉄の格子に覆われた螺旋階段の踊り場で、無数の人形と共に待ち伏せしていたのだ。


 ベベン、と策幽が三味線を弾くと、周囲の人形が踊りだした。ツルツルの赤ちゃん人形が『ウホウホ』と歌い踊りだした。オムツが徐々にずり落ちる。

「おめえ……歪んドールみてえな奴を……」

「なに、私の万象『人形獄瑠璃にんぎょうごくるり』ですよ……。歪んドール?」


 赤ちゃん人形の中には、倒れてジタバタするものもあった。策幽がさらに三味線を弾くと、骨男たちの周りに赤ちゃん人形が這い寄ってくる。

「やれ!」

 策幽の号令で一斉に突撃して来る玩具。それを青龍偃月刀で豪快に薙ぎ払う骨男。リズミカル千鳥足で玩具どもを撹乱するイーコ。そのリズミカル千鳥足の巧みかつ、おかしい足運びには策幽も息を呑み、そして笑った。


 次々と迫りくる玩具を壊していく番犬軍。

「おい、策幽! おめえ手を抜いてんじゃねえぞ! これなら囚人兵の方が幾らか強いぜ!」

「ほほほ、それはどうでしょう」

 策幽が再び三味線を弾くと、玩具が一斉に骨男たちから離れた。深追いをしようとするレモンをイーコが止める。

「どうしてデスカ?」

「こういう時は何か罠があんのよ。ニャン吉を見てたら分かるでしょ」

「はい、そうデスネ」


 番犬軍を遠巻きにする玩具たち。玩具たちは非常口へと続く通路を開けている。明らかに罠だ。番犬軍が攻めるべきか攻めざるべきかと迷っていると、再び三味線の音が周囲に響く。


 通路の左右に玩具の兵隊が集ってきた。迷彩服を着てライフルを構えるレッサーパンダのヌイグルミだ。これらは、骨男たちに銃を向けると一斉に声なく笑った。その口から血が滴り落ちる。

「ちょ……あんたら気持ち悪いじゃない」とイーコが後退りすると、レッサーパンダどもは一斉に銃を捨てて走ってきた。


 番犬軍はレッサーパンダを破壊してやろうと待ち構えたが……。

「駿馬! それは爆弾だ!」

 どこからか響く天馬の声にハッとした骨男たち。そして、突っ込んでくるレッサーパンダを避けるため、跳躍して天井の蛍光灯に掴まった。天井から見下ろすと、滑稽なまでに互いの頭をぶつけて同士討ち。その衝撃で中の爆弾が作動し、ボンと音を立てて爆発した。その威力は小さかったが、その数の爆弾だと思えば十分脅威である。


 舌打ちする策幽は、声のする非常階段の上の方へ顔を向けた。

「これはこれは、天馬殿。もう、屋上で御用はお済みですか?」

「鬼反の奴はどこだ?」

 突然策幽の後ろから天馬の声が聞こえてきた。鉄格子の外側に掴まる天馬の姿を見ると、戦慄する策幽。天馬は非常階段を素直に降りず、縦に伸びる鉄格子をへし折り外へ飛んで降りてきたのだ。

「天馬め、いつも意表を突いてくる」

「不意打ちは面白くてやめられんのだ」

 鉄格子を破り非常階段の踊り場へ飛び込むと、方天画戟を振り回す天馬。策幽の首へ一突きするが、その場にあったブリキのブリ人形が飛び上がり盾になる。玩具は方天画戟の勢いを止めた。


「相変わらずの人形獄瑠璃だな」

「ここは私のテリトリー。ここならお前にも引けはとらん!」

 手を突き出し、三味線を天馬に向けて戦闘体勢の策幽。しかし、天馬はそれには取り合わず、玩具の大暴れで混沌とするデパート内部に目を向ける。

「駿馬! ……骨男、早くそこを出ろ! どんな罠があるか分からんぞ!」

 天馬は中で戦う骨男へ脱出を命ずるが。

「今無理でえ! この玩具がしつこくってよ」

 骨男へ襲いかかる猫の玩具。普段は頭を撫でるとかわいく「にゃー」と鳴くそのヌイグルミも、今は策幽の人形獄瑠璃の力で魔獣と化していた。顔は半分はげて中の機械が剥き出しになり、喉の鳴き声を出す機械から電線が飛び出しバチバチと音を立てる。


「出ろって言ったって!」

 リズミカル千鳥足で通路、机、棚へと移動しなんとか玩具を避けるイーコ。


「無理!」

 棚を倒して玩具を押しつぶす御亀も脱出は無理である。


「私も不可能デス」

 レモンもまた、無理だ。


「クソッ! ならば大元を片付けるか」

 天馬は大元の策幽へ向き直る。すると、奇妙なことに突如笑い出した策幽。

「何がおかしい」

「別に……。ただ今、中の奴らが戦っている人形の中身は囚人兵の爆弾どころではないからな」

 ヌイグルミや玩具の中身は爆弾だ。その言葉にしまったと青ざめる天馬。彼は策幽を無視してデパート内部へ突入した。その姿を見送る策幽は、1人ほくそ笑むと非常階段を駆け下りだした。


 デパート内部の惨状を見て仰天した天馬。床一面には玩具が散らばり足の踏み場もない。エスカレーターもヌイグルミが詰まっている。棚も倒れ、蛍光灯や水槽の割れたガラスが壁に突き刺さっていた。

「骨男! レモン! イーコ! 御亀! どこだ!」

 千里眼でデパート内部を隈なく探す。皆バラバラの位置にいた。

「クソッ! 策幽め!」

 天馬はケンタウロスの姿に変わり、急ぎ皆を掻き集めることに。駆け抜ける途中、口から煙を吐く首だけのパンダのヌイグルミが転がっているのを見ていよいよ時がないことを悟った。


 エスカレーターのあるデパート中央から天馬は見渡す。そこで、番犬軍へ呼びかけた。

「お前たち! ここへ来い!」

 非常口は無理でもエスカレーターの側なら位置的になんとか集まれそうだ。辛うじて玩具をかいくぐり天馬の元へ集まった。


「天馬、どういうこってえ」

「策幽は玩具に強力な爆弾を埋め込んでいる。クラスター爆弾……それも、な……。いや! もう時間がない! ああ! 万事休すか!」

 取り乱す天馬の姿からも事態が絶望的なことが分かる。足元にすがりつく赤ちゃん人形が、キャッキャッと笑って口から火のついた導火線を覗かせている。それを見た天馬は愕然とし頭を抱えた。


 ――非常階段を降りきった策幽はそこで鬼反と合流した。と同時にデパートの50階で爆音が轟いた。紫色の爆炎が窓ガラスを突き破り、柱が折れてデパートが崩れだす。

「やあ、鬼反殿」

「うまくやったな」

 デパートを見上げる2人は、勝利を確信した。

「準備万端で誘い込んだだけのことはあったな」と鬼反は笑った。

「ええ、ついでに薬品売り場から例の赤い薬も持ち出しておきました」と策幽も笑った。


 ――罠が張り巡らされていたデパートで、天馬と骨男、レモン、イーコ、御亀が爆弾の餌食に。果たして彼らは無事か……。


『次回8月6日(水)正午「崩れるビル」更新』

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