第56話 町中大乱闘その五・ヌイグルミの中の人でなし
ケロケロ外道の奇襲によりデパートのビル壁面で起こった戦いは番犬軍の勝利で終わった。ケロケロ外道は討ち死にした。しかし、こちらもクラブ、もっさん、モラッシーが痛手を負う。
クラブたちが戦っている間にデパート内部へ突入した骨男、レモン、イーコ、御亀。彼らは電気の消えた薄暗い室内を駆け抜ける。
薄暗い室内に目が慣ると4人は、50階が魚人服売り場だと分かった。白い床には黒い矢印が薄っすらと浮かび上がる。その通路の左右には魚人専用の魚臭い服がズラリと水槽に沈められていた。
「臭いデスネ」
初めて見た魚人服売り場で目をショボショボさせ臭そうにするレモン。同じく初見のイーコと御亀はまた別の反応。
「あら、いい服」
「……甲羅はないか!」
海の生き物にとっては革命的な世界であった。
白い床に浮かび上がった黒い矢印を頼りにエスカレーターを目指す4人。千里眼で絶えず周囲を警戒する。いつもと違う不気味な静けさに骨男は気味悪がった。
目的の場所に辿り着く。エスカレーターは止まっていた。上の階へと続くエスカレーターに骨男たちが脚をかけた時。
「おし、ここを登って……ん?」
突如動き出すエスカレーター。と同時に天井の芋虫型蛍光灯が一斉に点灯した。
『ようこそ! 我がホームへ』
デパート中に響き渡るのは策幽の声。どこでも一定の音の声が響く。デパート経営者らしい万象技である。
「おめえ! どこでえ!」
『70階のおもちゃ売り場へいらっしゃい。私はそこで待っています』
登りのエスカレーターに乗った骨男は、後ろを振り返り仲間に小声で相談した。
「どうするよ、70階まで行くか?」
「私は反対デス」とレモンは消極策を提案した。
「あたしも反対よ」とイーコはエレベーターで足踏みをしペタペタ音を鳴らしながら答えた。
「……やめる」と御亀はドスの聞いた声で言った。
「おいらもやめた方がいいと思う。天馬を待って行動……ああ!」
上階に現れた無数のヌイグルミ。これらは、エスカレーターを塞ぎ不気味に微笑む。特に、犬のヌイグルミが魔獣の如く低い声で唸る。不意にエスカレーターが急停止した。手摺に狸のヌイグルミが巻き込まれてしまったのだ。間抜けにも狸は尻尾を巻き込まれ、哀愁のこもった目で他のヌイグルミをチラリと見るが無視される。
ヌイグルミなんぞに構っていられないと骨男が止まったエスカレーターを逆走し始めた。だが、下からも無数の大きなヌイグルミが現れた。挟み撃ちである。
下からは、兎のヌイグルミが変質者に見間違うほど不気味に微笑む。
「前門の野犬、後門の野兎ってか」
青龍偃月刀を出し両手に構える骨男。
『かかれ! ヌイグルミ共! 中身を見せるなよ』
熊・猫・犬・魚・鼠など、かわいく作られていた想像上の産物・ヌイグルミが本来の野生を剥き出しに襲いかかる。黒いエスカレーターの手すりを伝って猿のヌイグルミが迫ってくる。
エスカレーターで挟み撃ちをされる骨男たちは中央で1箇所に固まり応戦する。野犬と化したチワワ・マルチーズ・ダックスフンドたちの首を青龍偃月刀で横薙ぎにし首を跳ね飛ばす。中から綿と糸屑が散乱する。
愛らしい顔の熊が獣の如き本性を露わにし消化器のホースを持って、鉄の本体を振り回す。リズミカル千鳥足で巧みに避けながらイーコはヒレに持った剃刀で熊の体を切り裂いた。
狐のヌイグルミが植木鉢を投げ付けてくると、御亀が植木鉢を手でキャッチ。そのまま相手に投げ返す。
レモンは根っこを伸ばしヌイグルミの首を縛る。さらに、高い所に掲げて吊るし首にする。
「やはりこれが1番デスネ」
ジタバタするヌイグルミの背中をスパッと切り裂いて中から綿を全て取り出す。
エスカレーターの戦いは戦力温存しながら、いかに素早くヌイグルミの中身をえぐり取るかがカギだ。
骨男は途中でヌイグルミの脚を狙い出した。
「おい! こいつらの脚をぶった斬れ! できれば下の階の奴を優先しろ!」
皆、下の階へと続くエスカレーターの下方のヌイグルミを狙った。
イーコのリズミカル千鳥足捌きに乗せた剃刀回転斬りで、エスカレーター下方のヌイグルミを行動不能にした。
御亀は、口からプッと水を吐いてヌイグルミの布を湿らせ重くした。水を吸い込んだ綿と布の重さに動きが鈍る。そこへ、レモンの根っこが伸びてきて脚を絡め取る。エスカレーターの不安定な足場で、さらに上から攻められたヌイグルミは将棋倒しになる。倒れたヌイグルミの上に飛び乗り下の階へ皆降りた。
上階のヌイグルミたちは何やら呻きながら下の階へ追ってくる。
「子どもの夢を……、夢を……」
ゾンビのようなヌイグルミは、怨念めいた声で「夢を」と言いながら追いかけてくる。
先程の魚人服売り場まで戻った。左右の水槽に沈められていた魚人服が水槽を割って白い床に散乱。床に蠢く魚人を模した服の上を飛び越えて、浸入した窓ガラスから外へ飛び出そうと懸命に駆ける。しかし、窓へと続く道に無数の玩具が連なり行く手を塞ぐ。
骨男はエスカレーターの方を振り返るが、登りも降りもヌイグルミで埋め尽くされどちらの階にも行けない状態。ならばと、骨男の先導で非常階段を目指しエスカレーターから窓まで続く通路を横切る。やはり、行く手を玩具が塞ぐ。前に出てきたチンパンジーが隊列を組み、その手についたシンバルを鳴らし「に……が……さ……ん……」と一斉に喋った。
「クソッ! 策幽のテリトリーへ迂闊に入ったのが悪かった……」と骨男が後悔する。
「ちょっと! あの紅いお馬さんのせいじゃない!」とイーコは天馬について行ったことを後悔する。
「しょうがありマセン。天馬の動きについて行けなかった私たちが悪いのデスカラ。それより、無機質動物をどうにかしないト」とレモンが切り替える。
最前列にはチンパンジーがシンバルを持ち練り歩く。その後列には順に玩具が続く。
撫でるとにゃーと泣く猫の玩具。
少女用の金髪イカのイカさん人形。
鎖鎌を構えた忍者の人形。
最後列には、血の涙を流すマネキン人形と鼻息の荒い牛の玩具がいた。
意を決して、このホラーな人形共へ突撃した。骨男が青龍偃月刀でチンパンジーを薙ぎ払うと、後ろから猫のにゃーという鳴き声と鎖鎌の分銅が飛んでくる。
イーコはリズミカル千鳥足で玩具の間をくぐり抜け、尻尾で忍者を全て薙ぎ払った。
「どうよ、ペンギン様を舐めるんじゃないよ!」
忍者は首が取れて辺りに散らばる。
御亀がイカさん人形の上にのしかかり潰していく。
レモンがマネキンの脚を根っこで縛り振り回す。
すぐに玩具は壊滅した。無残に散った玩具の残骸の上を通って非常口を目指す。玩具が塞いでいた通路の先には非常階段があった。緑色の地に白い芋虫が出口から外へ出るデザインの看板が目印だ。その看板は通称・草原の蛆虫である。
「よし、これで……」
骨男が非常口を開けた。そこには敵の姿があった。
「やあ! 策幽と申します」
「さ!」
言葉に詰まる骨男たち。その姿を嘲笑うと和服をパンッと払い三味線を構える策幽。
「非常口では非情になりますよ私は」
細い目で骨男たちを見据える。
――デパート内部は策幽の罠が張り巡らされていた。襲いくる人形共を退け非常口へ辿り着いた骨男たちであったがそこには策幽が先回りしていた。
『次回、7月26日(水)正午「町中大乱闘その六・玩具の血血血」更新』
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