第52話 町中大乱闘その一・毒溜ショック
獅子身中の虫の救難信号を知り、その仲間たちが駆けつけてくる。その間、いかにするかニャン吉は決断を迫られる。
毒溜広場の獅子身中の虫は、救難信号を空に打ち上げた後は、開き直って堂々としている。
それに対し焦るニャン吉。このままでは、鬼反らがここへ集まって来る。そのまえに獅子身中の虫を討伐するか、それとも一時撤退をするか。
ニャン吉の元へ仲間が集まった。
『一時撤退をすべき』と主張するのは、武蔵とシロクマのホット。いわゆる消極策。
『獅子身中の虫を一気に蹴散らし迎え撃とう』と主張するのは、天馬と骨男。いわゆる積極策。
『遠くから様子を見よう』と主張するのは、レモンとクラブ。いわゆる、中庸な作戦。
ニャン吉はこの3つの策に名前をつけた。
『一気に蹴散らす』には、上策。
『様子を見る』には、中策。
『一時撤退』には、下策。
どれも一長一短があって選べないが、上策はハイリスクハイリターン。下策はローリスクローリターン。中策はバランス重視である。
もし、タレがいたら『町に火を放つ』というローリスクハイリターンの凄まじい計画を進言していただろう。
ニャン吉はビッグ4の方を振り返る。もっさんも、イーコも、御亀も、モラッシーもニャン吉を見て意味深に笑う。ニャン吉もまた、同様である。その考えとは……。
「待ち伏せ作戦だにゃ」
「縮地で朝寝坊の屋上に移動してだまし討ちするんだろ」ともっさんは悪党顔負けの芝スマイルを決めた。
「ウイッイッイッ」とイーコは舌舐めずりし上目遣いで皆を見た。
「待ち伏せ!」と御亀は微笑む。
「あらん、嫌らしくて素敵」とモラッシーは歯をカチカチ鳴らせて笑う腐れ梟。
「鬼反やモモ、ミケらが通る道で待ち伏せし不意打ちをするにゃ! その後は町の得意な場所で相手を罠にかけるわけだにゃ! 名付けて『暗黒町内会からの誘い』作戦じゃけぇ……、にゃん」
ニャン吉は思わず広島弁が出た。それだけ、番犬レース時にあった緊張もいい感じに解けてきたのである。
悪い作戦ではなかった。それからニャン吉は獅子身中の虫と戦ってみた感想を皆に聞いた。
強敵なのは、カブトムシとクワガタ。
並なのは、サソリとカマキリとムカデ。
そして、弱いのはクモとタマムシ。
特に、タマムシは弱く。反対に、カブトムシは一強と呼べるほどずば抜けて強かった。
ニャン吉が「にゃあー!」と怪しく低い声で鳴くとそれを合図に一斉に走り出した。
「来るぞ! ミケ殿や鬼反殿が来られるまで耐え忍べ!」
甲は先頭に立って迎え撃つ準備をした。後方には、互いに背中を向けて輪になる獅子身中の虫たち。迫りくるニャン吉たち……のはずであったが、ニャン吉たちは1箇所に固まって動かなくなった。さらに、ニャン吉は何やら奇妙な呪文を唱えだした。
「寿限無、寿限無、五劫のすりきれ、海砂利水魚の、水行末、雲来末、風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポ、パイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助・邪王猫」
邪王猫の所だけ、もっさんが急に「ワオーン」と遠吠えを上げ誰も聞き取れないようにした。
獅子身中の虫たちは、ニャン吉の怪しい行動に困惑した。
ニャン吉たちは霞がかるとどこかへ消えた。
「何だったんだ? あの馬鹿どもは」
刃刺身は兄弟たちに聞いてみたが、誰もニャン吉らの意図が掴めない。
獅子身中の虫たちが戸惑っていると、北の道から声がしてきた。
「みなさーん! 私ですよー! ミケですよ!」
声のする方を振り返ると、遠くから毒溜広場へ走ってくるミケの姿が見えた。獅子身中の虫たちは皆ホッとした。
毒溜広場は噴水を中心とする円形の広場で周囲には店やホテル朝寝坊などがあった。広場からは東西南北に伸びるコンクリートの道路が敷かれていた。足元はレンガの敷き詰められており、ヨーロッパの雰囲気があった。しかし、今は所々が崩れて、廃墟のようになっていた。特に、南の道はビルが崩れ瓦礫の山と化して道を完全に塞いでいた。
ミケは北の道路から猫走りでこちらへやってくる。頭の上には、ミケの万象・楽缶を乗せて器用に駆ける。
同じ時、東の道からも柿砲台の間抜けな声もした。
さらに、西からも声がした。
「あれは……モモ殿と鬼反殿だ!」
甲は続々集まる味方に安堵の表情を浮かべた。
「みなさーん! 虫だけに無視はやめてくださーい!」
ミケが毒溜広場へ差し掛かる。その時、ミケの近くの建物の窓がガラッと勢いよく開いた。ミケは、囚人兵がその窓を開けたものと思い込んだ。それが魔、油断というものである。
窓から勢いよく白刃が突き出してくる。甲が「危ない!」と叫んだ。白刃はミケへと一直線に突っ込んでくる。しかし、甲の必死の叫びに、窓から飛び出した者に気付いたミケは間一髪で避けた。
「にゃふっ! なんですと!」
「ミケ、覚悟!」
窓から飛び出したのは武蔵である。刀を上段に構えて、ミケの首を狙う。ミケも不意打ちをくらい、右を横にして道路に横になっている。いわゆる、猫ろぶである。
「にゃふぁ!」
ミケは用意していた楽缶で武蔵の刀を防ごうとしたが、楽缶は一刀両断。ミケは猫の額から鮮血を飛ばし、顔を歪めた。
「クソ、浅かった」
武蔵は今の一撃が浅く、致命傷にならないことを悟ると、返す刀で下からすくい上げるようにミケの首を狙った。だが、ミケの楽缶から霧のようなものが勢いよく飛び出し、辺りに立ち込める。
「にゃふぉ! 今出ては困りマンモス!」
その霧は、ミケを天高く舞い上げた。そして、ミケは束の間戦線離脱。
次は、東から毒溜広場に差し掛かる柿砲台へ、マンホールから土手鍋小次郎の殺烏丸が衝き上げる。その刀は、柿砲台の頬を貫いた。
「おじゃあ!」
柿砲台はマネキン人形の万象を出していない時は、柿に目が3つと口が1つついているだけの姿である。その無防備な姿に、マンホールを吹き飛ばし下水から地上へ飛び出した下水道の臭い小次郎が土手鍋返しを放った。地面に水平に刀を振るい柿砲台を狙う。
「痛い! そして臭い!」
柿砲台はとっさに転がり刀を避けたが、その頬をかすめていく。
「ちっ! おしい」
「ふざけるなでおじゃじゃ!」
次は西。こちらはモモを先頭に鬼反、策幽、ケロケロ外道が続く。こちらは、柿砲台の襲われるのを見て警戒し、直前で止まり毒溜広場には入らない。
「におうな!」
モモが口を引きつらせ顔を洗った。鬼反、ケロケロ外道、策幽も戦闘態勢に入った。
すると、道の両側の路地の一つ一つからニャン吉、天馬、ホット、クラブ、骨男、もっさん、イーコ、御亀、モラッシーが現れた。
「ぺっ! この下衆猫め!」
「余計なお世話だにゃ! さあ、モモ! 今度こそ覚悟をしろにゃ!」
「また会ったな鬼反……。随分と老けたじゃないか」
「天馬め……またしても俺の邪魔をする気か!」
「策幽、お前とは本当はシロップでも飲みながら話をしたかった」
「ホット……、お前……。いや! 感傷に浸っている場合か?」
「ケーロケロ。毛ガニを見ていると反吐が出るぜ! お前、あの離岸流花畑の部下だろ?」
「煮ても焼いても食えるのが毛ガニだ!」
――町中で乱闘が始まる。どちらの悪知恵が……もとい。どちらの力が勝るか、この大都会で決する時が来た。
『次回6月21日(水)正午「町中大乱闘その二・広場壊滅」更新』
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