第23話 鬼市を探して

 万里の魔城で天子魔無明むみょうが『一線越えて鬼、死神、天子に戦を仕掛けよ』と無謀な主張していた頃、閻魔の間では夜明けを待っていた者達がいた。


 魔界鬼市救出作戦のために集ったニャン吉、武蔵、骨男、クラブ、タレは窓の外の暁の空を眺めていた。

「夜明け前に毒地獄へ行くぞ。用意はいいな」と言うと武蔵が椅子から立ち上がる。


 ニャン吉が一つ疑問を投げかける。

「でもどうやって鬼市を見付けるんだにゃ? 気配を消しているんじゃ……」

「それなら大丈夫だ」

 そう言うと武蔵はなにやら植物を出してきた。その植物は球根に口がついている。少し出っ歯だ。


「これは報連草ほうれんそうという植物で、鬼市が近くにいると声を発して教えてくれるらしい。レモンから預かったものだ」

「そうデス、ニャン吉様」

 レモンがよろけながらニャン吉達を見送りに来た。


「実は私、大地地獄で生まれてすぐの頃、魔界鬼市に自白剤を適量飲ませたのデスが……」

「適量じゃにゃくて致死量だったと思うにゃんけど……」


「その時についでに爆裂草ばくれつそうの種を飲ませておきマシタ」

「ん? 爆裂草? なんだにゃそれ」


「爆裂草は冥界火薬の原料になる物デ、すりつぶすとあら不思議、火薬に早変わり……シマス」

「レモン、無理するにゃ。そこに腰掛けるといいにゃ」


「ありがとうございマス。よっこいしょうイス……その爆裂草の種は寄生植物で、誤って飲み込むと体内に寄生して、内側から爆発するという恐ろしい種デス」

「そんな物飲ませるにゃよ」


「大丈夫デス。小鬼に飲ませた爆裂草の種は、その報連草を通じて合図を送らない限り爆発はしないように作ってありマス」

「……それで『死んでも止めます』みたいにゃことを言ったんだにゃんね……鬼市が死んでも止めますと」


 レモンはげっそりした顔でニャン吉に微笑みかけた。そして、椅子から立ち上がると再び話し始めた。

「それから、みなさん……まだ仮定の段階デスが、帰ってきたら話がありマス」

「レモン、分かったにゃ」


「小鬼のことは任せマス。もし、小鬼の野郎が帰らないとか言いやがったらぶん殴ってでも連れて帰ってくだサイ」

「クエッ」


「それでも帰らないナラ……崖から突き落とシテ……」

「お、おい……おめえ」


「頭が冷めるまで血を抜いテ!」

「レモン、クールになれ」


「従わぬなら殺してしまえ糞小鬼。信長並に頭キタ!」

 レモンは頭に血が登りその場に倒れた。救護班がレモンをタンカに乗せて医務室へ運んだ。


不如帰ほととぎしゅ殺しても何も変わらんで」

「レモンは体調悪ーいねー」

 集太郎とペラアホは心配でレモンに付き添う。


 閻魔がニャン吉達に「気を付けて行って参れ」と見送るが、その顔を見るなり皆クスクス笑い出した。


 閻魔は何が可笑しいのか分からなかったが、顔には炭で落書きされていた。


 額には『真』の字。

 顎には『之』の字。

 右の頬には『馬』の字。

 左の頬には『鹿』の字。

 続けて読むと『真之馬鹿まことのばか』と読めた。

 まぶたには目を描き、歯にはお歯黒、首には鬼の大将、鼻の下には変魔でぁいおーと書いてあった。


 筆跡鑑定するまでもなく、その字は犬のやつであった。


「さあ、行くぞ。ホテル朝寝坊に置いてきた招き邪王猫へ」

 武蔵がそう言うと縮地と唱えた。


 ホテルの屋上は荒れ果てていた。ニャン吉が毒地獄を旅立つ前に倒れて療養していたホテルだ。


「これは……にゃんだ」

 散らかっている物の中に描きかけである白猫の肖像画があった。頭部から前脚にかけてまで描かれていたが、そこから先は描かれていなかった。肖像画の下の方に木炭で気合を入れてこう書かれていた。

『この猫を描くのつまらん、本当につまらん』


「にゃ! この糞画家! にゃんクソッ!」

「ふっ、相棒落ち着けよ」

 クラブはクールに決めた。


 乱雑に置かれたガラクタの中にある石像があった。

「地蔵だにゃ」

「相棒、こいつは閻魔大王の彫刻だぜ。この彫刻は本人にあまり似ていないと言われている」

「本物の方がダサいにゃ」


「無駄話はそこまでにしろ。さて、骨男。地図」

 武蔵は地図を出すよう指示する。


 骨男は折り紙の鶴を取り出すと、その鶴に息を吹きかけた。すると、鶴は空へ舞い、広がって一枚の地図になった。


「さて、猛毒山脈はどこだ?」

 武蔵は地図を覗き込む。猛毒山脈は川を隔てポイズンシティの北東にそびえ立つ。

 猛毒山脈とポイズンシティを隔てる川の名前は、ポイズンシティの北から西へ流れる川が左川。北から東へ流れる川が右川といった。左川、右川は毒地獄の大事な水資源で、水源は猛毒山脈の北の台地にある毒湖どっこである。


「猛毒山脈の登山道は全部で九つあるが、集太郎とペラアホの力で大体は見当がついている」


 集太郎の予言では『池と広場』と出た。

 ペラアホの超能力では『ポイズンシティから放射状に伸びる線上』と出た。

 もちろん、本人等の言い方をそのまま載せるとわけがわからなくなるので武蔵が読解しておいた。


 武蔵は皆にどの登山道か聞いてみた。


「毒蛇道だな」

 骨男は即答した。

「どうしてそう思う?」

「武蔵師匠、おいらは毒地獄のポイズンシティの生まれでこの辺は割と詳しいんでぇ。ポイズン大学の仲間ともよく登ったけどよう、その条件に当てはまんのは毒蛇道くらいだぜ」

「分かった、毒蛇道へ行くぞ」


 骨男の先導で猛毒山脈の毒蛇道を目指す。


 毒蛇道はポイズンシティを見下ろすことができ、道も綺麗に舗装されて物の持ち運びに便利である。その上、道を外れれば生い茂る木々に谷に崖、洞窟も多く物を隠すにはうってつけの道であった。


 道中、囚人兵は武蔵を恐れて出てこない。撹乱作戦は成功である。


 ポイズンシティを抜け、右川を渡り、猛毒山脈の麓へと着いたニャン吉達。


 夜明け前、猛毒山脈は不気味だった。見上げると山は雲の上まで突き抜けていた。山がニャン吉達を嘲笑うかの様に遙か高みから見下ろしているように見える。


「さて、行くかにゃ」


 ――レモンの報連草を頼りに猛毒山脈へ挑む。ニャン吉は無事鬼市を連れ戻すことができるのか……。


 緊急事態宣言レベル二、地獄封鎖ヘルロックダウン中。


『次回「毒蛇道」』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る