第22話 悪道と無明の親子

 閻魔の間へ縮地したニャン吉と武蔵。武蔵は仔細を閻魔に報告した。

「なるほど、掃除大臣までが出てきおったか。かなりあせっておるな魔族は」

「して大王、魔族の連中をどうします?」


 閻魔は椅子から立ち上がると千鳥足で窓辺に寄った。そして、窓の外を眺めながらコーヒーを飲む……が外にいる犬の変顔が視野に入り、口のコーヒーを全てを吹き出した。


「ゴホッ、犬め……、まあいいか。武蔵よ、掃除大臣の一件は今触れるな。グハッ……だが、奴の発言は大いに利用しよう。『悪道は番犬候補時代の弱い弱いニャン吉との戦いの古傷が未だ癒えず戦線離脱。死神と天使は待機せよ』と宣言を出そう。ぶつ代、宣言文を頼むぞ」

「ふははは、閻魔。お主も悪よのう」とヒステリックぶつ代は閻魔をハリセンで叩く。


 その宣言は即座にまとめられ、十分後には閻魔の告知として冥界中に行き渡った。地獄には、門番を介して伝えられた。これで、魔族は死神・天使に遅れを取った。


 ――魔界の万里の魔城では魔族達が結集し、会議室で閻魔の宣言文が読み上げられていた。そして、任務失敗をした非江呂を皆が詰る。


「この魔界非江呂、面目次第もありません……」

「もういい! 退がれ非江呂!」

 悪道の怒号が飛ぶ。非江呂は応急処置をした腹部を押さえ、すごすごと引き下がる。


 魔族達は騒然とした。ある者は武蔵や閻魔を罵り、ある者は悪道と非江呂の失態を責め、ある者は今からでも反撃しようと逸るがその愚を責める者もあった。会議室では一族が揉めに揉め収集がつかない。


 そんな中、魔族をせせら笑う者がいた。一同は声の主を睨みつけ罵倒してやろうとしたが……その相手を見ると皆一様に青ざめ口をつぐんだ。


 その声の主は再び皆をせせら笑う。

「わっはっはっ! 相変わらず皆できもしないことを言って。大言壮語も甚だしいですなあ父上」

「……無明むみょう、何が可笑しい」

 声の主は壁際に寄りかかり腕組みをした少年である。卵型の顔、黒髪に釣り上がった黒目、青白い肌をした堀の深い少年である。


 少年の名は天子魔無明むみょう、悪道の三男である。


 無明は青いマントをなびかせ、悪道の御前へ歩み出る。その場にいた誰もが固唾を飲んで見守る。


 目を怒らし睨みつける悪道の前に畏まった無明。悪道は立ち上がる。

「無明! 俺に何か言いたいことがあるのではないか? そうだろ!」


 魔族であれば悪道の大喝に誰もが震え上がるところであるが、無明は満面の笑みで受け答えする。

「父上は一体何を迷っておられるのです? 選択肢は二つ、この失態を恥じて自害なさるか、はたまた伏魔殿のミケ・モモと協力して閻魔・番犬及び鬼、天使、死神共を皆殺しにするかですよ。」

「ほう! 俺に死ねと言うのか!」

 とうとう堪忍袋の緒が切れたようで悪道は無意識に魔力を開放していた。


 周囲は慌てて悪道と無明の間に入る。皆一様に悪道をなだめるが全く効果はない。

「退け貴様等! 無明! 俺の前に出てこい!」

 悪道の怒号が飛ぶと魔族達は一斉に道を開けた。


 烈火のごとく怒る悪道を平然と見る無明。

「無明、お前はこの俺を舐めているようだな」

「ははっ、私が父上を? 御冗談を。父上のことは尊敬しておりますとも」

 無明の言葉に真実味を感じ取った周囲の魔族達は僅かに安心した。しかし、言葉は少し間をおいて続く。


「ただ、私はこう言いたいのです。父上及びお祖父様が邪魔だと」

「私と現・第六天魔王様が?」

「そうです」


 悪道はその意図をすぐに察した。しかし、周囲の魔族は未だ理解できていなかった。


「いいですね父上。例え、ミケ・モモを利用して魔族全員でかかっても、鬼だけならともかく死神や天使を相手にするのはさすがに自殺行為です。そこで戦に勝つには――」

「戦に勝つには俺と我が父・第六天魔王様が邪魔になるわけか。要するに二つの究極魔法が欲しいのだな?」

 無明は声に出さずに歪んだ笑みを浮かべた。


 周囲の魔族は皆、察した。その二つの魔法とは代々第六天魔王に就任するものが受け継いできた魔法である。現魔王と後継者・天子魔悪道がいなくなればその子である無明の物になるというわけだ。もちろん、上二人の兄を差し置いて。


「そうです。魔法の中で最上級の威力のある究極魔法、『阿鼻あびの炎』と『原子爆弾』の二つが欲しいのです。もちろん私には法律や協定など守る気はさらさらないので自由に使うつもりです」

 無明は目を輝かせながら、嬉々として答える。


「無明! 何を言うかこの青二才!」

「何を仰る! 相手を従えてこそ魔の本懐! 近くの敵は阿鼻の炎で焼き払い、屈しない集団には原子爆弾を落としてから服従させればいいのです! 父上や皆は魔の誇りを忘れたのですか!」

 冷や汗をかく悪道と熱っぽく語る無明。傍から見れば、情熱に燃え無謀なことに挑戦したがる息子とそれを嗜める父親に見える。


 無明の言葉を最後に場は静まり返る。


 そこへ、悪道十人衆が宴会芸を披露するため列をなして会議室へ入って来た。誤って入ってきた。

「あっ、ちょっと、用事よーうじ、はーい、あーりまーして……あれ?」

 どじょうすくいの格好をした場違いな十人が場を白けさせる。


 無明は会議室を立ち去り、悪道は外の空気を吸いに行った。


 無明が悪道に言いたかったことは唯一つ。

『一線を越えよ』である。

 無明は悪道よりも、より一層魔、深淵の魔人であった。その心知り難き。


 少し無明について触れておこう。


 ――天子魔無明とは、天子魔悪道の三男である。

 幼年時代、無明は何を見ても笑わなかった。それを心配した周囲の魔族が手を尽くしたがニコリともしなかった。


 初めて笑ったのは拷問所で囚人の拷問を見た時で、その日は興奮から夜眠ることができなかった。そのことが周囲を驚かせた最初のできごとである。


 他にも恐ろしい話があるが、要約すると自分の欲を満たすためなら平気で殺すのである。

 手段を選ばないならまだいい。物を奪うのにもまずは殺してから奪うかどうか考える。何かをするのにも邪魔者をまずは殺してから行動を起こすかを考える。つまり、順序が逆である。


 絶対に相手を支配することだけを考えているのである。


 そんな無明は身内にも手をかけようとして父に叱られたこともあった。


 父・悪道や祖父・第六天魔王のことは尊敬していたが、その無明が邪魔と言ったのだ。周囲の魔族が震え上がったのも無理はない。


 最後に無明につけられたあだ名は奪命王子だつみょうおうじで、その名に無明は誇りを持っていた。


 ――天子魔無明は魔族にも危険視されている。父の悪道だけが我が子のことを思い厳しくするが、無明の方は父を尊敬すれども……。


 緊急事態宣言レベル二、地獄封鎖ヘルロックダウン中。


「次回『鬼市を探して』」

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