第21話 掃除大臣

 魔族を戦力外に追い込もうとする武蔵。その武蔵を消そうと追手を差し向ける悪道。迫る追手は掃除大臣の魔界非江呂。


 今、魔境地獄の草原で武蔵と非江呂の死闘が始まる。


「覚悟!」

 非江呂ぴえろは低く響かない声で言い、ステッキの仕込み刀で武蔵の首を狙う。その首に刀が届く直前に武蔵は縮地をした。


 非江呂の背後に縮地をした武蔵は、抜刀し非江呂の背を突く。しかし、非江呂に先読みされ悠々避けられた。それどころか、非江呂は反撃してくるので武蔵は縮地で避ける。


 魔界非江呂は武蔵より遥かに強い。実践経験も豊富で、こと暗殺となれば武蔵は非江呂の足元にも及ばない。


「ほほほ、縮地とは便利なものですねぇ」

「流体化するお前の技ほどではないがな。掃除大臣さんよ」

「あの技は我が魔界家嫡流に伝わる、炎上えんじょうエンジョイという技でしてな。体を炎の様に変える技で……あのメラ公みたく物を燃やしたりはせん。というか、メラ公は本物の火の玉であって私とは何も関係無――」

 武蔵は話の途中で非江呂に斬りかかるが、炎上エンジョイで避けられる。この状態の非江呂は形がないため斬れない。


 炎上エンジョイは体を流体に変える技で炎に似せてはいるが本物の炎ではない。どちらかといえば煙に近い。この技は使い手の魔力が高ければ变化する火の玉も増やせる。非江呂の場合は六つの火の玉に变化できるため、自己顕示のためにいつも六つの炎に分かれて变化する。

 つまり、メラ公は何の関係も無い。ただの野良・火の玉である。


「ほほ、まだ私が話しておるだろうが!」

 非江呂は怒鳴ると武蔵に斬りかかる。すると武蔵は「招き邪王猫二へ縮地」と言って縮地した。


「ほほ、またですか」

「さすがの掃除大臣も縮地にはついて来られまい」

「果たして……そうなるかな!」

 非江呂は武蔵を追いかけるが、やはり縮地をして避けられる。


 六角形に並んだ招き邪王猫は、その一からその六まで番号をふってあった。間抜け面の阿呆猫が六匹である。


 非江呂も馬鹿じゃない。武蔵の唱えた縮地の言葉から、どの招き邪王猫が何番なのか尽く記憶してゆく。

(武蔵よ、もう少し分かりにくい名前にすべきだったな)


 非江呂は先読みして、縮地先の武蔵に斬りかかる。

「ここだぁ!」

「む!」

 武蔵は辛うじて非江呂の真っ向切りを受け止めるが……そのまま押され肩まで刀が届く。武蔵の紋付きに血がにじむ。左肩からの血が、御結おむすび横向き海苔付き紋を血で染める。


 武蔵は非江呂の刀を押し返すと縮地する。

「クソッ、またか」

「掃除大臣よ、私は軽症だ」

 非江呂がこちらを振り向く前に武蔵は工作する。

 武蔵は縮地をした先の招き邪王猫のネクタイを密かに頭から首に巻き直した。すると招き邪王猫は片腕を下ろし、ベローンと出した赤い舌を口に収め、アホみたいに上を向く目も真剣な目つきになった。そして、隣の邪王猫へ武蔵は縮地をした。


「ほほほ、武蔵よ。もう無駄な抵抗はやめて……えっと……あの……そう! あそこにいる白猫と一緒に魔界の土にならんか?」

「ふっ、お前程度でこの俺を倒せると思っているのか?」

「小癪な! くたばれ! おむすびコロリン!」

 非江呂は武蔵めがけ飛びかかる。


「縮地、招き邪王猫四」

「この青二才の海苔結びが!」

 縮地と唱えた武蔵の姿が霞みがかるのを確認したら、非江呂は急停止し後ろを振り向く。その方向には招き邪王猫四がある。


「豎子が!」

 非江呂の言った言葉にニャン吉は反応する。そして豎子じゅしと言う言葉を武蔵の辞典で調べた。未熟な者を蔑んで言う言葉と載っていた。


 招き邪王猫四へ振り向いた非江呂は笑みを浮かべた。そして、ありったけの魔力を込めた魔法の卵をそこへ投げつける……しかし、武蔵は一向に現れない。


「な……これは」

 魔法の卵は遥か遠くまで飛んでいき、賭博で勝って上機嫌の牛の魔物付近に着弾した。強い光とともに爆音が轟き、牛は魔法の卵で遠くまで吹っ飛んだ。もう嫌だと叫びながら……。


 驚き慌てた非江呂は素早く武蔵の元いた所を振り返る。そこには、大開放インフレーションを使い突きの構えをする武蔵がいた。招き邪王猫四とは先程の首にネクタイを巻いて縮地をできなくしたやつである。つまり、阿呆面五匹、真面目な一匹である。

「小童!」

「くらえ!」

 武蔵は一気に非江呂に詰め寄り、白く輝く刀で非江呂の体を貫いた。不意を打たれた非江呂は避けることもままならず、腹部を貫かれた。


 刀を腹部から抜きながら更に斬りつける武蔵。非江呂は腹部を見ると、血が溢れ出していた。慌てて傷口を押える非江呂。手もタキシードも地面とそこに生える草も朱に染まる。


「勝負ありだな掃除大臣さんよ」

「貴様……よくも……」

 勝負は決した。いかに非江呂が悔しがろうとも、勝敗は動かない。


 武蔵は追撃の手を緩めない。懐から取り出した招き邪王猫を非江呂めがけて蹴り飛ばす。

(にゃんてこった! 蹴りを入れるとはにゃにごとだ!)


 顔を歪め苦しむ非江呂の所まで邪王猫が届くとそこへ縮地をする武蔵。そして、非江呂へ袈裟斬りに斬りかかる。一切加減することなく命を取りに行く武蔵。非江呂は何とか仕込み刀で受け止めるが……体力も魔力も底を付きそうであった。


「鬼達の受けている苦しみを思い知ったか。もう楽になれ」

「……撤退だ」

 満身創痍の非江呂は炎上エンジョイで六つの緑色した火の玉となり空へ飛び上がった。その内の一つで一番大きな火の玉から周囲に横たわる掃除部隊めがけ炎が幾筋も放たれる。炎は部下を焼き尽くし、緑色の火の玉へと変えると空へ浮かび上がらせる。


「お……ぼ……え……て……い……ろ……武蔵と……名前忘れた! そこの白いモフモフ」と非江呂は捨て台詞を吐いて万里の魔城方面へと飛び去って行った。


 非江呂が去るのを見届けた武蔵とニャン吉は招き邪王猫を回収すると梁山泊を目指した。


 武蔵とニャン吉は梁山泊に登り、適当な所へ招き邪王猫を一つ置く。そこは木々が重なり空からは見通しが効かない、物を隠すにはうってつけの場所だ。念の為、武蔵は穴を掘ると招き邪王猫をそこへ埋めた。

「そこまでしにゃくても」

「念の為だ」

 ニャン吉は砂をかけられる招き邪王猫を複雑な気持ちで見守った。いつも砂をかけていた糞の気持ちが僅かばかり分かってきたようである。


 用が済んだところで、武蔵とニャン吉は閻魔の間へ縮地した。


 ――悪道の刺客、掃除大臣を打ち破った武蔵。


 緊急事態宣言レベル二、地獄封鎖ヘルロックダウン中。


『次回「悪道と無明の親子」』

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