第20話 失言

 魔界非江呂ぴえろは火の玉が床の絨毯に着けた火の消火をする。


「とんでもない奴だ、あのメラ公。さて、獅子王様、武蔵様、お待たせしました。ここが悪道様のおわすお部屋にございますよ」


 非江呂はそう言うと扉を開けようとする。だが、突然振り返りニャン吉に「地獄耳は千里眼と同じ五感の第六感化だよほほーん」と言って戯けた。

「その話は後でにゃ」

「はは、お恥ずかしい所を……さて開けますか」

 何がお恥ずかしいのかはともかく、非江呂は腰をフリフリしながら扉を開けた。


 ニャン吉と武蔵は天子魔悪道の部屋へ招かれた。緋色の絨毯に玉座があるだけの簡素な部屋である。青いレンガの壁には幾つもの藁人形が五寸釘で打ち付けてあった。これが悪道の呪われた趣味の一つである。


 武蔵は一礼をしたら、悪道の目を見て詰問を始めた。

「悪道様、この度の乱は魔境地獄で起こったのはご存知ですな」

「ははは、もちろんだとも」

「伏魔殿も落とされ、この地獄も支配される体たらく。挙句の果てには地獄中が大混乱。その間あなた方は抵抗らしい抵抗もせずこのような所へ避難されるとはどういうことですかな?」


 悪道はワイングラスを片手に涼しい顔して答える。

「いやいや、手強い手強い。あのモモやミケなどの連中は」

「では、今すぐ反撃なさい! それがあなたの責務でしょう!」


 険しい顔で詰め寄る武蔵に、顔色を変える悪道。悪道は不快そうに低い声で言い返す。

「それは、閻魔が言ったのか? そうだろ? 武蔵」

 その問いに武蔵は厳しい口調で返す。

「法律がそう申しております」

 予想外の回答に悪道の舌打ちが辺りに響く。


 舌鋒鋭く責立てる武蔵に悪道は苛立ちを隠せない。いや、それどころか腰元の刀に手をかける悪道。ただでは返さんとその手が刀を握る。


 一触即発。


 慌てた非江呂が悪道へ駆け寄り耳打ちをする。

「悪道様、ここで小奴らを害せば我等の立場は危うくなります。飽くまでも法に則った侵略をすべきです。大義名分なく動けば我等もモモ・ミケ同様犯罪者。下手すれば死神はおろか天使までも敵に回すやもしれません」


 悪道はその言葉で冷静さを取り戻すと、突然脚を抑えて苦しみ始めた。非江呂もわざとらしく悪道を支える。


「イタタタた、痛くて死にそうだ!」

 悪道はニャン吉の方を見てそう言った。


「どうしたのです? 悪道様」

 武蔵がそう聞くと悪道はニャン吉の方を意地悪そうに見ながら理由を語る。


「実は武蔵とやら。この私は番犬の試練中、獅子王と戦った時に脚を負傷したみたいでね。その古傷が傷んで戦えそうにないのだ。まあ、すぐに回復するとはおもうが、それまでは番犬と鬼達だけで対応してはくれまいか。閻魔にもそう伝えてくれ」

 咄嗟に見え透いた嘘をつく悪道。それも、獅子王のところを強調してそう言った。暗に獅子王が悪いと責めているのだ。


 一瞬、武蔵とニャン吉は激怒しそうになったが、怒りをこらえて武蔵が冷静に言う。

「……承知しました。怪我ならしょうがないですね。お大事に」


 武蔵はニャン吉と退出しようとすると、非江呂が外まで送ろうとしてきた。それを武蔵は制止した。立ち去る武蔵の顔がどんな表情なのか興味津々で覗き込む非江呂。だが、その表情には余裕があり、非江呂は解せなかった。


 去り際に武蔵は聞えよがしに言った。

「あの時のニャン吉に負けて怪我をする程度の強さなら戦力外だな。閻魔にもそう報告するか」


 武蔵の言葉で悪道と非江呂は自分達の失態に気付いた。だが、武蔵はニャン吉と共にすでに縮地をしてしまった。


 魔族は戦力外だ。鬼が負ければ魔が堂々と侵略に出て行けるはずであったが、死神が先に出る口実を与えてしまったのだ。


「非江呂」

「はっ! 直ちに」

 非江呂は千里眼で武蔵達を探した。まだ、万里の魔城の前にいる。


「悪道様」

「非江呂、掃除してこい」

「剣士と猫ですね」

「いや、邪魔する者は全てだ」

「承知」


 非江呂は火の玉になり空を火矢の如く飛んで行く。非江呂は掃除のために部下の掃除部隊を呼びに行った。これから何をするかは悪道の冷たい表情が物語っている。


 その悪道の前に火の玉が一つポツンと漂っていた。

 悪道は思わず「お前、非江呂じゃなかったのか!」と驚きの声を上げる。


 その言葉にショックを受けた火の玉は悲しそうにカーテンへ近寄る。そして、カーテンに体を擦りつけて放火した。火の玉は螺旋状に飛びながらどこかへ去っていった。


 呆気に取られた悪道が慌てて消火したのは言うまでもない。


 万里の魔城から出た武蔵とニャン吉は、梁山泊を目指して全力疾走する。

「師匠、どうしてあんにゃことを」

「思わず」

「にゃんと!」

「と言うのは冗談だ。これで掃除大臣が我々を殺しに来るだろう」

「だからそれはにゃんで……」

「掃除大臣をここで討つ!」

 そこまでいうと武蔵とニャン吉の前に緑の火の玉が幾つも降ってくる。掃除部隊を率いた非江呂が武蔵とニャン吉の前に立ち塞がる。


「どちらまで行かれるのかな?」

 非江呂の不気味に明るい声が武蔵達を引き止めた。数人の部下を引き連れていたが、皆黒一色の人形ひとがた黒子である。やはり顔が見えない。


 武蔵は六つの招き邪王猫を自分の周囲に六角形にばら撒く。いわゆるハニカム構造である。

「これはこれは、お掃除ですかな?」と言い放つ武蔵。

「……かかれ!」

 非江呂は問答無用で部下達の掃除部隊に武蔵を襲わせた。口調も粗野である。


 武蔵は後方へ飛んで退くと掃除部隊はそれを追う。掃除部隊が招き邪王猫を越えた辺りで武蔵は「縮地、邪王猫いち」と唱え縮地した。


 掃除部隊は突然霞がかって消えてしまった武蔵に困惑し足を止めてしまった。その背後から現れた武蔵。

「なっ!」

 戸惑う掃除部隊を流れるような太刀さばきで武蔵が斬りつける。部隊はまたたく間に壊滅した。

「命まではとらん。安心しろ」と武蔵は言った。


 非江呂は「ゴミ掃除開始」と低く響かない声で言うと仕込み刀のステッキをスラッと抜き放つ。


 草原に風が吹く。対峙する二人の間を冷たい風が通り抜ける。今、武蔵と非江呂が激突する。


 ――天子魔悪道へ直談判へ行ったニャン吉と武蔵。悪道の失言を利用し魔族を牽制。掃除大臣が武蔵とニャン吉の命を狙う。


 緊急事態宣言レベル二、地獄封鎖ヘルロックダウン中。


『次回「掃除大臣」』

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