第19話 直談判

 モモに旧型・番犬の首輪を奪われてしまった。これで敵方の動きが読み辛くなった。


 ニャン吉達は閻魔の間へ戻って善後策を練る。……が話が纏まらない。


(埒が明かないな)と考えた閻魔は帝王眼で武蔵を探して、使いに呼びに行かせた。間もなく武蔵は帰還した。


 一連の事件について聞いた武蔵は目を閉じ苦慮する。

「……やはり今から魔族の所へ行くべきでしょう」

「武蔵、しかし……」

「大王、奴等に足元を見られないようにします……それに別の用で一度魔界へは行かねばならないですから」


 武蔵はそういうとニャン吉に来るように言う。

「獅子王、これから天子魔てんしま悪道あくどうの所へ直談判に行くぞ。番犬にはそれをする権利がある」

「でも責任追及するにゃら慎重にってにゃ」

「ここまできては言い訳させん!」


 閻魔はそこまで聞くと「分かった、行け」と許可を降ろ下し「奴等は万里の魔城ばんりのまじょうへ避難しておる」と教えた。


 ニャン吉と武蔵は魔境地獄の登り門へと縮地した。


 登り門へ着くと辺りを見回したニャン吉。魔界には囚人兵は一人もいなかった。

「にゃんで囚人兵がいないんだにゃ?」

「魔界に囚人などいたら魔族が何に利用するか分からん……今回みたいにな。……無駄話はやめだ。急ぐぞ」


 ニャン吉と武蔵は魔族が避難しているという万里の魔城を目指し駆けてゆく。澄み切った青空の下、大草原を疾駆する。途中、右手に梁山泊が見えた。

「梁山泊かにゃ……」

「帰りに寄るぞ」


 草原地帯を抜けると巨大な湖に出た。湖は青く透き通っていて、風が吹かず湖面が平らな時は底の方まで見渡せた。湖の中央には砦が張り巡らされた要塞が浮かんでいた。レンガ造りの茶褐色の砦が辺りを威圧していた。


「あれが万里の魔城。万里の長城によく似た要塞だ」

「分かったにゃん! よし! 行くにゃん!」

「待て! おい獅子王!」

 ニャン吉は湖を渡るため前脚を水につけると煙が立ち上る。


にゃちー!」

 湖から飛び上がりノミの如く後ろへ飛んでゆく。


 不用意に水に入ったニャン吉を武蔵が叱る。

「お前は迂闊過ぎる! ここは魔界だぞ! この湖は骨男の発明の溶ける君のモデルになっている危険な湖だ。何でも溶かすぞ」


 ニャン吉が落ち着いたところで武蔵は招き邪王猫を二つ取り出す。招き邪王猫のネクタイを頭から外れないようにしっかりと巻き直すと、その一つを魔城の砦に投げ入れた。

「獅子王、縮地であそこに飛んで入るぞ」


 もう一つは近くの木の下に置いて帰り道を確保した。

「これは帰り道だ」

「空飛べばいいのににゃ」

「だからさっきも言っただろ! ここは魔界。油断するな! 生物が空から侵入を試みるとレーザーで迎撃されてしまうぞ!」

 武蔵の注意と同時に、魔鳥が魔城へ近付いてきた。魔鳥は緑色の鳥で、くちばしからよだれをたらしながら嬉しそうに魔城に降りようとした。


 魔城は砦の至る所に設置していたレーザー石から黒いレーザーを発した。魔鳥は焼鳥となって湖に落ち、ジュウジュウ音をたてながら溶けた。


「にゃんと!」

「あれがいい見本だ」


 武蔵とニャン吉は砦に投げ入れた招き邪王猫へと縮地する。砦の中、招き邪王猫が壁に左半分めりこんで、覗き見しているみたいであった。武蔵は招き邪王猫を壁から取り出すと、その辺へ安置した。


 空には再び例の魔鳥が現れた。やはりよだれをたらしている魔鳥はレーザーの餌食になった。その姿を見ても他の魔鳥はよだれをたらしながら嬉しそうに後を追い、次から次にレーザーに殺られる。馬鹿は罪だ。


 砦を越えると橋を渡り要塞へ。途中下を見ると人面魚の泳ぐ水槽が橋の下にあった。ニャン吉と武蔵が人面魚と目が合うと、むこうは微笑む。と同時に魔ワカメに食われた。


 橋を渡り、門の前で武蔵は呼ぶ。

「新世代の番犬、獅子王が参ったぞ! この門を開けられよ!」

 門は独りでに開いた。

「入られよ」

 門の奥から低く不気味な声が響いてきた。


 開け放たれた赤い鉄門の中の様子を覗う。暗くて良く見えなかったが、緋色の絨毯が奥に続いているのだけは分かった。


 門を抜けるとニャン吉と武蔵の前にどこからともなく火の玉が現れた。怪しく、緑色に燃える火の玉は奥から幾つも現れる。七つの火の玉が周囲を遊ぶように舞い、その内六つが集まり一つの大きな炎の塊になる。さらに人形ひとがたになると、炎は小柄な老紳士へとなった。


「ようこそ、天子魔の要塞、万里の魔城へ。主に会いたいかーい?」と老紳士は最後だけ軽い調子で聞いた。


 老紳士はタキシードにシルクハットと正装してステッキを片手にしていた。何故か白い顎髭を除いて顔が見えない。老紳士は明るく親しげだ。

「私、悪道様に仕えております掃除大臣そうじだいじん魔界まかい非江呂ぴえろと申しますってか。どうかお見知りおきをってか」

 魔界非江呂は軽やかにタップダンスを踊りながら自己紹介をした。


 ニャン吉は呆然としていた。それを武蔵は嗜める。


「獅子王様と御結武蔵様ですね。ぬはははは! 私はあなた方に会えて嬉しいワイ」

「私は冥界の剣術師範・御結武蔵と申します。こちらは新世代の番犬、獅子王です」

「よろしくにゃ」


 非江呂はどことなく嬉しげに手招きをする。

「さあ、私についてきてください……ん?」

 先程集まってきた火の玉の内一つが、非江呂とならずに未だ宙をさまよっていた。


 その火の玉に非江呂は「なんだぁ? お前は。あっちへ行け。しっしっ!」と冷たくあしらう。


 せっかく集まったのに……、と言いたげな火の玉。


 非江呂は口からフッと息を吐くと、天井のシャンデリアに緑色の火が灯る。辺りが明るくなると物々しく殺風景な通路が見えてきた。天井は低く、壁面も床も青いレンガで造られ、その上を緋色の絨毯が血のように奥へと誘う。


「まるで、牢獄だにゃ」

「ああ」


 通路を進みながら非江呂は話しかけてくる。

「お二人は、旅行ですか?」

「は?」

「これはこれは、すまんっ! でございます」

 非江呂の問とテンションに武蔵は答えられない。


「ところで師匠。掃除大臣というのはギャグかにゃ?」

「いや、掃除大臣というのは魔族の暗殺部隊だ。魔界の治安のために魔界家の優秀な嫡流が代々務めてきた――」

「我等魔族の敵を掃除するのが我らの役目です」

 非江呂はニャン吉と武蔵の話に割り込んできた。束の間目が鋭くなり、語調も荒々しくなった。


 ニャン吉は、気を抜けない相手であることを悟った。魔を相手に油断は愚だ。


「地獄耳だにゃん」

「いかにも私、魔界非江呂は地獄耳の使い手です」

 またしても親しげである。


「さて、着きましたよ。この門の向こうに……おい! まだいたのか火の玉! あっちへ行かんかメラ公!」

 先程の火の玉が非江呂についてきたので非江呂は叱り飛ばした。


 寂しそうに火の玉は床に降りる。そして、緋色の絨毯に体を擦り付けた。すると、絨毯には火が着いた。火の玉は螺旋状に軌道を描き去っていった。

「め……メラ公! 覚えていろ!」

 非江呂は大慌てで消火した。


 ――ニャン吉と武蔵は魔界へ直談判。万里の魔城では、魔界非江呂の案内で奥に通される。


緊急事態宣言レベルニ、地獄封鎖ヘルロックダウン中。


『次回「失言」』

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