心の魔との闘争、悲劇の音楽家

 虫達もレモンも前を向いて修行を始めた。


 ある昼、昼食の時に三色結びがきれいにそろっていたので武蔵は扇子を持って大喜びで舞を舞い始めた。


 クラブはその舞に合わせて和琴を弾こうとしたが、弦をハサミで切ってしまった。あの図太いクラブが珍しく落ち込んでしまった。


 それに気付いた武蔵は(クラブに出たな、魔よ)と思い、クラブに声をかけた。

「クラブ、お前は楽器が得意なんだってな」


 クラブは和琴を見て失意の表情をみせる。

「武蔵師匠よ、見ての通りだ。俺はこのハサミのせいで弦楽器を弾くことができないんだ。和琴や三味線を弾けないせいで乙姫様から『弦恐怖症の宮廷音楽家め!』とか言われ、酒が入っている時は『引っ込め凡才ガニ』と酒の入ったコップを顔に投げられた事もあった……」


 クラブは初めて格好をつけずに赤裸々に話をした。

「笑ってくれ! 俺は所詮唯の毛ガニだ!」

「色々工夫はしてみたのか?」


 クラブはハサミを見た。

「ああ、道具も色々使ってみたし、脚も使ってみたがどれも駄目だった」

「脚はどうして駄目だったんだ?」

「ハサミの様には動かない。フルートの穴を押さえるのとはわけが違う」

「鍛えてみたか?」

「ああ、ありとあらゆる方法で」


 武蔵は何かを思いついたみたいで、骨男に金属を渡した。

「骨男、その金属を加工して欲しい」

「どんな形に?」

「クラブのハサミの形に、ちょうど手袋をするように」

「分かった、いっちょ取り掛かるか」


 クラブは武蔵に「武蔵師匠、気持ちはありがたいが俺のハサミは少々の硬さの金属なら切断する。無理だ……」と力なく言った。


 骨男はものの数分で完成させた。しかし、クラブはそれを着けようとしない。


 武蔵はクラブと向き合う。

「クラブ――これを受け止めてみろ!」

 武蔵は腰の刀を抜いてクラブに斬りかかった。クラブはハサミでそれを止めた。


「クラブ、俺の刀を切断してみろ」

 クラブはハサミで切断しようとする……しかし、できない。


「こ……これは……」

「いいかクラブ。これは冥界鉄という金属でできていて、この山で取れる冥界最強の強度を持つ鉄だ。その手袋も同様の物でできていて、滑らかに加工してある。この強度だから極限まで薄く延ばせる」


 武蔵は三味線をクラブに渡して弾くように促す。クラブは無言で頷き手袋をはめて三味線を受け取る。


 ――クラブは三味線の弦にハサミをかけた。なんと、三味線を弾けるではないか!


「おお! すっ……素晴らしい! ありがとう武蔵師匠、骨男」


 クラブは感無量で鳩ぽっぽを弾くと、虫達が寝てしまった。


 武蔵は「さて」と言うとタレの所へ行った。

 またしても横になっているタレを叱り飛ばすために。


「何をしている!」

「クエッ! 水嫌い」

「どうしても水に入るのが嫌なら他の修行をすればいいだろ」

「修行は面白く無い、クエッ!」

「お前はニャン吉の仲間だろ! 皆、必死になって自分の限界を超えようとしているのにお前はいつも邪魔ばかりして!」


 これまでタレは虫達に遊ぼうと誘ったり、クラブを水に入れたりして、修行の邪魔をしていた。


「聞いているのか! タレ!」

 武蔵の叱咤にタレはそっぽを向いた。


「火喰鳥として生まれて来て、ある程度の鍛錬も積んでいて、獄卒士一種の免許も取って、少し修行すれば仲間の中で軽く最強になれるだろうに……何故努力しない!」

「クエッ! 面倒くさい!」

「面倒くさいだと……これほど条件が良いのに面倒くさいだと! お前は火喰鳥なのだぞ! 集太郎やペラアホみたいに力がないわけでもない、レモンのようにハンデもない、クラブや骨男よりもはるかに強力な種族であるのに」

「クエッ! 武蔵うるさい! ニャン犬達つまらん! やっぱり来るんじゃ無かった! クエクエ!」


 武蔵は深いため息を吐いた。

「……ならば早く下山しろ! お前がいると迷惑だ!」

「クエッ! 言われなくてもそうする」


 タレはどこかへ飛び去った。


 そのやりとりを見たニャン吉は武蔵に言う。

「師匠! 言い過ぎだにゃん!」

「ニャン吉! 他の奴の心配をする暇があったら自分の修行に専念しろ!」


 ニャン吉は翼を出して広げ、タレを追いかけようとした……が、武蔵に回り込まれ木刀で地面に叩き落された。


「何をするんだにゃん!」

「黙れ! 馬鹿者が! 梁山泊を甘く見るな!」

「僕もそう思う。タレは下山すべきだ」と鬼市は武蔵に同意する。


「ニャン吉、タレはあのままでは駄目になる。お前達が真剣に修行をして、己の弱さに打ち勝っているというのにタレはそれを元に戻そうとしていた」

 武蔵の言葉にニャン吉は黙る。

「タレは今、お前達にとって魔となっている。この山は魔の山だ、一瞬でも油断すると終わりだ。それをタレはまだ分かっていない。下山をせねば山にやられてしまう」

 ニャン吉は己の浅はかさを恥じ、千里眼の修行の続きに戻った。


 ――クラブは弦恐怖症を克服した。その間、タレが修行を嫌い飛び去る。


『次回「心の魔との闘争、火喰鳥の衝撃」』

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