学びと鍛錬と
武蔵は最後に言論について語った。
「『世界には二つの力しかない。剣と精神の二つの力で最後には必ず剣は精神に打倒されると』とナポレオンは言った。ペンは剣よりも強し、つまり武力よりも強大な力が言論なのだ」
武蔵はニャン吉に合わせてアメリカ独立戦争を例に語り出した。
「アメリカ独立戦争の時、母国の武力を恐れる民衆を立ち上がらせた強力な力となったのは一冊の本であった。その本はトマス・ペインの『コモン・センス』という本で、常識という意味だ。独立するのは、我等の権利を守るのは常識であると、独立の精神を普遍の常識まで高める力を発揮し、事実アメリカは独立した」
武蔵はその逆の例についても触れた。
「逆に言論が悪い方へ利用された例は古代ギリシアだ。古代ギリシアでは詭弁が流行り衆愚政治が横行した。真実より相手を負かす事に重きをおいて民主主義を崩壊させたのだ。馬鹿な民衆という衆愚政へ移行していき、その流れに抵抗したソクラテスは処刑された」
武蔵は結論する。
「さらに、ファシズムにも言論は利用された。それほど大きな力を持つ言論だからこそ必ず責任が生じる。無責任な言論がいけない理由もそこにある。共存か分断かを決める分かれ道がそこにはある」
「分かったにゃん!」
「よし! ならば今、学んだ事を活かして心の眼を開くぞ!」
ニャン吉達は千里眼の修得の修行を続ける。学び、動き、修行をした。
――やがてニャン吉達は正視眼を会得した。
「やったにゃん! できたにゃん! 師匠、あそこには『カラスの行水一番風呂』って書いてあるにゃん!」
「正解だ!」
ニャン吉は隣の山に貼ってある貼り紙を見る事ができた。
レモンは「良かったデスネ、ニャン吉様」と喜ぶ。そんなレモンは第三の眼、心眼を会得していた。
正視眼を会得したニャン吉は、心眼を開くために心の眼の学習と修行を始めた。その頃にはニャン吉以外は全員心眼を会得していたので思い思いの修行を開始していた。
虫達は更に目を鍛えている。
レモンは生き埋めになった時にヒントを得た技、土竜の一生という地面に潜る技を練習していた。
骨男は武術の鍛錬と歪んドールの改造をしているようであった。
クラブは乾燥に耐える訓練中。
タレは開眼まで開けたので武蔵の提案で水に慣れる訓練を嫌嫌始めている。
ちなみに、鬼市に修行は必要ないらしい。
武蔵はそれらを監督しながらむすびを食っている。梅、おかか、シャケの一つでも欠けると歯ぎしりが止まらない。
ニャン吉は更に学習を進めて行った。
夜になるとキャンプファイヤーを囲ってニャン吉達は晩飯を食べる。
魑魅魍魎が火の光に照らされ不気味極まりなし。
集太郎はキャンプファイヤーでマシュマロを炙って食べようと提案。皆は苦歩歩持参のマシュマロを焼いて食べた。ニャン吉はマシュマロを鼻から食べてこう言う。
「これだけは鼻から食べにゃいと落ち着かにゃい」
――その頃、ビッグ5の連中がどのように修行しているのか少し覗いてみよう。まずは山田もっさん。
山田もっさんは土手鍋小次郎と修行をしていた。キッツーネとヌキダヌ、毒針ツンも奮闘中。
「うん、もっさんいいぞ。正視眼が開けたじゃないか」と小次郎が穏やかに言う。
「ふう、中々大変だったぜ」
「俺はもう心眼が開けたぜヌキダヌ」
「ふふふ、私もですよキッツーネ」
二匹は張り合っている。
もっさんは「じゃあさっさと心眼の会得といくか、師匠」と急ぐのであるが……。
「まあ、そんなに慌てなさんな。茶をすするように――」
「そんなんじゃあ、あの野郎共に負けちまう。早くしてくれよ」
「でも、物事には順序よりも大事な物があってね。根無し草式ド根性と――」
「そんな事どうでもいいじゃねえか……というか順序大事だろ」
「でも根無し草の美しさは例えようがナイアガラ――」
「根無し草言うな!」
言葉を取られて怒る小次郎と訳の分からない事を言われて怒るもっさんはにらみ合う。これも今日だけで何度目か……。
花畑は「あらあら、仲がいいこと。後ろから機関銃で撃ちたくなる様なクソ野郎ね」と穏やかに微笑む。
険悪なムードの一人と一匹の間を毒針ツンが「師匠ー! 師匠ー!」と嬉しそうに飛ぶ。蜂は心だ。
「……またやってるよあいつら」
ヌキダヌの心配をよそにキッツーネは穴を掘っている。
「あなた達、そろそろやめないと優しく山から突き落とすわよ」
花畑は満面の笑みでもっさんと小次郎を見る。
「……そうだな。続きを始めようかもっさん」
「ああ、師匠。さて心眼の訓練だったな」
「いいや、根無し草の訓練を――」
「心眼」
「根無し草」
「心眼」
「根無し草」
「いい加減にしなさいよ犬と根無し草ん」
花畑はほんの僅かな怒気を発した。
小次郎ともっさんは我に返り修行を再開した。ツンはまだ飛んでいる。
――ニャン吉達の修行は進む。果たしてニャン吉達は魔を退ける事ができるようになるのか……。
『次回「心の魔との闘争、魔界家の宿命」』
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