世界征服の野望

 千里眼の講義を受けたニャン吉達は修行を開始した。ニャン吉は心の眼を開く訓練に入ったので目を閉じ意識を集中させた。


「何をやっている! 馬鹿者!」

 ニャン吉は武蔵に叱られた。


「にゃ……にゃんでだ! こういうのは普通目を閉じて周囲の気配を探るとかじゃにゃいのか!」

「馬鹿かお前は、目を閉じてどうする。心の眼を開くとは勉強をするということだ。まずはこれを読め!」


 武蔵は本を出してきた。

「良いか! ニャン吉。偉人は読書で偉くなったのだ。お前のいた世界にもナポレオンという英雄がいたではないか。彼は読書で賢くなったのだ」


 武蔵はニャン吉に本を渡す。

「読書が想像力を鍛え、その力で心の眼を開くのだ。ここに良書、『冥界史』と『番犬列伝』がある。まずはこれを読んでいくぞ。それから、つまらん本は読むな! 特に妄奸誌みたいな低俗な悪書は! 塵も積もればゴミとなるだ!」


 そして武蔵の講義が始まった。


「ニャン吉、お前は天国と地獄がいつからあると思う?」

 ニャン吉は考えたが……答えはでない。


 武蔵は続ける。

「答えは謎だ」

「意味不明だにゃん」

「だから冥界史の対比列伝の章を見ろ。今回対比するのは生命と冥界についての二つの考え方だ。」


 武蔵はゆっくりと説明する。

『天地創造の考え方では神々が世界を創った時に初めて冥界も必要になった、という考え方だ』


『無始無終の考え方では世界も生命も常にあるから冥界も常にある、という考え方だ』


「どちらが正解とかではなく、両方に共通するものは何だと思う?」

「蝶々には分からん」

「俺もだめーだ」

 虫達は音を上げた。


「分かりマシタ。冥界は『生命のために』という目的がありマス」

「正解だ、レモン」


 武蔵はレモンに梅のおにぎりを見せた。レモンはそれを見ると酸っぱそうな顔をした。


「ニャン吉の世界を出すとしよう。死を見つめる時に人は真実を観る目を持つ。トルストイは『戦争と平和』で大空を見上げるシーンでそれを表現したのだ」


 人という言葉を聞くとニャン吉、集太郎、ペラアホ、レモン、クラブが無言で武蔵の方を見て抗議した。武蔵は「……すまん、生物と言わねばな」と謝罪した。


「人生の終着駅は必ず死だ。最後はみな死ぬ……人生ではない、生命だな。すまない」

 武蔵は気を使わされている。


 ニャン吉達は初めて生死の問題について考えた。……ここは地獄だよと突っ込めばいい。


 武蔵は次に天国地獄について対比した。


「次に天国と地獄についてだ。なぜ冥界は一つではなく天国と地獄に別れていると思う?」

「簡単だにゃん! 善人と悪人がいるからだにゃ」

「馬鹿かお前は! 一体何だその善人、悪人というのは。民族か? 国家か? 善人悪人という人がこの世にいるのか? 善悪二元論は捨てろ! そうでなければ閻魔による裁判は無意味になるぞ!」

 ニャン吉は初めて閻魔の裁判について考えた。


「お前達、閻魔はある法によって死者を裁いている。つまり、冥界は完全なる法治国家と言える。生きていた時の所業を全て裁かれるのが閻魔の裁判なのだ」

「にゃ! 思い出したにゃん! 閻魔帳だにゃ!」

「えっ? 私デスカ?」


 武蔵は話を戻した。

「善人悪人が初めから決まっているなら閻魔はいらん。性善説――人間の本性が善ならば地獄は存在せん。性悪説――人間の本性が悪ならば天国は存在せん。これは矛盾する。性善説なら戦争も法律もないはずだ。性悪説なら人類……いや、生物の築いた文明などとうに滅んでいるだろうし、未来もまたない」


 武蔵は人という言葉を使えないので調子が狂う。

「つまり、生命は善悪両面を持っており、善の方向へ向かって努力する……生物が多いから文明が栄え維持できるのだ。善悪は、つけるものでは無い、見極めるものだ」


「清く栄えて清盛じゃ」

「バルサミコー、また一つ賢くなったーよ」

 虫達は興奮気味だ。


 武蔵は重要な中でも取り分け重要な事を説明し始めた。

「冥界は全ての生物と繋がっている」

「にゃ? にゃに?」

「ニャン吉よ、第八地獄にいる第六天魔王については知っているな。奴が発明した物は、戦争、兵器など数限りないが、その最大の発明品は何と言っても……」


 武蔵は目を閉じた。そして、意を決して話した。

「原子爆弾だ!」

「にゃ! それって――」

「そう、魔王が現世の生物の心の中に働きかけて創らせたのだ。だからニャン吉、お前の生きていた世界にも原子爆弾があるのだ」


 武蔵は空を見上げる。

「全ての生物と冥界が繋がっている証拠だ。魔王は地獄から出ずして現世を支配しようといつも企む。原子爆弾は一度使えば死の世界となる。現世の全ての星々をそうやって支配する事が奴の世界征服なのだ!」

 ニャン吉は戦慄した。


「さらに、魔王の恐ろしさは、核兵器を持つことを正当化する言い訳、核抑止論も同時に発明していた事だ。互いに不信感を持たせて生物同士を分断していくつもりだ。その野望に気付いた者は奴を『魔王』『サタン』『アーリマン』などと名付けて、野望を阻止しようとした。だから周りの人の心を操って迫害した。ニャン吉、集太郎、ペラアホ、レモン、骨男、クラブ、タレ。お前達は決して魔王に負けず互いを信じろ! 良いな!」

 一同からはいと返事が返って来た。


 ――第六天魔王の狙いは原子爆弾による世界征服であった。千里眼を磨き負けるなニャン吉!


『次回「学びと鍛錬と」』

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