逃げ出した人造人間

 ――翌朝。

『余命、二十九日』

 ニャン吉は風地獄に入ってすぐ鬼の首を取った。

(今回は順調だにゃん、後は馴染むだけだにゃん)

 この物語に順調という文字は無い。


 客間でくつろぐニャン吉達。集太郎がしりとりをしようと提案した。

「じゃあまじゅは蝶々かりゃ。キリン」

「もうが出たにゃん」

「んー、今気付ーいたよー」

「羽虫はそそっかしいネ」

「クールにいこうぜ」


 和やかな空気を一変させたのは骨男である。研究所を見学していた骨男が客間へ駆けこんできたのだ。

「おめえら! 大変てぇへんだ! 聞いてくれ!」

「骨男、お前もしりとりしゅるか?」

「そんな暇ねぇよ集太郎! いいか、お前らちゃんと聞けよ。研究所で実験していた人造人間ホムンクルスが逃げ出したんでぇ」

 骨男は骨の歪みを矯正しながら冷静さを取り戻そうとした。


「ホムンクルスって何だにゃん?」

「ホムンクルスってのはよう。人工的に造った生物でよ、そいつ等が」

 ペラアホは「解っていーるよ。これが欲しいーんだろー?」と言うとペロペロキャンディーを骨男に渡そうとする。骨男は一瞬戸惑ったが、ペロペロキャンディーをもらい舐め始めた。


「それがよう、ブルル、ヒヒーン! 逃げ出したホムンクルスの中には戦闘に秀でた武闘派の奴らもいて……とにかくヤベーんだよ」

「武闘派かにゃ?」


 苦歩歩博士が出てきて事態を説明した。

「実はね、ホムンクルスは本来人材不足を補うために魔境で開発された技術を持って造られた生物でね。その中でも、の奴が厄介なのだよ」


 苦歩歩はニャン吉に頼む。

「ニャン吉君、頼みがある。どうかホムンクルスを捕まえる協力をして欲しい」

 ニャン吉がいつもの如く「任せろにゃん」と言う前に鬼市が苦歩歩を咎め始めた。

「おい、おっさん。閻魔に自分の失態を報告して警官に任せればいいじゃねぇか。お前が失脚すればいい話だ」


 苦歩歩は苦悩の内を明かす。

「……実はね、武闘系ホムンクルスのモデルの一つが君のお父さんの魔界鬼市害なんだよ。魔族の力の実験でね……それも」

 苦歩歩は笑いを堪えるように付け加えた。

「オカマバーの時のね」

 苦歩歩は堪えていた笑いを爆発させてしまった。


 鬼市は頭に血が登り苦歩歩を攻め立てた。

「ざけんなよコラ! テメー人の父親を何だと思ってんだ!」

 苦歩歩は「オカ魔族マぞく」と小声で言うつもりが笑い声となって辺りに響いた。


 鬼市が苦歩歩に喧嘩腰で近寄るとレモンが間に入ってきた。苦歩歩は「ど……どうしたレモン君」と狼狽える。レモンは胸ぐらを掴んだ。

「テメー! さっきから黙って聞いていればいい気になりやがっテ!」

 レモンはの胸ぐらを掴んだ。

「逆だにゃん! レモン!」


 レモンは我に返った。そして、博士の方へ振り返り諭すように言う。

「研究のためとはいえ失敗は失敗デス。責任は取るべきデス」

(にゃんだ? この鬼市の時との温度差は)


 その時、タレが客間に入ってきた。

「クエッ! 何か面白いことはないか?」

 苦歩歩はタレに尋ねる。

「タレ、あそこにあった機械に触ってないか?」

「蹴った」

「お前が原因か!」


 苦歩歩はタレにホムンクルスの捕獲を命じた。事情を飲み込んだタレはゴロンと横になった。

「タレー! 研究所の出入りを禁止するぞ!」

「クエッ! 行けばいいんだろ、行けば!」

 タレはゆっくりと起き上がる。タレは客間唯一の出入り口を蹴り開けて外で待機した。


 苦歩歩は本を書棚にしまいながらニャン吉に尋ねる。

「ところでニャン吉君、君は八大地獄図はちだいじごくずが欲しいのではないのかい?」

 骨男と鬼市が無言で反応した。


「なんだにゃ? その八大地獄図って」

 博士はしまいかけた本をニャン吉に示しながら「これだよ、この本はこの八大地獄についてかなり詳しく書かれた学術書だ。私はその中身をあらゆる鬼に解るように簡単にした物を持っている」と答える。

 ニャン吉の耳がピクピク動いた。


「ホムンクルスを捕獲してくれるなら八大地獄図を貸してもいい、どうする?」

 苦歩歩はニャン吉に取引をもちかけた。


「おいおい、ニャン公。そいつがあればよ、これから先の地獄が楽になんぜ」

 骨男がニャン吉を興奮気味に「この依頼を受けろ」と捲し立てると鬼市も「絶対この取引はしたほうがいい。ここから先の地獄についてもかなり詳しく書いてあると聞くからね。鬼や門番や適応法なども乗っているはず。白猫、この提案、乗れ」と早口でニャン吉に耳打ちした。


「蝶々も読んだことあるで。魚の絵がありゅやつじゃ」

「俺ーもあーるよ。ミイラが包帯を舐めーている絵があったー」

 苦歩歩は「それは第二の大地地獄と第三の水地獄編だ」と虫達に言った。

「この研究所には第四の風地獄編しかないが……まずは風地獄編を渡そう」とニャン吉に風地獄編を渡した。


 ニャン吉は第四巻を読んでみた。

『風地獄の地理「この研究所のある山を中心に東西南北にそれぞれ特徴的な山脈がある」』

『鬼と門番「鬼は鳥が中心である。門番は火喰鳥の一族が日替わりで就任」』

『拷問所の場所「谷底」』

『番犬候補が適応する方法「風のメロディーを覚えて歌う」他』

 などが載っていた。


「これは……すごいにゃん!」

 苦歩歩は白衣に手を突っ込んでコーヒーを飲みながら外を見た。

「残りは魔境地獄にある……、タ、タレ! やめてくれ! コーヒーならさっき飲んだじゃないか」

 タレが窓から顔を入れてきて翼で博士の顔を抑えながら、博士の左手のコーヒーカップからコーヒーを飲んだ。全て飲み終えると玄関へ歩いて行った。


「タレは私にかまって欲しいんだよ。かわいいもんだ」

(そんな風には見えなかったケド)とレモンは思う。


「……で、残りの八大地獄図はどこだにゃん?」

「え? ああ、それは私が務めている魔境地獄の城、『伏魔殿』の図書館にある。ホムンクルスの捕獲を手伝ってくれたら残りも渡そう」

「やるにゃん」

 ニャン吉は嬉々として受けた。


 ニャン吉達は外へ出た。


『ホムンクルス捕獲作戦開始』

 研究所の前で博士はホムンクルスの詳細を語った。

「ニャン吉君達、ホムンクルスは全部で三十体。その内十体が武闘派だ。彼らは強い、気を付けて行くんだよ」

「分かったにゃん」


 その時、ニャン吉の前に番犬候補のろくろ首が現れた。ろくろ首はニャン吉の前に立ち塞がる。


 ――ニャン吉は八大地獄図を借りることを条件に風地獄の研究所から逃げ出したホムンクルスを捕獲することに。


『次回「激突」』

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