第9話 罠

風晴が、家に戻ってからは少しきまずかった。

榊はいつもにこにこしていた。誰にでも笑顔でみんなに好かれていた。実を言えばそんな、みんなに合わせる榊が少しだけ嫌いだった。


一度だけ、榊が恐ろしいと思うことがあった。授業中にふざけて騒いでガラスを割った。窓際にいた榊は、その破片が額に当たり流血していた。

隣の席に座っていた僕は心配し声を掛けたが、彼女は、笑っていたのだ。


「あはははは。痛いじゃん。やめてよ。」


「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!!保健室行かなきゃ!誰か、」


「いいよ、ヒロト君。」


「え?」


「当たっちゃった私も悪いんだから。一人で行くよ。」


「でもっ。・・・」


ぞっとした。顔から血を流してもきれいに笑っている。


「お。おい。榊大丈夫?」


ガラスを割った男子生徒が、心配してこっちへ来た。

榊は笑って

「大丈夫だって!心配無用だよ!」


笑いごとで済まそうとしている榊に腹が立って


「大丈夫じゃないだろ!!!」


思わず大声が出た。けがの程度ではなく誰にでもへこへこした態度のことだ。

榊は少し驚いた顔をした。


「お前、人に死ねって言われたら死ぬのかよ!!」


クラスの人間が静まり返った。


クスクスと榊は笑った。安心したかのように笑った。

ふっと彼女は立ち上がり、ぼくのそばを横切ろうとしたとき


「あなた様に、いや、ヒロト君に死ねって言われたら喜んで死ぬかな?」


耳元でささやかれた言葉に身の毛もよだつものを感じた。彼女は、決して周りからの扱いを、我慢だとか悩みの種のようには一ミリとも感じてなどいないのだ。




 そんな回想をしていたら、榊がぼくの皿に肉をよそいこちらを見ずに話しかけてきた。

「ヒロ君はさ、今後、この町に残るの?」


「ま、まあ、しばらくは。。」


「そっか!じゃあ退屈せずに済みそうだね。」


「どういうことだよ。でもまあ、こんな田舎じゃ暇つぶし探しが暇つぶしみたいなもんだからね」


「ふふ、それ言えてる。」


榊は笑って見せた。学生時代よりも器用に笑うようになった。


「榊は、この町で働いてるのか?」


「そうだよ。役場でね。」


「転入届、明日までに持ってきてね?」


「あ、そっか、わすれてた。」


「それにしても、その黒い影とてつもない殺気だね」


!!榊も見えてるのか!!


「え??あ、ああそうなのか?」


榊は残念そうに椅子にもたれかかり、溜息をついた。


「さ、榊にも見えてたんだな。いつから見えてたんだ?」


「さあ、私にもわからないよ~。」


よくわからないごまかしをされた。黒い影が榊を警戒しているあたり。ちょっと怖いな。


「はいこれ。」


榊からカギを預かった。木製の鍵だ。あまり見かけない形状。


「これは?」


「ヒロ君が泊まる部屋の鍵だよ。杉って書いてある部屋だよ。片付けは明日やるから。先に戻ってていいよ。」


「そっか。うん。ありがとう。今日はご馳走様。」


「うん!お休み~」



母屋から隣接したこの民泊は、昔の家屋を利用して作られているためか。まあ趣がある。歩くたびにミシミシと音をたて、古書のようなかび臭いにおい。


ちょうど月明りが差し込んでいた。部屋の電気をつけようとしたが、つかなかった。スマホのライトで照らすとなんと電球自体なかった。

でもまあ、月明りで何とかなりそうだ。


虫の鳴き声だけが聞こえる少し不気味な部屋。コンコン。


部屋のドアをたたく音だ。


「ヒロくーん?寝た~?」


「あー、起きてるよ~」


部屋の鍵を開けている最中


「ヒロ君、忘れ物してるよ。」


ドアを開けた。


そこにいたのは、血まみれで森田夫婦の生首を持った榊だった。



脳裏に浮かぶ学生時代の思い出、あのころの笑顔とは全く別の顔だ。

人ならざる表情で、思わず声を上げ尻もちをついた。


「うあああああ!!!」


「「ひろくん、、忘れ物してるよ??」」


森田夫婦の髪の毛をつかみ縄跳びのように振り回した。


「「あはははははっははははっはははははは」」


「榊??なのか??」


心拍数が上がる。驚きで力が入らない。」


「「ヒロ君、、、忘れ物なにかわかる????」」


榊は、黒いオーラのようなものをまとっている。それがたこ足のように呻き

次第に僕を取り囲む。


「ひっ、、忘れ物、、、、?」


「「ちっちゃいころ、、約束したよね???いつかまた会えたら、彼女にしてくれるって。。。。」」


「ま、待て!!そんなこと!?」


「「忘れたの!!??!!!??」」


榊は、少し、おとなしくなった。


静かになった榊は、そして微動だにせずこの隙をみて逃げようとした。が、


「「あああああああ!!!動くなアあ!!!」」


榊は華奢な体躯だが、ものすごい力で僕の首をつかみ馬乗りになりとても動けなくなった。


「「ずっと、ヒロ君のこと見てたんだから、、、いいよね????

????」」


「クっ、、、」


息ができない。顔に熱がこもる。榊は狂った笑顔で首を絞める。


「「ああっ。。。。。」」


なにか思い出したのか、手の力を緩めゆっくりと、離した。


「「ガはっ!げほっゲホゲホ」


黒い影が、榊の腕をつかみ力づくで引きはがしてくれた。


だが、黒い影は、そのままスウっと消えてしまった。


(なんで消えたんだ、、、)


榊にしめられた首は、のどが変形したのかと思うほど強く声が出なかった。


「「ほら、、、ねええ。久しぶりに会ったんだから、、、あれしようよ」」


「??」


榊は、森田夫婦の頭を両腕で掴み、すでに死んだ夫婦の頭部を使ってキスをさせた。


冗談じゃない!!


黒い影をもう一度呼び出す。今すぐ榊を、跳ねのけるような強力な力で!


黒い影が現れた!しかも以前とは違う!!今度はムキムキマッチョな黒い影だ!!


二メートルくらいあるんじゃないか。かなり大きめな影は、ニタついた榊の顔面を容赦なく殴り、振りぬいた!!


勢いよく吹き飛んだ榊、部屋の壁を破壊、貫通した。一時期かじっていたアウトボクサーのスタイルで黒い影は、挑発していた。


「うおっ。やるねえ!ヒロ君。」


「風晴さん!?いつからそこに!?」


「うちの弟子が迷惑かけたみたいだね。ごめんよ?」






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