第6話 黒い影

その日は、かなり寝苦しかった。ハチはいつの間にか帰ってきていたらしく犬小屋で餌を待っていた。コトリバコはなんのためにこの家に送られてきたのか。風晴さんは京都で修行中の僧侶だったらしくこの辺境の地へ送られたのだそうだ。


結局のところ、こういった妖や呪い、悪魔は今後不定期に襲ってくるだろうということで風晴さんは、この家の警護に当たると言っていた。

決して口には出さなかったが、「”僕が”帰ってきたから」というように思えて仕方なかった。


「もしも僕がなにかあっていけないときとか危険な時にはこれを使いな」とお札をもらった。



翌朝、まだ日が昇って間もなく祖母が朝ご飯を作っていた。今日はハローワークで仕事を探しに行こうと思っていたがそんな早起きしなくていいだろう。目が覚めてすぐ布団に顔をうずめ二度寝をしようとしていると大きな声で祖母が僕を呼んだ。


「朝ご飯だけはたべちょけ」


そういって農作業の恰好をした祖母は、朝日をバックに後光を帯びながら親指を立てた。祖母は昼前まで帰ってこない。二度寝をするつもりでいたが、すっかり目が覚めてしまった。

空気が違うからなのか、食べ物の鮮度が違うのか目覚めは最高だった。排気ガスのような喉の奥に膜を張った感覚もないし、嗚咽感もない。

料理はおいしい、まさに母の味。

「まだ入ってるな。いりこ。」

独りごちてつぶやいた。出汁を取ってそのままのいりこは学生時代嫌いだった。こっそり以前飼っていた猫のこてつに挙げていた。

ふと、こてつが恋しくなって玄関を見た。幻覚なのか猫が一匹すりガラス越しに走っていった。近所に住む野良猫だろうか。少し開いた玄関からいりこを一匹ひょいと投げた。

すると、すっと猫が現れた。なんとまあ!!かわいい!!スラっとした黒猫でお目目が大きい美顔のぬこだった。

はぐはぐ。喉を鳴らしながらおいしそうにいりこを食べ終えるとこちらに気づき警戒することもなく玄関の角に頭をこすりつけおねだりをしてきた。あまりの可愛さに悶絶していると、猫の容姿に目を疑った。


「ぬ。ぬこ氏、しっぽ二本あるんでちゅね、。」


気を取られた好きに手に持っていたいりこを瞬く間に奪いすりガラスの向こう側に消えていった。


 気をつり直し、ごはんを食べテレビを見ていた。ショップチャンネルがほとんどの放送を占めていたこと、祖母が帰ってきた。


「あんた職安にはいってきたとかい?」


「え?まだだけど。」


「昼から行くとか?」


「まあ、そんなところ」


「ついでに買い出し頼んでいいかい?」


「あいよ」


久しく車を運転していなかったもので不安だったが案外覚えているものだ。このあたりに住んでいるのであれば車は、生活必需品。

コンビニやスーパーまでは、車で30分もかかる。起伏の多い山道を超え杉の壁を撫でるように町内へ。


国道が整備されていてところどころ観光名所もある。全部木でできた宿泊施設や、ガラス張りのダイヤ型道の駅。


冬場は路面凍結なんでざらにある。今思えば学生時代はよくもまあこんなとところを自転車で通ったものだ。国道はあれど街灯はない。自転車のライトとまれに通る車のライトだけを頼りに夜道を帰った。


ここには昔線路があった、熊本から大分を結ぶ交通手段は一昔前に撤去されていた。

その道をよく帰っていた。


スーパーで買い物をしていると風晴に会った。

店の前に設置されていた喫煙スペースでタクシー待ちであろう老人たちと井戸端会議の最中。


「おお、ヒロト君!奇遇だね。買い物かい?」


「まあそんなところです。」


老人が白く霞んだ目でこちらを見るなり訪ねてきた。すると風晴が老人の耳元に寄り


「北ン里のかっちゃんの孫ですよ~!!」


「ああ~~~!!かっちゃんとこのね!!」


老人は嬉しそうに理解した。


「そげんかい!かっちゃんは元気ね?」


するとその隣に座っていたおばあちゃんが


「なんばいいよっとね。かっちゃんな死んでからしばらくたつどーもん。」


「ああ。そげじゃったか。すまんかったね。」


しゅんとした老人に胸が痛くなって僕はほほえみながら老人の耳元であまり出さない大きめの声で


「なーーんの!さいごまで酒ば飲みよったですばい!」


すると老人は、少し元気を取り戻したのか。


「ありゃ!そりゃかっちゃんらしかばい!」


老人の笑いの風晴も隣のおばあちゃんももちろん僕も笑っていた。


「ばってんがあんたも気を付けないよ。最近この町はおかしい。今はおりゃあ目も体もわりいばってん。こう。。。なんちいうか。。。寒気がするったいね。」


言い終えると老人はうつむき、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏とぼやいていた。


明らかに様子がおかしいと悟った僕は風晴さんを見た。


風晴の顔をしっかり見たのは初めてかもしれない。ぼさぼさの頭髪に僧侶にあるまじきピアス。横顔はしっかりとした男らしいフェイスラインで、場所が場所ならモテるんだろうな。と思った。


「大丈夫ですよ。橋本さん。僕が何とかしますよ。」


にっこり笑う風晴。ちょうどいいタイミングで、家族と思われる女性が橋本と呼ばれる老人を迎えに来た。


「今日はありがとうございました風晴さん。またなにかありましたらお電話しますね。」


ペコリと頭を下げて、足早に去っていった。

二人取り残された喫煙所から風晴は笑顔で老人たちを見送った。


ふう。と長い溜息を吐きながらベンチに座りきように煙草に火をつけた。

「風晴さん、あの人って。」


言い終える前に風晴が煙とともに答えた。

「そうさ。あの人はもう目も耳もほとんど聞こえちゃいない。」


ベンチにもたれかかり、煙を頭上へと吐いた。足を組み短ズボンの風晴は足を組んで続けた。


「最近ああいった相談が多くてね。なにかにおびえてる。だとか急に元気になったとか。霊に憑りつかれてるって思う方がいいだろう。」


少し疲れているよな表情を見せた風晴は、こちらをみて


「買い物はいいのかい?」


「いいえ、一服いたらいきます。」





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