11 人間vsサメ
大扉を閉じる。
すくり、と目を部屋の中に向けた。
天井からぶら下がったシャンデリアが辺りを照らし尽くし、中は明るい。
部屋には大きな長テーブルがあり、椅子が置かれている。上流階級の屋敷の食卓みたいに気取ったそれは、まるでここに座れと言わんばかりに置かれ、それは長テーブルの真反対にも同じように置かれていた。
だが、明らかに違うところがあった。
その椅子には先客が座っていたのだ。
額に星の
「やっと会えました」
鮫に掌を向ける。
鮫はそれに焦りもしなければ、怯みもしなかった。
「大きくなったな」
「……憎しみが、ですか?」
「いや、お前自身がだよ」
鮫は言う。口が動いているのか、それとも心に直接語り掛けているのか。判断はつかない。
だが、心安らぐような声色だった。
「とりあえず座れ。話すこともたくさんあるだろう」
鮫はくいっとその顔を椅子に向ける。疲れたろう、と心配するかのように。それはまさしく母親みたいな仕草にも見えた。
だが、それは違う。
フレデリカは知っている。
こいつの目的は一つだけなのだ。
フレデリカはポケットからバルムの持っていた
ころん、と一瞬音がしたがその直後それをかき消すかのような強力な音が鳴った。
それは椅子から飛び出した、肋骨のような曲線を帯びた刃物であった。
素早く飛び出したそれは、もし座っていたならば間違いなくフレデリカの体を裂き、骨までむき出しになるような惨たらしい傷を負わせたことだろう。
フレデリカは鋭く相手を睨みつけた。
「どこに座れっていうんです?」
それに対し、鮫はさぞ嬉しそうに笑う。
「もてなし方を間違えたらしい」
「もてなしなんて必要ありません。私は貴方を殺しに来たんですから」
フレデリカは注射器を取り出し、腕に針を差し込む。麻痺薬が注入されることで、痛みも感情も抑制される。
気分はクリア。
戦う条件はそろった。
だがしかし鮫は依然動きを見せないまま、口を開いた。
「まぁそう言うな。私は君に話さなくてはならないことがある。君はいわば私の娘だからな」
「馬鹿なことをいわないでくださいッ」
「だが私の植え付けた寄生虫は君の中で生き続けているだろう? ならば君は、私の子の宿主ということになるだろう? この城の中の者のほとんどは、おまえと同じ。おまえの家族だ」
「それは家族なんかじゃありません。従わせられてるだけです」
「私の星ではそれが家族だった。君は異文化を否定するのか」
「歩み寄る事と強制することは違います。あなたは家族である事を強いているだけ……それに」
フレデリカは知っていた。この鮫はなんだかんだと話をしようとしている振りはするが、本来やりたいことは、いいたいことは一つだけ。
こいつはただ。
「あなたはただひとりでいることに耐えられないから、人を従えたいだけです。分かり合うという手段ではなく、無理矢理わからせるという手段を使って」
鮫の雰囲気が一瞬変わった。
部屋の空気も一段階重くなった気がする。
息苦しくなる。
鮫は黙り込み、殺意を向けだした。
「ここに来るまでに、私たちは城の中を歩いてきました。でも、そのどこにもあなたと同じような鮫の姿はなかった。私がこの艇で鮫を見たのは、外で襲ってきたジャンゴと自分の
まっすぐに、はっきりと、ひるむことなく淡々と鮫に言葉を浴びせかけた。
鮫は肯定も否定もしない。その言葉にただ沈黙するままだった。構いわない、と彼女は思う。
「でもそれで孤独を埋めきれなかった。だからあなたは、私になら仲間を増やせるんじゃないか、と考えてるんです。強い憎しみを持つ私に、寄生虫を更に強力に植え付ければ、仲間が増やせるって」
途端、フレデリカの四方から銃弾が飛んでくる。
部屋の上部に取り付けられていたであろう機関銃。
とめどなく発射される弾丸を、フレデリカは翻り華麗に避けていく。
そうして、鮫はようやく椅子から飛び上がり、空中に浮いた。
それは彼女の指摘が図星であると自ら証明するようなものだった。
鮫は空中でくるりくるりと回りながら、風を起こす。そいつの周囲に台風みたいな風の渦が立つ。奴の持つ特殊電波により引き起こされたものだ。
鮫は低く唸った。
「私は宇宙からこの星にやってきた。仲間を増やそうとしてもうまくいかなかった。さみしかった。そのさみしさを埋めようとすることの何が悪いか!」
「どのくらいの寂しさだったのかはわかりません。私が知っているのは、私の母が……そしてこの艇の何人もの女性が犠牲になったこと!」
長テーブルをひっくり返し、フレデリカは銃弾を受け止める。そのまま空中の鮫を睨みつける。
気持ちは一つ。
憎しみだとか、そういうものもひっくるめて彼女の心はただ一つ。
「だから許しません」
心底失望した目を向ける鮫は風をさらに激しくしていく。機関銃の弾丸は切れたが、風の勢いは止まる気配はない。
長テーブルも空中に浮き、フレデリカの体さえ浮かぶ。一瞬不安定になる体勢を腕に鮫の背びれを刃のように生やして、風を調整しながら浮かぶ。
「お前には心から私に協力してほしかったものだが、お前を突き動かす憎しみは順調に育ったらしい」
自らが生み出した因果である。
鮫はそれを十分に味わうようにゆっくりと呟く。フレデリカは睨みつけたままであった。
けれど意思は明確なまでに否定を示していた。
力強い視線が物語る。
「それもありました。だから私はずっと悩んでいたんです。この憎しみの感情が本当に私のものなのか。けど今、迷いはないんです。私が私だから。おじさまが背中を押してくれたから。私が私である限り、戦います」
鮫は不可解そうな感情を示す。
ぐるると喉の奥で唸る。
「仕方がない。再び無理にでも植え付けるまでだ」
鮫の口から鋭い針が噴き出される。
フレデリカは知っている。
それこそが寄生虫だということを。
腕の刃ではじいて落とす。
風が激しくなり、体勢も取りづらくなる。
その上、鮫との距離は急激に短くなっていく。
鮫の吐き出す寄生針も勢いを増すばかり。
加えてフレデリカはにおいを感じていた。
それは甘いにおい。
まるで思考を妨害するかのような甘ったるいにおい。
それを嗅いだからだろうか、フレデリカの腕の刃がややその強度を失っているように見えた。
心なしかやわらかく、寄生針をはじき返す力が弱まっているではないか。
「なにを……しているんですかッ!」
「私が生み出した寄生虫からお前の鮫は生み出されているのだぞ。私がその鮫の力を、『弱めることが出来る』とは考えなかったのか」
フレデリカは言葉を失った。
生み出したものが、子をどうにもできないとどうして思っていたのだろうか。
その瞬間に分かる。
先の大量の女の眠っていた部屋で嗅いだにおいも、このフェロモンだったのだ!
このフェロモンに刺激された女たちは目を覚まして自分とヴォルグを襲ったのだ。
気付いてももう遅い。鮫との距離は両者にとってあまりに近い。
この距離で針を避けることなど不可能。
はじき返す筈の刃にはもう力はない。
勝負あった……と鮫は思った。
そうして最後の寄生針を素早く打ち放ったのである。
次の瞬間、息を飲んだのは鮫の方だった。
少女の腕は一度懐に伸ばされた。
マントが一瞬鮫の視界を遮り、その後見えたのは寄生針を受け止めたガラスの破片だった。
翼の少女との戦闘後、フレデリカは傷つきながらもどうにか勝ったヴォルグを見て思っていた。
もし自分が不意打ちを受けた際に、鮫の刃以外に扱える武器はあるだろうか、と。
ヴォルグは今回剣を失っても、催眠針を口に咥えていたことで辛くも勝利した。
ならば自分にも奥の手が必要ではないかと。また同じような状況に陥った時のために。
ヴォルグにそれを相談すると、彼は少し悩みつつ『ナイフとか、そういうものがあれば楽なんだがな』と呟いた。そしてフレデリカの視線にあったのは、先ほどヴォルグの体が割ったガラス管の破片。
それが答えだったのだ。
「何故」
鮫が呆然と呟く。
「何故もなにもありません! 私に勝利の風が吹いたんです!」
フレデリカはガラスの破片を、今度は振りかぶって思いっ切り鮫の星の
鋭い悲鳴が上がる。
人間のものとも、鮫のものとも、それどころか生物のものとさえ到底思えない悍ましい声が、室内に響きわたった。
鮫に避ける時間はなかった。激しく噴き出す血を浴びながら、フレデリカは笑いもせず鮫を見続けていた。
傷としては小さなものだ。この鮫の回復能力をもってすれば致命傷にはならない。
しかしこの攻撃一つが、この鮫を殺すことが出来るという希望を彼女に抱かせるのだ。
風が止んでいき、両者の距離はだんだんと開いていく。鮫は浮いたままだが、少女の体が落ちていく……。
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