8 いざ悪魔城へ
赤い城は、ある日突然出現した。
当時それなりの批判も来たはずだが、その城がもたらすものを見れば文句を言いだすものは少なくなっていった。
だがそれに生贄が付属していることなど誰も知らなかった。
赤い城の前には見張りが数人立っているものだ。
ヴォルグはそれをよく知っていたが、今日はその様子が異様だった。人数が普段より少なかったのである。
何が起きているのだろう、とヴォルグはフレデリカと顔を見合わす。
フレデリカはきょとんと首をかしげる。
「やぁ」
後方から突如声がして、二人はびくりと肩を揺らす。
急ぎ振り返ると、そこには副艦長が面白そうな目をして立っていた。
「おまえ……どうして」
「あの城の中に入るつもりなんだろう?」
にやりとわらってそんなことを言う。図星の為ヴォルグは片手に握ったあの影を切る剣に力を込める。
戸惑いはあり、斬ろうとしても手にぶれが出るだろうことは明白だった。
少女は腕を構え、いつでも鮫弾を発射できるよう態勢を決める。
「そう構えないでくれよ、ヴォルグ。邪魔する気はないって」
ぶんぶんと手を振って笑って否定する。フレデリカにとっては、あの艦長室の集まり以来の対面だったために、初対面時と違ったフランクさに一瞬戸惑う。
「彼は……?」
「悪友だ」
「親友だよ、お嬢ちゃん」
呟きながら副艦長は彼ら二人に歩み寄る。
風が甲板を駆け、三人の間を流れ去っていく。その冷や風に副艦長は口笛をのせた。
「君の考えてることなんてすぐにわかるよ。まっすぐな馬鹿だからさ」
副艦長はそうつぶやいて懐から取り出し、何かをヴォルグに投げつけた。
思わず受けとり、彼はそれをまじまじとみた。
小型電灯とゴムでまとめられた複数本の睡眠針だった。
「使うだろう。罪のない人も中にはいる。きっと役に立つ」
「お前、まさか見張りを」
「どうせ派手な立ち回りするつもりだったろう? 先に手回しはしておいた。ありがとうの言葉は全部終わらせてから聞くよ」
彼はそうつぶやいて、くるりと踵を返す。そしてひらひらと手を振る。
「上の連中はどうにかする。最悪ぶん殴ってやるつもりだから君たちは安心して、あのクソ鮫をぶん殴ってきなよ。うちの艇はあんな邪悪な守り神様なんてごめんだってことを伝えてきてくれ」
それは、期待に満ちた春風のような声だった。
観音開きの扉を重く押し込んで開かせる。
ヴォルグが首を突っ込み、辺りを見回して剣を構えながら足を踏み入れた。続いてフレデリカ。
霊安室みたいな冷気をまとったその暗い空間を、二人して様子をうかがっていた。
小型電灯の明かりを点ける。
途端、うっすらと内部が把握できた。
ここが広間であろうことはなんとなく理解できた。だがそれにしては、妙な臭いがする。死臭に似てはいるが、また異なる何か。
電灯を周囲に向け、気が付いた。
壁に鉄のパイプが無数に通っている。煙を排出する音も聞こえ、彼らの目前を熱気が通過することもあった。
ゆっくりと歩いていくと、そのパイプに紛れてサンプル管みたいな透明ガラスが壁に取り付けられていることに気が付いた。
ヴォルグがじっと近寄り、中を覗くと中に満ちたピンク色の液体の中に浮く物体。
小腸、大腸、肝臓、すい臓、胃、胆嚢、膀胱。
臓器が浮かんでいた。
思わず息を飲むヴォルグはフレデリカを引き寄せた。
急な行動に少しびっくりして顔が赤みがかる。だが臓器のガラス管を発見するとすぐに強張った。
まるでそれは見せしめの様であった。
来客にこの城の残虐性を誇示するかのようだ。
天井からパイプオルガンみたいな音色が響きだす。
それは二人を歓迎するかのように降り注ぐ。
息を飲み二人を天井を見上げた。
落ちてくる女ッ!
小型電灯が微かに照らす人影は、まだ年端もいかない少女であった。
だが、暗闇の中光る黄金の目を持っている。
その不気味な光は、二人にこの城が鮫一匹だけでなくいかれた人間を他にも取り込んでいるということを悟らせた。
女は叫んだ!
歌うように!
「ようこそ! 私達の桃源郷(ユートピア)へ!」
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