5 断て! 影切丸
「どいて、もらおう」
バルムの黒い手はすぐにヴォルグの影に向かう。
それよりも早く、ヴォルグの握りしめた剣の切っ先がバルムの手を叩き切ろうとする。
微かに
「どくのはてめぇのほうだ。オーエンを返してもらおう」
ヴォルグは剣を床の上に這わせる。
見様見真似だが手ごたえはある。
それに対し忌々しそうに少しだけ身を引くバルム。
「その剣を上手く使えるとは面白い奴だ。普通の人間であればとうに気を失っている。その剣は凄まじい精神力を必要とするのだ。お前は化け物だぞ」
「知らねぇな」
ずいずい、とにじり寄るヴォルグに、バルムは一気に退いて寝台の影に片手を触れた。
すると、影は立体化してヴォルグにとびかかる!
剣で一刀両断するが、その時間よりもバルムとオーエンがヴォルグの横を通り抜ける方が早い。
廊下に飛び出したバルムはそのまま甲板に向かう階段へと急ぐ。
「にがすもんかよっ!」
ヴォルグは壁を蹴り、勢いのままバルムを追う。
凄まじいその脚力はすぐにバルムに近付いた。
「てめぇの影を斬ってやらァッ!」
ヴォルグの剣はバルムに突き刺さる。
それをバルムは待っていた。
「お前の剣と俺の剣。どちらが強いか確かめてみようじゃないか」
そう言いバルムは、剣の影を抜いた!
オーエンの影を手放し、代わりに剣の影を握る。
途端、オーエンの影はだらりと床に引っ付く。
そこに縛り付けられたかのように動けない。
「オーエンに何をした」
「なに、影になれば俺様の思うがままに出来るわけだ」
「だったら」
剣をかたく握りしめる。
「殺してその妖法を解くしかねぇな」
「覚悟が決まったな、
両者、剣を構えあう。
ヴォルグは一歩前に出て素早く剣を地面に這わせる。
それはバルムも同じ。
両者同じ動作で如何に相手の裏をかこうか、と目を光らせている。
両者の剣が触れた。
力は均衡する。
どちらかが押し勝つわけでもない。
剣はぶつかったまま静止する。
純粋な力であればヴォルグの勝ちだが、技術によりバルムはそれに対抗していた。
「いくら剣が使えようと、その使い方を知らなくては赤子も同然だ」
バルムの剣の切っ先が揺らめく。
そのままヴォルグの影を狩りにかかる。
身を引くヴォルグはずっと考えていた。
先程剣で突き刺したはずのバルムはいまだ健全であったことを。
影を切り、その存在自体を失くす。
それが剣の力であることにヴォルグは気が付いていた。
だが、だとすれば気になることがある。
何故バルムは死なない?
バルムの攻撃が来る!
切っ先がヴォルグに迫り、彼はそれを剣で流す。
だが構わずもう一度攻撃はやってくる。
ヴォルグの額には汗が浮かんだ。
何が違う?
何か前提を間違っているのではないか?
「遊びは終わりだぞ、
バルムの剣はもう何度目になるのか、地を這いヴォルグの影に迫る!
ヴォルグはそこで思った。
そもそもこいつは今、影なのか人間なのかと。
ヴォルグはバルムの剣を受け止める。
これにはバルムも、そしてヴォルグ自身も驚いた。
無意識だった。
技術に裏打ちされた殺意の一撃を、ヴォルグはその本能だけで止めたのだ。
それだけでは終わらなかった。
そのままヴォルグは。
バルムに頭突きをしようとした!
バルムはよける暇もなく、その頭突きを受けるかに思えた。
だが、意外ッ。
頭突きはバルムをすり抜けた。
まるでそこに存在しないかのように!
「なるほど……物理攻撃の無効化」
「影だからね。痛くもかゆくもない」
嗚呼! 影!!
この男、既に肉体は死んでいる。
影として不気味に生き延びているのだ!
にやりとバルムは笑い、剣でヴォルグの影を切り抜いた!
何もできず見ていたオーエンは思った。
もう終わりだ、と!
だが。
「ここからが第二ラウンドだな、バルム」
それを言ったのはヴォルグの肉体ではない。
影だ!
ヴォルグの切り抜かれた影が、肉体に代わりしゃべりだしたのだ。
……何故。
バルムは困惑した。
理解ができなかった。
ヴォルグとて理解できていなかった。
自分の体に何が起きているのか全くわかっていない。
だが、動けるのならばそれ以外の物事は何だってかまいやしない!
ヴォルグは叫ぶ。
「お前がなぐれりゃそれでいい!」
武器はシンプル。
それは拳。
拳は、バルムの。顔に、勢いよく。
ぶつかった……ッ!
バルムが黒い、影の血を吐く。
「馬鹿なッ……」
「馬鹿で十分! 誉め言葉!」
拳は更に何度もバルムにぶつかった。
何故?
バルムは妖剣 影斬丸の能力を捉え間違えていたのである。
この剣は、対象の影を切り抜きその存在を薄め、存在自体を抹消するという能力を持っているわけではないのだ。
この剣は、影を切り抜き、本体と影の性質を入れ替えるのだ。
つまり、影を切り抜けば本体が影のように物体をすり抜ける存在となり、影が本体のように威力を持つようになる。
バルムに鮫の弾丸がすり抜けたのも、鮫の弾丸が影の役割を担い、物体に触れることができなかったからである。
だが、普通の人間であればその両者反転の術を行う際に、体と心が耐えきれず精神が壊れ、廃人も同然となるのである。
だからバルムは今まで勘違いしていたのだ。
そこでヴォルグである。
彼は底知れぬ馬鹿で、まっすぐな男だ。
だからこそ、この術の過程に耐えきり、精神を通常のまま持ち越したのである。
そして、影は影を殴ることができる。
バルムの意識が消えていく。
「ジャンゴ」
彼は最期の瞬間呟いた。
「ごめんよ」
ヴォルグとオーエンの意識が、次の瞬間肉体に舞い戻った。
ヴォルグは反動でこてりと後ろに倒れ込む。
そうして、先ほどまでバルムを殴っていた拳を見た。
血一つついていないが、未だに感覚は残っていた。
後悔はない。だが、自分は今人間一人とその復讐をいっぺんに殺したのだ。
恨むなら恨めとヴォルグは思う。
俺とて死ねば同じところに行く。その時に思う存分に俺を殴ればいい。
ヴォルグは立ち上がり、部屋へと行く。
オーエンのいる部屋にだ。
剣片手にヴォルグは部屋の中を覗く。
廊下には気を失った見張りがいたが、関係ない。
オーエンは不思議そうな顔をしていた。
目を丸くして、ヴォルグを見つめていた。
「どうして、笑ってるんですか」
「お前が無事だからさ」
心底不思議そうにオーエンは訊く。
「どうして、私を救ってくれたんですか」
「さぁ」
ヴォルグは何でもない調子でとぼける。
そしてまたちらりと視線を向けて言った。
「多分お前に惚れちまってるからだろうぜ」
歯を見せて、彼は爽やかに笑う。
それがオーエンはたまらなくうれしくて、同じように笑い返した。
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