第3話 あと30分
しばらくして「お飲み物は?」とキャビンアテンダントから声をかけられて、ビールを注文した。
妻の分を頼んでおくべきだろうかと、男は一瞬考えたが、何を頼めばよいかわからず、無難に紅茶をもらうことにして、妻が戻ってくるまで、自分のテーブルの上に置いておいた。
ぷしゅ、と缶ビールの蓋を開けて半透明のカップに注ぎながら、男は妻との新婚旅行のことを思い返していた。
カリフォルニアのビーチで新婚旅行というと、白いビーチで二人並んで日焼けを楽しみ、海沿いのバーでカラフルなカクテルを飲み交わしながら、永遠の愛の約束と、今後の現実的な方向性をいくらか確認し合うものだ。夜はロサンゼルスとラスベガスでそれぞれ最上級のスイートを予約し、飛行機でもハネムーンプレゼントが出されるものかと期待をしていた。
ところが、妻は海で泳ぐどころか、水着になるのも嫌がり、まさに渋々といったように、無理やり着せられているジャパンのハイスクール水着のような出で立ちで現れた。
それでも妻をビーチに誘い出せる日はまだいいほうで、一泊に1000ドルも搾り取られている大半の時間は、部屋で本を読んでいるか、ホテルのレストランでピラフとポテトのようなものをつまむくらいのものだった。
果たして、これから彼女とうまくやっていけるだろうか。
若干の憂鬱と後悔を感じながらビールを一口飲み干すと、座席の正面の通路から妻が戻ってくるのが見えた。
彼女はパーカーを胸元でぐっと握り締め、顔はまるで二日酔いのままベッドから這い出すときのように真っ青だった。さては飲みすぎか。
「どうしたんだ?そんな顔して。気分が悪いのかい?」
彼女は無言のまま、立ち上がって道を空ける夫の前をすすり入り、自分の座席に座って、目に入った紅茶を一気に飲み干した。
しばらくして蚊の鳴くような声で夫に泣きついてくることには、
「あなた、どうしましょう。さっき向こうのトイレで、他の客に聞きましたの。
この飛行機、離陸したときに燃料パイプに穴が開いたらして、あと40分も飛んでいられないのですって!」
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