第2話 何だか違和感

船は東へ、日は西へ。


 こいでいるボートにはさらさらと海風が吹き抜け、大陸の味が頬を緩ませる。心地よい自然の風だ。


男はオールを置いて、少し横になってみる。片手を船の外へ投げ出し、水にぶらりと沈ませて、じゃぶじゃぶと遊んでいるうちに、意識が朦朧としてくる。


まぶたの血管を通過した太陽の光が目の前に赤く広がる。


暖かな流れが男を包み込んでいく。


海の上だから、トラや狼は襲ってこられない。完全な安心を獲得する権利は、ボートの上の人間にしか与えられていないのだろう。


いつの間にか光が心の中まで染み込んでくる。それとも心が空に溶け込んでいくのだろうか。体中からあらゆる感覚が消え始めていた。




突然、ぐらぐらと水が振幅し、ボートが転覆しそうになる。あわてて身を起こすと、妻が肩をゆすっていた。


音を鳴らしているアンプから、一気にコードを引き抜かれたときのボツ音が頭で響いた。


「あなた、おきてくださいね。私ね、トイレに行きたいの。」


男は眠たい目をこすりながら、ああ、このフライトではもう寝付けないだろうな、と堪忍した。それでも、二時間は寝ていたようだから、すぐに頭もさえてくるだろう。


体は感覚を取り戻していた。


「ああ、すまない。今あけるよ。」


ふと、隣のばあさんが気になって振り向くが、逆隣には誰もいなかった。トイレにでも行っているのか。なんにせよ、面倒がない。


男は立ち上がり、妻を通路側に導く。「さあ、行っておいで。」


「どうもありがとう。」


妻はまっすぐ機体の前方へ消えていった。妻を見送ったあとで、機内をぐるりと見渡してみて、男はなんとなく奇妙な感覚に襲われた。


何か違和感がある。


搭乗したときと何かが違う。

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