第12話
「神妙な面持ちで飛び出して行ったかと思えば、随分あっけなく捕まったものだな」
村人に身体を拘束され、木製の牢獄に連れ込まれた蓮にすでに入室済みだった高良が呆れた声を上げた。
結局、三丘家を飛び出してから半日隠れ回った挙句に捕らえられることとなった。
高良も期待していたのだろう。
何らかの成果を挙げて救いの手を差し伸べてくれるどころか手ぶらで情けなく放り込まれた蓮に心底がっかりしている。
「隠れる場所間違えましたね。流石に木に擬態するだけでは心許なかった」
「よく半日ももったな……。速攻で気づかれるだろ」
流石に冗談だが見つかったら負けのこの隠れんぼはとても精神がすり減った。
「トキさんは別でしたか」
「源一郎の所にいるはずだ。説得するために山神様の弱みを根掘り葉掘り聞かれているはず」
根も葉も持ち合わせていないはずだが無事とは言い切れない。高齢者には拘束すら苦痛に感じるはずだ。
「高良は何故捕まっているのですか?」
「人質、あるいはお前の協力者じゃないかって」
高良は唇を噛みしめ悔しさを滲ませた。
なるほど。共感のない村人にはそういう理由をあてたか……。
蓮は手に顎を乗せて考える。
山神の消滅よりも高良の父親の再来の方が火のつく人間は多い。完全に蓮を厄災としてとして追い払う気だ。
「仲間だと疑われたというわけですね。まあ、見習い神職で高良の舎弟という立場上、疑われても仕方ありませんが」
「……仲間じゃないのか?」
「うーん、微妙なところですね。少なくとも味方ではありますが」
もちろん今は三丘家のために動いてはいるが、今後に関しては面倒を見る気はない。
蓮のどっちつかずの態度に高良は苛立ちを募らせているのがわかる。味方ならはっきりと行動で示して欲しいのだろう。家族が囚われている高良にとって唯一の希望になるかもしれないのだ。
「お前何者なんだよ。源一郎の家まで燃やしやがって、目的は何だ」
火事の件はこの隔離された牢獄にも届いていた。
蓮は淡々と説明する。
「かぐや姫で言うところの月の迎えです。月から舞い降りたかぐや姫をお迎えに参りました」
「山神様を連れ去る気か……!」
この状況から来る焦り。村人の反応への危惧。山神がいない城上村人への不安。瞬時にあらゆることを想定して高良は歯を食いしばった。
「勿論、細部に違いはありますがね。例えば、かぐや姫は月でしでかした罪に対しての罰。刑期の満了が迎えのタイミングでした。しかし、こちら場合は山神様がここでしでかした罪に対しての迎えです」
「山神様がしでかした罪だと?」
「深くは言及できません。しかし、安心してください。村のケアも忘れません。山神様の役割は僕がきちんと引き継ぎますから」
「お前が?」
とても納得できないという目で蓮を睨む。
「山神様がいなくなった後も信仰はなくなりません。僕が神様として村を護っていきましょう」
面倒を見るつもりはないと言ったがここまで関わったからには責任は持つ。
立て続けに見た夢が考え方を変えた。ホオズキ。今ならはっきりとその名が呼べる。
もう二度と後悔はしたくない。
しかし、客観的に見ている高良はそれを鵜呑みにはできない。
「ふざけんな。人の家を燃やしておいてどの口が言うんだ」
「僕ではありませんよ」
「他に誰がいるっつんだよ!」
「加奈子さんです」
即答する。答えはすぐに導き出せる。
「加奈子が? あり得ないだろ。あいつは火事が起こった時、宿屋にいたんだぞ」
「それは火事が確認された時間でしょう。火を付けてから外に煙が漏れ出すまでにある程度時間が掛かるものです。大工ならその辺りも計算できる」
大工だからどうこうということでもないのかもしれない。しかし、彼女の内にある本性を蓮は知っている。
「でも、加奈子が源一郎の家を燃やす理由なんて……」
高良はまだ信じないと首を振る。そこに蓮は現実を突きつける。
「だから、今のこの現状が目的だったんですよ。僕をこうして村の敵に仕向けるために」
「そんなことするような奴じゃない」
口でそうは言っても加奈子との付き合いが長ければ身に覚えもあるはずだ。あそこまでの劣等感を隠しきれるはずがない。源一郎の家から宿屋に老婆を移動させたのだって何を隠そう加奈子だ。
「高良は優しいですね。より時間を共にしてきた住人の善意しか読み取れないのですか?」
高良も気づいているはずだ。人は自分の利益に貪欲になり不利益に敏感になる。それは隠し通せるものではなく火の粉のように一瞬現れ火傷を負わせていくのだ。火傷跡は消える事はない。
蓮の皮肉に高良は嘆く。
「……いちいち仰々しいやつだな。わかってんだよ。俺らは恨まれている。源一郎に絞められて改めて痛感したさ」
思い当たる節は当然あった。
それ以上、言い返す言葉もなく項垂れたその瞬間、遠くから大きな破裂音が鳴り響いた。
「なんだ──」
「火事だー! 急いで避難しろ!」
壁を挟んで村人の声がする。しばらくして有害であろう気体が鼻腔に入り込んできた。
「おい、蓮──」
「あ、これは僕がやりました。燃やしたのは加奈子さんの家です」
けろっと無慈悲な仕打ちを白状する蓮に高良は絶句した。
「おい、お前まさか……。出せっ! 今すぐに!」
高良は拘束具を手首につけたまま、蓮の胸ぐらを掴み催促する。
「無理ですよ。見張りも火事が気になって向かってしまっているだろうし、鍵がありません」
「沙希とばあちゃんが危ないだろ! 燃やしてでもいいから何とかしろよ」
加奈子に危害が及んだことでどんな仕返しが待っているかわからない。蓮が神職の一員と捉えられていたら手短な人間から襲われる可能性は高い。
「駄目です。確かに燃やせば僕はここから出られる。でも、この木の密度からして長時間必要です。僕が出る頃には高良は一酸化炭素中毒で昏倒してますよ。源一郎さんもそのために同じ牢屋に入れたんだろうし」
「関係ねえよ。俺があいつらを守ってやんなきゃ行けないんだよ」
「落ち着いてください。犠牲は出しませんから。それにトキさんはともかくとして沙希はそんなに弱い人間じゃありません。自分の身は自分で守れる」
そして、今や自分だけでなく家族を守ろうとしている。
「お前に何がわかるんだよ。加奈子にまで手を出して村を崩壊させる気かよ」
「崩壊、それもやむを得ないでしょう。ここの村人は皆卑劣で狂っている。腐敗した心を引きずって、いつまでも過去に囚われて、一体それで何が得られたって言うんですか。被害者意識の抜けない愚民には第三者からの制裁が必要でしょう。だから今回は僕が天罰を下したまでです」
仕返しにも許される限度がある。手を出される前に手を打つ。
三丘家には冷たいかもしれないがこれもひとつの方法だ。
「天罰って…何様だよ。お前……」
「そう! そのフリを待っていたんですよ。何様かと言われればこう答えます。僕は神様です」
決まった。
と思ったがその刹那、高良は膝から崩れ、顔を伏したまま横に倒れ込んだ。
「高良! 大丈夫ですか?」
…………。
返答がない。近づいて意識を確認する。
体に触れるとすうすうと寝息を立てていることがわかった。
──なんてタイミングで爆睡しているんだまったく。いや……そうか。このタイミングか。
「……ありがとう。シオンさんによろしく伝えてください」
高良の袖からにょろりと出た蛇に蓮は感謝を伝えた。
首筋には蛇に噛まれた牙跡。
シオンには睡眠薬を用意して欲しいと依頼したのだがまさか蛇の体に含ませてくれるとは。毒が一滴も混ざっていないことを心から願いたい。
これで条件は整った。最後はやはりあの少女と対面する。蓮は心なしかわくわくしていた。
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